| おはなのおはなし〜冬の章〜 |
#6 思いがけない一言 バタバタと聞きなれた靴音が廊下を駆けてくる。 勢いよく開いたドアに、ついと向いた赤と緑の視線が、「おや」と言うように丸くなった。 そして… 「三蔵の、バカーッ!」 思わず新聞から顔を上げたのは、その聞き捨てならないセリフにではなく、発したそれが涙声だったからだ。 「悟空?」 「おい、どうしたイキナリ」 仲間二人が心配そうに掛けた言葉に、悟空はポロポロと涙を零しながら、キレイな花を見つけたから三蔵に見せてやろうと思ったのに、いつの間にか姿が見えなくなっていた事を話した。 話を聞いた二人分の視線が、三蔵に突き刺さる。それには思わず三蔵が反論した。 「お前…雪ん中、駆け回ってたじゃねか」 だが、それに対しての悟空の言い分に、三人はある意味、もっともだと妙に納得してしまうのだった。 「俺は…三蔵が傍に居てくれるから、平気なのに…」 その言葉に、三蔵は何とも言えない表情を浮かべた。 「ああ、これですね、悟空が持ってきた花は」 「黄色い…梅か?」 「ええ、さっきの三蔵にはピッタリの花ですよ」 「あ?」 「ろうばいっていう花です」 「狼狽?」 「字が違いますよ、悟浄」 「さっきの三蔵サマならコッチだろ」 にやりと笑った悟浄の言葉に、三蔵の顔を思い出した八戒の肩が小さく揺れた。 #7 その笑顔は誰のもの 五行山の岩牢で、一匹の猿を拾った。 泣き虫で甘えたがりの小猿の、何より興味を引いたのはデカイ金瞳と鮮やかな笑顔。 連れ出した頃は、俺が行くところなら何処だろうと後ろをくっついて来たものだが、いつの間にか一人遊びを覚え、裏山や無駄に広い寺の庭園やらを駆け回っていた。 本堂の供物が消えるという事件が、起こり始めたのも確かこの頃だ。 何をしているのかと問えば、木の実を取ったり、昼寝をしたり、野生の動物とも遊んでいると返ってきた。 なるほど動物は動物同士、馬が合うのか。と、言ってやったら顔を赤くして怒りやがった。 やっぱり猿だ。 「さて、今日は何処へ行きやがった」 サインをして右から左に流れる書類に嫌気が差して、執務室の窓から脱走を図った。 頬を撫でる風がさすがに冷たいが、穏やかな陽射しが全身を包む。眼を閉じて心を探る。 「こっちか…」 感じた声を辿って、裏山へ足を向けた。 見つけた猿は、じっとただ一心に梅の花を見つめ、その顔に浮かんだ笑みに、俺は無意識に眉間に皺を寄せた…らしい。と、その空気を感じたのか、花を見つめていた金瞳がこちらを向く。そして、 「さんぞーっ」 駆けてくる姿は猿というよりは犬。 「すごい、三蔵。俺の気持ちが三蔵に届いた」 また訳の解らん事を。と、思っていれば、興奮したように言葉を続ける。 「この花、三蔵にも見せたいと思ったけど、折っちゃうのは可哀想だし、どうしようかと思ってたら、三蔵が来てくれた」 その顔が、梅の花を見ていた時よりも、輝いていたから… 本堂の供物を盗み喰いした事は許してやろう。 #8 唯一無二 時折、暖炉の火が弾けては、小さな火の粉が立ち上る。 三蔵はじっと窓の外を眺めて、否、その瞳には恐らく、景色が映ってはいないのだろう。 ―――― 悟空が守ったものを、貴方が壊すのですか! 仲間の声が蘇って、血が滲むほど己の口唇を噛んだ。 真白の大地に、不自然なほど鮮やかに散った赤。 耳を突き破ったのは悟浄の声、視界の端に捉えたのはゆっくりと傾いだ小さな身体。 こんな雑魚相手に、何ドジ踏みやがった。だが、それが悟空の不覚では無い事を、三蔵は直ぐに悟った。 赤く染まった、元は白かっただろう小さな花。 悟空に守られた雪の花。 胸中に湧き上がった、ドス黒い怒りに任せて浮かせた、三蔵の足を止めたのは八戒の声。 強張った動きのまま、三蔵は悟空の眠るベッドへ寄った。 布団から僅かに覗く肩先に巻かれた、包帯が眼に入って露骨に顔を歪める。 何度、その鼻先に顔を近づけ、生きている事を確かめただろう。頬を撫で、そこが暖かい事に安堵しただろう。 向ける矛先を失った怒りが、渦を巻いて三蔵の身体を侵食していく。 「さっさと眼ぇ覚ませ、大バカ猿」 震える声で呟いてみても、閉じたその瞳は開く気配がない。 「悟空…」 額に口付ける。 「ごくう…」 瞼にキスを贈る。 「悟空、眼を覚ませ……頼む、から」 生命を分け与えるように、深く口唇を重ね合わせた。 「……ん、ぞ」 微かに呼ばれた己の名。 その途端、三蔵を苦しませていた怒りが霧散する。 「悟空」 まだ輝きの乏しい、けれど見慣れた金の瞳に自分が映る。 「バカ猿、花なんか庇うからだ」 「ごめん…でも、あの花…スノードロップの花言葉は、『希望』って言うんだ」 小さく微笑んだ悟空。 目の前の少年こそが、己にとっての「希望」だと、三蔵は今はっきりと確信した。 #9 繋がる心1 音も無く天から降り続くそれを、これ程までに忌々しいと思ったことは無い。 日帰りの出仕のはずが、予想外の大雪に足止めを食らって三日目。 三蔵の苛立ちはピークを迎えようとしていた。 ―――― んぞ…さん、ぞぉ 頭には悲痛なまでの声。 その日のうちに帰るつもりだったからと、何も言わずに出てきた事に、知れず口唇を噛んだ。 目が覚めた時、自分が居ない事に悟空は、何を感じただろう。捨てられたのかと思うだろうか。 探し回る姿が、膝を抱える姿が、涙を零す姿が頭を過ぎる。 「くそっ」色が変わるほど固く握った拳を、壁に打ち付けた。 丸窓から覗く庭は一面の雪景色。と、三蔵はそこにあるものを見つけ、腰を上げた。 雪の中にたった一輪、ひっそりと咲いた小さな花。 身を切るような寒さの中、三蔵は素手でその花の周りの雪をかく。 馬鹿な事をしている。そう思ったのは、ほんの刹那。 「…悟空」 健気に開いた黄色の花弁をそっと両手で包み込む、閉じた瞳の向こうに見えたのは、愛し子の笑顔と…涙。 ―――― すぐに帰る 自分がその声を感じ取る事ができるように、少年にもこの想いが届けばいいと、心の底から願わずにはいられなかった。 #10 繋がる心2 目が覚めたら三蔵が居ない。探して…執務室を探して、本堂を探して、庭も裏山も、何処を探しても三蔵は居なくて。 自分は捨てられてしまったのだと、また一人になってしまったのだと、膝を抱えていた悟空のところへ、三蔵は日帰りの出仕に出掛けただけで、夕方には戻ってくる。と愁由が教えてくれた。 それなのに…外は雪。 全てを隠してしまう大嫌いな雪が、今度は三蔵までをも悟空から遠ざけてしまった。 眠れぬ夜を過し、食事も喉を通らず悟空は、ただ三蔵が帰るのを待ち続けていた。 「さんぞぉ…」 窓の外に三蔵の姿を探す悟空の視線が何かを見つけた。窓を開け一瞬身体を強張らせて、それからゆっくりと雪の中に踏み出した。 痛みすら感じる雪をかいて顔を出したのは、黄色い花弁を広げた小さな花。 その時。 ―――― すぐに帰る 三蔵の声が聞こえたような気がして、凍えそうなその場所で、悟空は花の傍にいつまでも屈みこんでいた。探しに来た愁由が引きずるようにして、その身を部屋へ連れ帰るまで。 その夜、勤めの最後に愁由は、自分の主と少年の住まう私室を訪れ、 「福寿草と言うのです」 小さな鉢を悟空へ手渡しながら、明日にはきっとお戻りになられますよ。と、胡桃色の頭を撫でた。 「三蔵…俺、いい子で待ってるから…早く、帰っ…てき…」 花を見つめながら悟空は、いつしか眠りに落ちていった。 髪を撫でる感触は、大好きな人の手のぬくもり。 眩い朝陽の中でゆっくりと瞼を震わせた悟空が、夢でも幻でもないその手に気付くまで、あと少し。 |
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