| おはなのおはなし〜冬の章〜 |
#11 独占欲 「三蔵ーっ!来て来てっ、桜が咲いてる」 久しぶりの宿で、のんびりと煙草を咥えていた三蔵は、騒々しく入ってきた養い子の頭に何の躊躇いも無く、ハリセンをヒットさせた。 「何バカ言ってんだ、桜はまだ先だろ」 振り下ろされる衝撃にめげる事無く、悟空は三蔵の腕を掴んで引っ張ると、 「ホントなんだってば、ねえ来てよ」 あまりのしつこさに舌を鳴らし、渋々腰を上げた三蔵は、悟空に腕を取られたまま宿の裏庭へ連れて来られた。 「な、アレ桜だろ」 悟空の指差す先、濃い緋色の花弁は間違いなく春の花。 「桜は桜だがあれは、緋寒桜だ」 「ひかんざくら?」 「冬の季節に咲くからその名前がついた。寒い時期の花だから色が濃いんだよ」 三蔵の説明に、悟空はふうんと頷きながら、花を見上げる。 「なんか、悟浄の髪の色に似てるな。紅くて…」 「雪の季節の花だからな、薄い色だと負けちまうんだろ」 その途端、 「はは、ますます悟浄みてえ。負けず嫌い」 コロコロと笑う悟空に、三蔵は眉を潜めて踵を返した。 「あ、三蔵待ってよ」 「煩せえ、いつまでもこんなクソ寒い中に居られるか」 足を止めずに吐かれた悪態に、悟空が頬を膨らます。 「何、怒ってんだよ」 小さく息を吐いて後姿を追いかけ、その隣に並んだ途端後ろ髪を引っ張られ、気がつけば目の前には端正な顔立ちと深い菫色の瞳。 「俺の前で、他の男の話なんかするんじゃねえ」 耳元にそんな囁きを残して、悟空を置いたまま三蔵の姿が宿の中へ消えた。暫くして、 「ここ…外なの、に」 誰が見ているかも分からない所での、いきなりの口付け。 ―――― 三蔵は悟空の事となると、見境が無くなってしまいますからね 唐突に浮かんだ八戒の言葉。その時には解らなかった意味を、悟空は漸く理解した。 この頃、サンゾーさまヤキモチ妬いてばっか… #12 花かんざし 出会う前から聞こえていたその声は、たとえ離れていても、己の養い子が何を感じ何を思っているかを、三蔵に伝えていた。 嬉しい声も、寂しさを堪える声も、三蔵を想って涙する声も… 「何やってんだ、お前」 滅多にない困惑した声に導かれて、寺院の庭を進んだ三蔵の目の前。 「さんぞぉ〜」 養い子は自然の檻に捕らわれていた。 「髪の毛絡まって…」 胡桃色の長い髪と、椿の生垣と枝が複雑に絡まりあっている。潜り抜けようとしたのか、悟空の格好は、服から何から土まみれ。 ちょうど髪を結わえた辺りに、椿の枝が入り込み、それを取ろうとしたのだろう見えない後ろ手のまま結い紐を引っ張ったらしく、枝と髪を一緒に束ねていた。 「んなモン、枝を折るか結い紐を切るかすりゃ、簡単に抜け出せんだろ」 呆れを含んだ三蔵の声。どうやら、取ってやるつもりは無いらしい。そんな彼に悟空は微かに潤んだ金瞳を向け、 「枝折ったら花が可哀想だし、三蔵から貰った結い紐切るなんて出来ない!」 その訴えに、三蔵は何とも言えない表情を浮かべた。それから、盛大な溜息を一つ吐いて、おもむろに髪に絡まっている枝に手を掛け、 ―――バキッ 「あーっ、三蔵、何すんだよ!」 生垣から引きずり出された悟空は、無残に折られた椿の枝を眺め、 「折らなくたって…」 自分が傷付いたような顔をする養い子を横目に、三蔵は懐から取り出したライターに火を点し、自らが折った枝先に炎を近づける。慌てた悟空を制して、 「先を焼いとけば、虫が付かねんだよ。明日になったら、愁由にきちんと処置してもらえ」 一通りの手順を終わらせて、さっさと戻っていく。悟空はその後姿を暫し見送ってから、 「大丈夫だよな」 そっと折られてしまった枝先を一撫でして、三蔵の後を追う。 悟空の髪に絡まったままの椿の枝、そこに付いた真っ赤な花が、冬の柔らかい日差しを弾いていた。 #13 大地の子 一抱えもある水仙の花束を持って、八戒と悟浄が寺院を訪れたのは、昼を少し過ぎた頃。 「去年、球根を植えるのを手伝ってくれたお礼ですよ」 「うわぁ、八戒ありがとう!」 喜んで花束を受け取る少年に、目を細めながら「花瓶はありますか」と言った八戒に、悟空は「自分で生ける」と部屋を飛び出していった。 暫くして戻って来た悟空は、持ってきた花器をテーブルに置くと、一輪一輪丁寧に水仙を生けていく。 興味深くそれを見つめる二人の訪問者。三蔵は仕事の手を止め、煙草を咥えながら眺めている。 「お日様、いっぱい浴びたんだな」 「綺麗に咲けて、よかったな」 嬉しそうに水仙に話しかけながら、花瓶をいっぱいにしていく悟空を見ながら、 「悟空にこんな特技があったんですねぇ」 感心する八戒に、三蔵は普段と変わりない口調で告げた。 「特技なんかじゃねえ…本能だ」 その言葉に、八戒が首を傾げる。 「あいつが花の世話をするようになって、この辺の草木は、他の場所より付ける花の数も多くなったし花もちも良い。切花もな」 そう言って、紫煙を吐き出した。 「大地の子のなせる業…と言うやつですか」 それには答えず、三蔵は灰皿に短くなった砲身を押し付けた。そして、計ったように悟空が、三蔵を振り返る。 「できたよ三蔵、どう?」 「悪かねえな」 深い蒼の花器に、濃い緑の葉と真白の花弁。 空の一部を切り取ってきたような色彩は、そのまま生けた者の心を表していた。 一点の曇りも無い清らかな魂(こころ) 三蔵に褒められた事で、悟空の笑顔が一段と華やぐ。 その横で、花器いっぱいの水仙が、誇らしげに花弁を広げていた。 悟空と自然は仲良しですvv #14 花さんぽみち 数日前から、小猿の手に握られた袋の存在は知っていた。ただ、中身に関してはそれほど興味が無く、あえて聞くことも無いと思っていた。 「何やってんだ、こんなトコで」 昼飯の時間になっても帰ってこないと思っていたら、悟空はいつの間にか寝室の片隅で、膝を抱えていた。 「飯も喰わねえで」 言いながら三蔵が近付いていけば、見上げた金瞳は赤くまろい頬には幾筋もの涙の痕。 「さん、ぞ…」 「何泣いてんだ」 「気付かなかった俺が悪いんだ…」 涙に掠れた声が呟く自嘲の言葉。三蔵は思わず膝をついて、その顔を覗き込んだ。 「悟空」 そして悟空の持っている件の袋が目に入る。 「お前、その袋何が入ってたんだ」 その途端、金瞳に浮かび上がった大粒の涙。 「気が、つかな…んだ…袋…どっか、引っ掛け…ふぇ…花、の種」 花の種が入っていた。自分で世話をしたもの、裏山や寺の庭で見つけたもの。知らない種もたくさんあった、どんな花が咲くだろう、どんな実がなるだろう。 「三蔵と、一緒に…種蒔こう、って」 自分の腕の中でしゃくり上げる存在が、ただ純粋に愛しいと思った。口元に微かな笑みを湛えて、小さな背中を叩いてやりながら、 「暖かくなって花の季節になれば、お前が何処をどう通ったか分かる」 意味が分からず、不思議そうに首を傾げる悟空の頭を、くしゃりと撫でた。 「三蔵ここ、ここ!菜の花が咲いてる」 「てめえ、こんなトコ通ってんのか」 生い茂る枝葉を掻き分けながら、呼ぶ声のする場所へやっとの思いで辿り着く。 「菜の花の種はここに落としたんだ。この先には何があるかな」 「俺は行かねえぞ」 「えー、何でだよ三蔵」 「当たり前だ、てめえに付き合ってたら、何枚服を破くか知れたモンじゃねえ」 冬の終わりに落としてきた悟空の花の種は、三蔵にしてみれば頭痛の種が芽を出したようなもの。 至る所で双葉を出して花をつけた草木、悟空にとっては毎日が宝探し。 だが、それも序の口。 寺の顔とも言える山門に朝顔の蔓が巻きつき、名工の作と言われた石灯籠の隣に向日葵が顔を出す事を、三蔵も悟空もまだ知らない。 #15 春の風 その瞳には映らなくても、解る事がある。 空気の色が変わった事、風が優しくなった事、新しい生命が生まれる準備を始めた事。 そして、変わらないのは ―――― 貴方が隣に居る事、声も眼差しも俺を導いてくれる事。 俺と…同じ想いでいてくれる事。 人波を泳ぐように胡桃色の頭が右に左に揺れる。時折振り返っては、変わらぬ歩調でついて来る彼を確認すると、またタッタッと軽やかに足を進める。 けれどけして、視界からその人の姿が消えないように。 「何処まで行く気だ」 「んー、何処だろう」 「帰るぞ」 「えーっ、もうちょっと」 「いい加減にしろ」 宿を出てから、もう何度目かの会話。 帰る。と言った言葉が本気でない事は、言った本人も言われた方も解っている。 単純な言葉遊びを、互いに楽しんでいるのだ。 そうやってただ歩く。いつの間にか、風景が変わっていた。 「これ、桜?」 「桜だな」 川べりのなだらかな傾斜に植えられた桜。ずっと先まで続いている桜の堤は、花の季節ならばそれは見事だろうと、想像に容易い。が、 「まだ、枝ばっかりだな」 立派な幹から伸びる枝は、じっと身を固めている様。 「バカ猿、よく見てみろ」 だが、言った方は桜には見向きもせずに、煙草を咥え紫煙を吐き出す。 猿呼ばわりされた少年は頬を膨らましながらも、手の届く枝を慎重に引き寄せた。 「あ…」 小さく上がった声に、咥え煙草のその人が視線を送る。 「芽が膨らんでる」 まだ本当に小さい皮に包まれた桜の芽。目を凝らしてよく見れば、どの枝にもたくさんの花の赤子が小さな顔を覗かせていた。 「まだ、寒いのに…」 「自然は季節の移ろいに敏感なんだよ、お前と違ってな」 「ひでぇ…」 聞き捨てならない言葉に、今度こそ抗議の声を上げ、けれど少年はそっとその人の法衣の端を摘んだ。 「何だ」 「今年の桜も…一緒に見られるよ、な」 言葉の奥底に隠された少年の想いに気付かないほど、浅い付き合いではない。 心に聞こえる声が、いつもより不安を孕んでいる事も、とうに解っていた。 「お前次第だろ」 それでも、こんな言葉しか与えてやれない自分を、恨めしく思う。 だから ―――― ゆっくりとその身体を抱き寄せた。 「俺…絶対、ついてくよ。三蔵があっち行けって言っても、離れないからな」 子供じみた、けれど力強い少年の宣言に、三蔵の口角が上がる。 「忘れるんじゃねえぞ、その言葉」 耳元へ囁いてそのまま、掠めるように口付けてから身を離した。 来た道を戻り始めたが、背後の少年に動く気配が感じられないと、苦く笑って振り返った。 「どうした、置いていくぞ…悟空」 真っ赤になった顔が数歩先の三蔵を見上げ、そしてその瞳が差し出された右手を見つける。 ぎこちなく踏み出した一歩の後、 「三蔵!」 差し出した右手に抱きついてきた悟空に、その紫暗を細めて三蔵は歩き出した。 一緒に桜を見よう。 次の年も、その次も…変わりなく季節が巡って来るように。 大好きな貴方と、いつまでも、いつまでも ―――― copyright(c)karing_Reincarnation
去年の春に、何気なく始めた日記の小話。 実を言うと、去年の時点でお話が出来ていたのは、「早起きの桜」と「花さんぽみち」の2作だけでした。 春の章は、ほとんど勢いだけで書き上げて、こうなりゃと腹を括ったのは、夏の章を書きはじめた時。 で、秋の章が一番書くのに苦労した。その分、秋の章は自分でも好きな話が多いけど。 冬の章は題材にする花が少なくて、やっぱり大変でした。 花っていうと=花言葉って言う風になりがちなので、なるべく花言葉に頼らないように…花言葉は最後の手段ですよ。 一年間、のたくたとよく続いたなぁと、書いた本人が一番びっくり(笑) たくさんの方から、励ましや感想を頂いて、それが大きな原動力でした。 読んでくださった全ての方の中に、ほんの少しでも何かを残せたらいいなぁ〜 一年間お付き合い、本当にありがとうございました。 2006/2/5 花淋拝
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