#11

 三蔵の仕事が休みの日、二人は今が盛りとつつじの咲く公園に来ていた。
「本当にすごいな。丘が燃えてるみたいだ」
 斜面を飾るつつじの花は、圧倒的な質と量を誇って、見る者の言葉を奪っていた。
 赤、朱、緋、桃、薄紅、淡雪。
 少しずつ色を違えて咲き誇るつつじの園を、三蔵と悟空はゆっくりと歩く、互いの指を絡ませて。と、
「悟空?」
「え?あー八戒、悟浄!」
 声のする方へ顔を向ければ、そこには気のおける二人の仲間。と、一匹。
「よお、お二人さん」
「三蔵たちも来てたんですね」
「うん、寺に来たばあちゃんが、絶対に見たほうが良いって言うから。ホント、凄いよな」
 どこを見てもつつじでいっぱいだ。と笑う悟空に、
「僕たち、お弁当を持ってきたんですよ」
 八戒が手元のバスケットを持ち上げ、
「あ、俺も作ってきたぜ」
 背中のリュックを見せ、悟空が胸を張った。
「それじゃ、せっかくですから」
 と言う八戒の言葉に、
「久しぶりのダブルデートといきますか」
 悟浄が続き、
「おう、賛成!!」
 悟空が大きく頷いた。
「三蔵は、いいですか?」
 八戒の問いかけに返事は返らなかったけれど、
「いいよな、三蔵」
 悟空の言葉に、
「好きにしろ」
 三蔵はお決まりの一言を返した。


 綺麗な花を見て、美味しい弁当を食べて、悟空が笑い、八戒が笑い、悟浄が笑って、三蔵も穏やかに口の端を上げた。


「寝ちゃった…」
「二人とも調子に乗って、飲むからですよ」
 悟浄はともかく、こんなに無防備な三蔵は初めてです。
 そんな事を心中で思いながら、八戒はブランケットを悟空へ渡した。
「ありがと、八戒」
 受け取ったそれをそっと三蔵へ掛けて、悟空はふわりと笑みを零した。
「ねえ、悟空」
「ん?」
 それは八戒と悟空の内緒ごとの様な会話。

「今、幸せですか?」
「今?」
「ええ」
 そして悟空は少し首をかしげて、それから―――
「今も、今までも、俺はずっと幸せだよ」
 その清かな微笑みに、
「―――…そうですね」
 深緑の瞳が、すっと細くなった。

#12

 花の季節も終わりに近づいて、最後の盛りを迎えた白藤の東屋が、目下のところ悟空のお気に入りの場所だ。
 藤棚の間から差し込む陽光と花影が、とても綺麗だと嬉しそうに笑う。そして、今日も―――
「ここか…」
 悟空は眠っていた。とても幸せそうに…
 嘆息一つ。三蔵はそっと隣に腰を下ろし、静かに悟空の頭を自らの膝上に乗せた。
 伸びた髪をひとすくい、それはサラサラと三蔵の指の間を滑っていく。
 相変わらず、よく食べるしよく眠る。けれどきっと悟空だって疲れている。
(三蔵の世話が出来るのは嬉しいよ)
 という言葉に甘えている訳ではないけれど、悟空に家事の全てを任せっきりにしているのは事実だ。
 旅をしている時からは想像も出来ない事だが、作る食事はそれなりに美味いし、洗濯も掃除も器用にこなしていく。
(八戒と言う良き指導者が居たことも幸いするのだが)
 三蔵は眠る悟空の手を取り、少し荒れたその指先に口唇を押し当てた。と、
「さん…ぞ?」
「起きたか」
「ん、ごめ…三蔵?」
 起き上がろうとする悟空を制して、また彼の髪を撫で付ける。
「三蔵…起きて、夕飯の準備しなくちゃ」
 膝の上から戸惑ったように自分を見上げるその顔に、キスを一つ。
「三蔵///」
「たまに、外で喰うか?あいつらも誘って」
 そう告げて目を細めれば、悟空がふわりと笑った。
 それから―――


「なに喰う?」
「お前の好きなモンでいい」
「久しぶりだな。外でメシ喰うの」
「少しは河童を見習え」
「三蔵、それ分かんねえ」
「たまにはサボれって言ってんだ」
「…悟浄が聞いたら怒るよ」
 空に星が一つ二つ姿を見せはじめた町への道に、手を繋いだ影が長く伸びていた。

#13

 三蔵の寺には赤ん坊を抱いた母親が訪れる事がある。
 何でも「三蔵法師の祝福」とやらを子供に与えてほしい。という事らしい。前の寺に居る頃の三蔵なら、絶対にしない事だけど、ここへ移って来てからは赤ん坊を抱き上げて、言うところの「祝福」とやらを与えている。
 実際にご利益があるかと言えば、
「ある訳ねえだろ。あんなモンは親の自己満足だ」
 と、身も蓋もない一言が返ってくる。
 三蔵法師がそんな事言っていいのかよ。と思わなくもないけど…
 
 そしてその日も、そんなありふれた光景だったはずなのに。何故か俺の胸はキリキリと痛んで、どういう理由なのか全く解らなくて、ただその場から逃げるように走り出した。
「何だよ…どうしたんだよ俺」
 赤ん坊を抱き上げた三蔵、泣きもしないで笑う子供、それを見つめて微笑む母親。
 瞬間、三蔵がとても遠い人に感じた。
 年齢を考えれば、子供が居てもおかしくない。まあ坊さんだから、そんな事はまず有り得ない事かもしれないけど。でも、
「三蔵の子供なら、めちゃくちゃ美形…だよな」
 思わず呟いた言葉に苦く笑った。その時、
「悟空」
 背後のその声に驚いて、
「痛っ…」
 俺はいつの間にか庭のバラの垣根のそばに居て、振り返った瞬間に左手をバラの枝に引っ掛けたらしい。
 赤い筋が三つ、じわりと花びらと同じ色の血が滲んだ。
「何やってんだ」
 早足で近づいた三蔵は、迷う事無くその手を取って口唇を寄せる。
「さ、三蔵!」
 引っ込めようとした腕をしっかりと捕まれて、結局は三蔵にされるがまま。俺は顔を見ることも出来なくて、じっと地面とにらめっこ。すると、頭上でため息一つ。その後に、
「くだらねえ事考えてんじゃねえぞ。俺は…お前一人で十分だ」
「え?」
 その言葉に驚いて顔を上げた時には、すでに三蔵は歩き出していて、俺は遠ざかる背中を見つめながら、言われた意味を考えてみた。
「っ…待ってよ!三蔵」
 それでも歩みの止まらない彼を追いかけて、その背中に思い切り抱きつく。
「へへ、ありがと」
「何の事だ」
 素っ気無い返事だったけど、少し冷たい三蔵の手が俺の手に重なった。

#14

 ふと息苦しさを感じて、三蔵は目を開いた。
 その先には真っ青な空。頬を撫でる風が時折、甘い香りを運んで、その正体を突き止めようと、身を起こそうとしたのだが、自分の身体ではないように指の一本も動かせなくて、かろうじで巡らせた僅かな視線の先に見えた、茶色の頭。
(ごくう…)
「―――…」
 目に入ったのは、見慣れた天井。三蔵はゆっくりと息を吐き出した。
 夢を見ていたのだろうか。ぼんやりとした思考の中で、ふと香った花の匂い。胸元の重みに顔を向ければ、夢と変わらずそこに在る見知った顔。
「悟空…」
 吐息のようなその声は、届かなかったようだ。
 執務室のソファに寝そべった三蔵の胸に寄りかかって、寝息をこぼすその顔は成人と呼ぶには幼すぎて、思わず苦笑いが出る。
「ガキ丸出しじゃねえか」
 照れ隠しのように呟いて、静かにその身を引き上げてやると、
「…ん」
 小さく唸って、もぞもぞと身動く。また花の香り。
 悟空がまとう自然の香り。
 それは花であったり、太陽であったり、水や大地、草や木々など、「大地の申し子」と呼ぶに相応しい生命そのもの匂い。
 そして今日は、それに少しだけ混じった雨の匂い。
 近づくその季節に、滅入る気持ちは大きいけれど、腕の中の温もりはいつだってこの身を暖めてくれるから、
「雨が似合う花ももう直ぐだな…」
 一言呟いて、回した腕を少し強めた。

#15

 近頃何でもソツなくこなしていく悟空が、昔から唯一苦手にしている事。

「っと…れ?ん、ん?」
 両腕を頭の後ろに回して格闘中。俺は黙ってそれを見ている。
「うん…と、イテ…おぁ」
 黙って見て…笑いを堪えるのが、結構な努力を要する事だと知った。
 目の前の悟空は、踊っているわけではなく、ただ髪を結っているだけだ。
 唯一の悟空の苦手。
 拾った頃は、俺が結っていた。旅をしている時は短かった。旅が終わって、伸ばし始めた髪は腰に届くほどになった。
(自分で結わく)
 そう言って、結い紐片手に格闘すること15分。
「さんぞ…髪、結わいて」
 今日も白旗を揚げた。

 よじれた髪束に櫛をいれ結い紐を巻いていく。ふと一輪挿しに目が行って、そこに活けてあった夏椿を結び口へ指した。
「いいぞ」
「へへ、ありがとう三蔵」
 振り返った嬉しそうな笑顔。そして、暖かいものが俺の頬を掠める。

 深茶の髪に真白の花片。
「さて、いつ気が付くか…」
 悟空が飛び出していった扉を眺めながら俺は一人笑った。

copyright(c)karing/Reincarnation_2008
back  window close  next



photo : 【あんずいろapricot×color】様   button : 【M-SPIRAL】