#02 或いは彼の逆説


「三蔵なんか、大キライだっ!」


「で、飛び出して来たんですね」
 こいつら実は、バカなんじゃねえの…とは、悟浄。
 また、いつもの痴話ゲンカですねぇ…とは、八戒。
「もー、ぜーったい、三蔵が謝るまで、俺帰らねぇ」
 一人鼻息の荒い悟空は、それでも出された菓子は、しっかりと両手に握っていた。



 ところがである。
 あんなに三蔵の悪口を並べ立てた悟空が、あきらかに落ち着きを無くし、椅子と窓の間を行ったり来たりしはじめたのは、外が闇に包まれだした頃。
 

「さっきまで、あんなに息巻いてたのに」
「すっかり、捨てられた仔犬の目だよなぁ」
 そんな事を言い合い、そわそわする悟空を尻目に、のんびりとコーヒーをすする。けれど二人には、分かっているのだ。
 そして、その予想に違わず、暫くして玄関のチャイムが鳴った。


「さんぞーっ!」
 尻尾を振り切って、飛びついた小猿の頭に、普段より半分以下の力でハリセンを落とした三蔵は、
「何時まで遊んでんだ。メシの時間までには帰って来いと、言ったはずだぞ」
 ワザとらしい声色を使った。もちろん、それに悟空が気付く訳もない。
「ごめんなさい…」
 殊勝に謝る悟空の頭をくしゃりと撫で、先ほどとは打って変わった口調で三蔵は続けた。
「寺に戻ってもメシは無いからな。喰いに行くぞ」
「ホント!わぁい、三蔵大好き♪」
 額をグリグリと胸元に押し付け、短い腕を一杯に伸ばして自分に抱きつく養い子を眺め、それから視線を上げた三蔵は、成り行きを見ていた二人にその口角を僅かに上げて見せた。


「世話をかけたな」
「八戒、悟浄、ありがと」
「い、いいえ」
「お…おぅ、また来い、よ…な」
 嬉しそうに手を振って帰って行く悟空。それを引きつった顔で見送る二人に、三蔵は見せ付けるようにそっと少年の肩を引き寄せた。

「なぁ…」
「なんですか」
「あいつ、今夜寝かせてもらえると思うか」
「考えるの…よしましょう」
「だよなぁ〜」
 結局は三蔵の方が一枚も二枚も上手なのだ。
 悟空が怒って飛び出しても、「飴とムチ」を上手に使い分けて必ず自分に向かせる。
 帰り際に見せた勝ち誇ったような視線は、自分たちへの明らかな当て付け。



「さんぞ…我が侭言って、ごめんなさい」
「今の仕事が終われば、少しゆっくり出来る」
「うん…三蔵、キライって言ったの、嘘だからね。ホントは大好きだよ。凄く大好き」
「…知ってる」
 小さな身体を抱き寄せる。
「仲直りする時は、どうするんだ悟空」
 そう言って覗き込めば、蜂蜜色の瞳がとろりと恥らった。もじもじと法衣の襟を摘んだまま俯いてしまった悟空の耳元に、口唇を寄せた三蔵が何かを呟くと、漸くこくりと頷いておずおずと顔を上げた。
「は…恥ずかしい、から…め、つぶって」
 真っ赤な顔で消え入りそうに呟く悟空に、至極満足した笑みを浮かべ、三蔵は素直に目を閉じた。




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