89) 咲楽 

 今年の冬はいつにも増して厳しい寒さが続いた。

 長安の冬はいつも雪が多いけど、今年は特に多くて普段の生活にも支障が出ている。 雪害もひどかったなぁ。

「まだ、蕾は固そうだなぁ」
 庭の大樹を眺めて呟く。
 日差しはあっても吹く風は、冷たいというより痛い。 春が来る前の最後の寒さ……だと、いいな。
「う〜、寒い。 今日の夕メシは鍋にでもしようかな」
 自分の体を抱きしめながら、俺は家の中へ逃げ込んだ。

「三蔵」
 この頃ちょっと暇になった三蔵は、夜はもっぱら読書の時間。 旅をしていた頃も、新聞は欠かさなかったけど、八戒に負けないくらいに三蔵も活字中毒だ。
 そんな三蔵の前にトレイを置く。
「珍しいな」
 般若湯と盃を見て、三蔵は掛けていたメガネをはずし本を置いた。
「へへへ、たまにはいいだろ」
 そう言って盃を渡す。
「何だ」
 中身をのぞいている三蔵に、酒を注ぎながら、「それ、桜の塩漬けなんだ」と答える。
「桜の塩漬け?」
「うん、八戒に貰ったんだ。 で、飲み方も教わった」
「どう?」
 三蔵の顔をちょっと覗き込む。
「ああ、悪かねえな」
「そっか、良かった」
 三蔵の「悪かねえ」は「美味しい」って事だからね。
「ね、俺も飲んでいい?」
 そう言えば、自分の盃を俺に手渡してくれた三蔵は、そのまま酒を注いでくれた。
「ありがと」
 口元へもっていくと、仄かな桜の香り。
「……美味しい」
 飲み干した盃に、三蔵がまた酒を注いでくれる。
「今年桜が咲いたら、八戒に教わって俺も作ってみよう」
 春の楽しみが増えた。
 注いでくれた酒を空にして、それを三蔵へ返す。 受け取った三蔵に今度は俺が酌をする。
「早く、あったかくなるといいな」
「もう、雪はこりごりだ」
「あはは、そうだね。 俺ももう、雪はいいや」
 三蔵の言葉に頷きながら、そっと彼の肩へ頭を預ける。
 
 花の季節は待ち遠しいけれど、寒い夜でも寄り添える人が隣に居るから、淋しさなんて少しも感じない。
「明日も天気だといいな」
 平凡な日常を望んだ俺の言葉に、
「……そうだな」
 三蔵の声が優しく耳に響いた。
おわっとけ


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39day ss
さくら って読みます。 春になって、楽しいことがたくさん咲きますように。
花淋拝

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