#03 愛を語れない口唇に


 川べりに屈みこみ顔を洗う悟浄の脇、八戒は立ち上がったその人へ手にしていたタオルを差し出した。
 受け取った悟浄の顔は、とても穏やかで…それは、八戒も同じだった。四人の中では一番柔らかい物腰の彼だが、今そこに浮かぶ表情は、悟空でさえ初めて見るほど柔和で暖かい。
 一言二言言葉を交わし、くすりと笑い合いあった二人の視線が絡んだ刹那、ゆっくりと重なるシルエット。
 引き返さなければ。そう思っていても、悟空はその場から動けず、二人からも目を離せないでいた。

 その光景が忘れられなかった――――

「おい」
 掛かった声はいつもより低い。悟空は咄嗟に視線を泳がせ、けれどそれが無駄な努力である事も解っていた。
「さっきから人の顔ジロジロ見やがって、言いてえ事があんなら、はっきり言いやがれ」
 三蔵の言葉は悟空の予想に違わない。だからこそ悟空は何も言えずに俯いて、
「別に…何でも、ない」
 ぼそぼそと呟くその姿に、あからさまに顔を顰め、しかし三蔵はそこである事に気付く。
 悟空の耳が赤いのだ。その途端、意地の悪い笑みを浮かべた。
 ゆっくりと近付いて、悟空の後ろ髪を引っ張る。
「何隠してやがる」
 無理やり上向かされ、そこに三蔵のドアップ。悟空は息を詰め、それからぼぼぼっと音がしそうなくらいに、顔を真っ赤に染めた。
「さん、ぞ」
 ひっくり返った声に、三蔵が喉の奥で笑う。
「俺に隠し事なんぞ、百万年早ぇよなあ悟空」
 戦慄が走るほどのテノールに、腰から砕けそうになる。もちろん、三蔵の方はそれが解っていて、ワザと仕掛けているのだが…
「言え、何を隠してる」
 そして、耳に吹き込む熱い吐息と声の前に、悟空はあっさりと陥落する。
「あの…俺…三蔵が、好きだ…よ?」
 語尾に疑問符がついたような告白に、三蔵が僅かに眼を眇めた。
「ホントに…本当に三蔵が、好きなんだよ」
「湧いてんのか猿」
 呆れたような三蔵の返事に、悟空が眉を跳ね上げる。
「なんだよソレ!俺は…俺、は…」
「おい」
「俺は…本当に…三蔵が好きなのに…」
 見る間に盛り上がった透明な雫に、さすがの三蔵も戸惑う。
 何を言っても、悟空に対して一番甘いのは三蔵で、悟空の涙に一番弱いのも三蔵なのだ。
「別に泣くほどのモンでも、ねえだろ」
 伸ばした三蔵の指先に、涙の粒が落ちる。
「だって…」
 言いかけた細い身体を抱き寄せて、三蔵はその顔を自分の胸元へ押し付けた。
「お前の気持ちなんか、解ってるって言ってんだ」
 胡桃色の髪をゆっくりと梳き始めると、もぞもぞと悟空が顔を上げ、
「じゃぁ、さんぞーも俺に、好きってゆって」
 縋るような金瞳を三蔵へ向けた。
「いっつも、好きってゆーの俺ばっかり…だから、三蔵から聞きたい」
「言わなきゃ、解んねえのか」
 三蔵の声のトーンが下がる。が、今日の悟空は、引き下がらなかった。
「悟浄だって、八戒に愛してるって言うんだよ…三蔵は言ってくれないのかよ」
「何で俺が、河童の真似をしなきゃなんねーんだ」
 内心の焦りを悟られないように、三蔵は深く眉間に皺を寄せたが、それが却って悟空怒りを買い、強請る拗ねると思いつく限りの言葉を並べ立てた挙句。
「…やっぱ、さんぞー俺の事、嫌い…なんだ」
 などと涙声で呟かれれば、三蔵の方も黙っている訳にはいかない。器用に身体を反転させると、あっという間に悟空をベッドと自分の間に縫い付け、相手が驚く間もなく噛み付くような口付けを与えた。
「んーっ…」
 抗って逃げようとする華奢な体躯を体重で押さえつけ、逃げる口唇を強引に絡め取る。
 それは、悟空が口付けの甘さに酔い、その身体がすっかり力を失ってしまうまで続けられた。
「は、ふ…」
 開放されたそこから漏れた熱い吐息。
 熱に潤んだ濃い蜂蜜色の瞳、薔薇色に染まる頬、濡れ光る口唇。
「お前…この俺が好きでも何でもない奴に、こういう事すると思ってんのか」
 低いテノールが耳を擽る。大きな手が身体のラインを辿り始めると、悟空が思わず身を捩った。
「や、さんぞ…ごめ……ぁ」
「ダメだ」
「っ…も、解っ…た、からぁ」
 ダメだと言いながら、熱を帯びて掠れていく声を聞きながら、三蔵はゆっくりと悟空の身体を開いていった。


 腕の中の愛し子は目覚める気配もない。
 組み敷いた下で晒したあの媚態は、微塵も感じない。あるのは、あどけなく安らいだ寝顔。

――――好きって言って

「言葉にしなきゃ解んねえのかよ…」
 出逢ったその瞬間から心も、己を形作る細胞の一つまでもが、
「お前に…溺れてる」
 まろい頬に指を滑らせ、零れた言葉は秘めた想い。
「さっさと気付けよ、バカ猿」
 苦く笑って、そっと耳元に口唇を近づける。
 その瞬間、眠る悟空の顔がとても幸せそうに笑った。





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