#01 かざした手のひら
何故、自分がここに居るのか全く解らなかった。 気が付いたら、ここに居た。 「ねえ、出して…ここから出してよ!」 力一杯叫んだその声を、誰も聞いてはくれなかった。そして…声にするのを、止めた。
けれど ――――
ずっと、空ばかり見ていた。 格子の先の遥か遠く、どんなに手を伸ばしても決して届かない、ヒカリ… 求めて、求めて…焦がれて、焦がれ続けて…
不意に目の前に影が降りた。そこに立っていたのは、ずっと憧れていたヒカリ――――
「あれ…」 視界の先には青い空が広がって、雲はのんびり流れている。 疑問の声は、自分がどこに居るのか一瞬、解らなかったから。半身を起こして、自身で頭の覚醒を促すように、軽く首を回した。
ああ、そうだ ――――
今は、西へ向かってる。 三蔵と、八戒と悟浄。 旅をしている。けして楽な旅ではないけれど、毎日命懸けのギリギリな日々だけれど。 「俺、一人じゃない…自分の足で、立ってる。歩いてる」 その事実が、たまらなく嬉しい。そんな現実を与えてくれた、三蔵にとても感謝してる。 それなのに、 「何で、あんな夢見たんだろ…夢だったの、かな」
夢、だった?――――
「ぅあ……」 突然、身体が震えた。 膝に力が入らない、背中が寒い、奥歯がカチカチと音を立てた。 「夢、だ…違う…夢じゃ……ない」 自分を抱きしめたその腕で重い音が響いた。 「ヒッ…」 鈍く光る枷は、重石となって悟空の身体を沈めようとする。 「ヤダ…助け、さん…ぞぉ」 もがいて、足掻いて、一杯に腕を空へ伸ばした。滲む先には、真白の太陽。
「悟空!」 頬に感じた激しい痛みに、悟空が金瞳を大きく見開いた。 「悟空、息をしろ!」 息?その途端、ヒュッと喉が鳴る。悟空は着ているものを、引き千切らんばかりの力で、胸元を掻き毟った。 「息を吸え、悟空!ゆっくりだ」 「さん、ぞぉ…くる…い、よぉ」 その金瞳からぽろぽろと涙を零し、途切れそうになる意識を、三蔵を見る事で保っている。 三蔵は服を握る白く変わった指を、一本ずつ剥がして握りこんでやると、やおら悟空の口唇へ自分のそれを重ね合わせた。
流れ込んでくるのは、三蔵の息吹。生命を分け与えるように ―――― 「悟空」 名前を呼んで、再び口唇を合わす。何度も、何度も。
「さんぞう…」 掠れた声で自分を呼ぶ愛し子。 「大丈夫だ…お前は、生きてる」 確かめさせるように、自身の胸に胡桃色の小さな頭を押し付けた。肌を伝わる温もり、耳から聞こえる鼓動、背中を撫でる大きな手の感触。そのどれもが、ただ悟空だけのために。 「さん…ふぇ……三蔵っ!」 火がついたように泣き出した悟空を、三蔵はいつまでも抱きしめていた。
「…夢みてた」 泣き明かして、漸く落ち着いた悟空が、ポツリと漏らした。 「まだ岩牢の中で…目が覚めて、どっちが本当でどっちが夢か、解んなくなって…」 じわりと涙が滲む。 「手を伸ばしてるのに…掴めなくて…」 そう言って力なく伸ばされた手は、暖かく包み込まれた。 「掴んだだろう。この手を…俺の手を」 「三蔵…」 「お前は自由だ、この手はもう、何でも掴む事が出来る」 握った手の、小さな指先に口付ける。 「掴める、かな…」 「ああ」 それは言霊。 三蔵の言葉は、その一つ一つが、悟空に嵌められた重い枷を外していく。
もう、一人で苦しむ必要は無いのだと ――――
三蔵の腕の中で、悟空は手をかざす。 天空に向かって開かれた、その手のひらは、今しっかりと握り締められた。 求めるものを、掴むために。 得たものを、離さないために。
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