おはなのおはなし〜冬の章〜

#1 #2 二人なら…

「八戒…あれって、確か…ビワの木だよな」
 旅の途中、宿のベランダから中庭を覗いていた悟空が、マグカップを持って隣に並んだ翡翠の青年に声を掛けた。
「どの木…ああ、そうですね。立派なビワの木ですね」
 八戒からカップを受け取り、悟空はまた視線をその木へ戻しながら、
「あの葉っぱの奥にある白いのって、花?」
 少しだけ身を乗り出す悟空に倣って、八戒もまた目を凝らす。
「そうですね、たくさん咲いてますから、きっとたくさんの実がなりますよ」
 言いながら、食べられないのが残念ですね。と、小さく笑うと、悟空は少しだけ苦く笑った。
「でも、今頃花なんか咲いてさ、枯れちゃわないのかな?こんなに寒いのに」
 悟空の言うとおり、陽射しがあっても吹く風は冷たい。ふるっと揺れた少年の肩を見て、八戒は室内へと促し。素直にそれに従った悟空は、備え付けの椅子に座りながら、カップの中身を啜った。
「ビワは耐える木なんですよ」
 八戒の言葉に、悟空は首を傾げた。
「大きくて厚い葉を広げて、あの小さな花を守るんです。厳しい寒さを耐えて、初夏に大きな実をつけるためにね」
 それはどこか人の生き方に似ている。と、呟く八戒の声を、その場に居た三人は黙って聞いていた。
「じゃ、悟空。今夜はあったかくして寝てくださいね」
「うん、お休み八戒、悟浄」
「おやすみなさい、三蔵悟空」
「じゃな」
 八戒と悟浄が隣室に引き上げると、悟空は思い出したかのように窓辺を寄ると、外のビワの木を眺めた。

――― 耐え忍ぶ木

 昼間の八戒の言葉が蘇る。
 じっと、ただ動かずに待ち続ける。
 雪解けを…春の陽射しを…
 
――― 誰かの手を…

 思わず口唇を噛み締めた。胸の中に湧き上がった感情に蓋をする。
「寝るぞ」
 不意に背後で上がった声に、悟空はびくりと肩を震わせた。
「う、うん」
 大きく息を吐いて、自分のベッドへ潜り込もうとすると、
「悟空…」
 呼び止められて、振り向いた先の紫暗は、いつもより柔らかい光を宿していた。
「さんぞう?」
 鼓動が早くなるのを感じて、悟空はぎゅっとシャツの胸元を握り締めた。
 そして、思いもかけない三蔵の言葉を耳にする。
「一緒に、寝るか」
 そう言って、僅かに布団を上げた。

「あったかい…」
 触れ合ったところから広がる温もりに、悟空の顔が綻ぶ。ちらりと三蔵の顔を窺ってみるけれど、閉じた瞼は動く事もない。白磁のような美貌を見つめながら、
「三蔵には、何でも聞こえちゃうのな」
 空気のような囁き。けれど、それもまた聞こえてしまったのだろうか、悟空の背中に廻っていた手に僅かに力が篭る。

――― じっと…凍えた岩牢の中で、待ち続けた太陽の光

 無意識に自分を重ねた悟空に、三蔵だけは気付いたのだ。
「ありがと、三蔵…大丈夫、だよ」
 寝息と重なった呟き。
 ゆっくりと瞼を開いた三蔵は、安らかな寝顔にその口角をあげた。
「バカ面…」
 一言零して、けれどそっとまろい頬に、口付けを落とした。




#3 祈り

 人の気配を感じて、三蔵は重い瞼を押し上げた。
 霞んだ視界の先に見えるのは、墨染めの衣に身を包んだ後姿。
「……ぉい」
 掠れた声に驚いたようにその人物が振り返った。
「三蔵様、お気が付かれましたか」
 その顔に、微かな安堵を浮かべて、僧徒はベッドに駆け寄った。
「ご気分は如何ですか?」
 その声が聞こえているのか、三蔵がゆっくりと身を起こそうとする、傍仕えが慌てて身体を支え上衣を肩へ掛けた。
「今、お飲み物を…」
「悟空は…どう、してる」
 三蔵の言葉に、僧は一瞬眉を潜め、それから口元を緩めた。
「大人しく、良い子にしておりますよ」
 三蔵の傍仕えになって気付いたのは、共に暮らす金瞳の少年を、何よりも大切に思っている事。
 今も、身体が辛いのは自分だと言うのに、真っ先に出た名前が悟空である。
 それならば、普段からもう少しお優しい言葉を、掛けてあげれば良いものを。
「何だ…」
 心なしか低くなった主の声に、僧は慌てて顔を引き締めた。
「いえ、三蔵様が早く良くなるようにと、悟空からのお見舞いでございます」
 言って中庭に続く窓を指差す。倣って顔を向けたその先、軒下に並ぶのは、たくさんの「雪うさぎ」。お世辞にも上手いとは言えないけれど、紅い小さな目が少年のそれと重なった。
「南天は不浄な物を浄化する、と言われております。三蔵様のお身体から、風邪が早く抜けるようにと、朝から一人で作っていました」
 僧の説明を聞きながら、三蔵の視線はそこから動かず、その横顔は本当に穏やかに見えた。
「白湯をお持ちします。お飲みになって、もう少しお休みください」
 僧の言葉に、三蔵は黙って従った。

――― 三蔵…早く、良くなって

 頭に響く声は控えめで、けれどやっぱり、寂しそうで…
 誰かの為。なんて、今までの自分では、考えられなかったけれど。

 風邪が治ったら…
「飯でも喰いにいくか…」
 呟きながら、微睡みの淵を下りていった。




#4 心を繋ぐ

 新年の祈祷が終わった途端、三蔵が倒れた。
 高熱を発して、昏睡状態が三日続いた。その間、悟空は会うことを禁じられ、ずっと奥向の部屋に閉じこもったまま。三蔵の病状を伝えてくれるのは、一年ほど前から三蔵の傍仕えになった、僧侶の愁由(しゅうゆ)だけだった。
「まだ少し熱が高いですが、心配は要りませんよ」
 愁由の言葉を信じていない訳ではなかったが、悟空の顔からすっかり笑みが消えてしまっていた。
「悟空、そんな顔をしないでください。三蔵様は大丈夫ですから」
「でも…」
「実はね、三蔵様から贈り物があるんですよ」
 愁由は後ろ手に持っていた物を、すっと悟空の前に差し出した。
「…これ」
「三蔵様からです」
 摘んできたのは私ですが。と、続けた傍仕えの顔を、悟空は大きな瞳で見つめ返した。
 渡された小さなブーケは、鮮やかな黄色。
「これ、なんて言う花?」
「寒菊ですよ」
「かんぎく…三蔵の色だね」
 ふわりと笑ったその顔に、愁由は目を細め、

――― 三蔵様にも、お見せしたかった

 少年の心に住まう彼の人が、いかに大きな存在なのかを改めて感じた。
「もう少しの辛抱ですよ、悟空」
「うん」

 三蔵の枕元、小さなブーケがその眠りを守っていた。


オリキャラ出現。名前は三国志から


#5 逢瀬

 半ば脅迫的に奪い取った休暇。
 疲労と寒さで酷い風邪に襲われた三蔵が、療養だと言って強引に訪れた庵。連れて来たのはもちろん悟空だけである。
 冬の乾いた空の下、石畳を踏んで長い山門を抜けると、少年は思わず息を呑んだ。
「わ、ぁ…」
 枯山水の池を囲むように植えられた低木は、見事なほどに華やいでいた。
「さざんかだな」
「さざんか…」
 花の名を呟くその横顔を、三蔵は愛おしげに見つめていた。

――― さんぞぉ、逢いたい…逢いたいよぉ

 病の床に伏せた十日間、ずっと一人ぼっちにさせた。
 愁由から様子を聞くたびに、胸が痛んだ。
 療養室から戻った日、悟空は握った己の法衣をけして離す事はなかった。短い腕が懸命に自分を抱きしめるのを甘受し、三蔵もまた陽だまりのように暖かい少年の身体を抱き返した。


「何だ、また見てるのか」
「うん…明るい時も綺麗だけど、夜もさ凄くきれいだよ。白い花が浮かび上がってるみたいで」
 庭を望む窓辺へ寄ると、月明かりの下、白い花弁が淡く光彩を放っている。
 と、不意に腕が引かれた。
 見れば悟空が自分の腕を絡ませて、三蔵を見上げている。
「ずっと…すごく、すっごく…寂し、かった」
 その潤んだ金瞳に引き寄せられるように、三蔵が身を屈めた。
 交わされた口付けが深くなっていく。吐息を奪って、想いを分け合って…
 口唇を重ね合ったまま、悟空を抱き上げ寝室へ向かう。
 シーツの波間に横たえて、三蔵の口唇が頬を辿って耳朶を食んだ。
「…っ、さんぞ」
「寂しさなんか忘れるくらい、俺で一杯にしてやるよ」
 耳元に落とされた囁きに、悟空の背筋を甘い痺れが走る。
「うん…」
 ゆっくりと細腕を愛しい人の首に絡めて瞳を閉じた。

 庭先のさざんかが、ひらりと白い花弁を風に踊らせていた。
close   #6〜#10