83) 恋情 

 何気ない一言だった――――

「お前、俺が死んだらどうする」

 夕食を終え、部屋に戻ったところでどこから取り出してきたのか、おやつだと言い放って饅頭の包みを開いた悟空に聞いた。
 手が止まり、俺を眺めたのが10秒か1分か…
「分かんねえから…そん時になったら考える」
 返ってきた言葉があまりに奴らしくて、だから、話はそれで終わりのはずだった。



 重苦しさと刺すような痛みに目が覚めた。
 まだ真夜中。深呼吸を繰り返して痛みが去った頃、ベッドサイドのランプを灯した。
「…おい」
 薄暗い部屋でぼんやりと隣に見える黒い塊。
 悟空は半身を起こして、じっと前を見据えて――――否。
「悟空…」
 薄闇に目が慣れて見えたのは、頬に引かれた幾筋もの涙の痕と何も写さない金の瞳。
 押し潰されそうな胸の痛みは――――悟空の痛みだった。

(死んだらどうする)

 軽い一言が、小さな傷を大きく抉った結果だ。
 俺を責めるわけでもなく悟空は、声も上げずただ涙を流し続けていた。
「悟空」
 そっと小さな頭を抱き寄せた。冷たくなってしまった肩を包んで、氷のような手を取って自分の頬へ押し付ける。
「俺はここに居る。 解るか」
 泣き腫らす瞼に何度も口付け、名を呼び、抱きしめる腕を強くした。
「悪かった…」
 ゆっくりと焦点が戻ってきた金瞳が、俺を見つける。動いた口は「三蔵」という音にはならず、漏れたのは俺の胸を締め付ける嗚咽だけ。
「悟空…すまない、悟空」
 涙が止まるように、悲しみが消えるように、痛みが癒えるように、俺は悟空を胸に抱き続けた。



「悪かったな…」
 朝日に包まれた部屋で、涙の痕に指を滑らせながら悟空を見つめた。
「ビックリしたんだ。 考えた事も無かったから、三蔵が死ぬなんて…―――俺のほうこそ、ゴメン」
 その一言に、はにかんだその顔に救われる気がした。
「安心しろ、そんな日は当分来ねえ」
「うん。 そんな事、俺がさせない」
 悟空の言葉になぜか俺は口元を引き締めた。
「三蔵は俺が死なせない」
 互いを守り合うわけではなく、背中を預ける事が出来る存在。思い知った。悟空はその足でしっかりと大地に立っている。
「ふざけんな、てめえの身くらいてめえで守れる。 お前の方こそ、途中でくたばるんじゃねえぞ。 何があっても追いかけて来い」
 真正面に金瞳を見据え口の端を上げた。
「おうっ!」
 破顔一笑。
 それは出逢った頃から変わらない、一番悟空らしい顔。



「この先は行かせねえぞ、三蔵一行」
 変わらない一日が始まる。
「懲りねえよなあ」如意棒片手に地を蹴ったその後姿を見ながら、けれど解っていた。

 あの魂を失わないよう、俺は持ちうる全てのものを賭けるのだという事を。


おわっとけ


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やっと2010年、年明けです。。。
今年もよろしくお願いします。
花淋拝

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