| おはなのおはなし〜春の章〜 |
#1 早起きのサクラ 廊下を聞きなれた足音が駆けてくる。三蔵は露骨に顔を潜め、次に来るだろう騒音に身構えた。が、期せずして上がったのは、 「さんぞー、開けて…ください」 拍子抜けした三蔵が扉を開けば、養い子はあわせた両手を三蔵の前でそっと開いた。 小さな手の中に一片の花弁。 「桜…か」 「うん、裏山の木に一個だけ咲いてたんだ。どうやって三蔵に見せてあげようかと思ってたら、一枚だけ落ちてきてくれたの」 落ちてきてくれたの。なんとも悟空らしい言葉だと思った。 「早起きの桜か」 言いながらその身を抱き上げると、嬉しそうに悟空が頷いた。が、 「少しは見習え」 三蔵のその言葉に、今度はぷぅっと頬が膨れる。 くるくると変わる悟空の表情に、自然と三蔵の口元も綻び、そうしてから膨れた小さな頬に触れるだけのキスを贈る。ぴきりと固まる悟空を可笑しそうに見つめた。 「満開になったら、行ってやるよ」 その途端、頬を桜色に染めた悟空が、本当に本当に幸せそうに笑った。 #2 only one 外は日差しが気持ちいいのに、相変わらずの激務に眉間の皺は深くなるばかり… 咥え煙草の最高僧は背中に感じる気配に、相反する二つの感情を内に秘めていた。 安らぎと煩わしさ。そして、 ――コンコン 背後の窓ガラスをたたく指先。無視を決め込むのは簡単だったが、単純作業に飽きていた三蔵は、椅子を引いて窓を開けた。 「なんだ」 「三蔵、はい」 見下ろすと片手を突き上げた悟空が、太陽よりも明るい笑顔で立っていた。 「たくさん咲いてたんだ。三蔵に見せたいから、一個だけもらってきた」 それは一輪のスミレ。無邪気な悟空に、自然と手が伸びそれを受け取った。三蔵はくるりと向きを変えると、たった一輪のその花を机上の水差しに落とし、再び窓辺へ戻ってくると、腕を伸ばして悟空を抱え上げた。 「さ、さんぞっ!」 「煩い」 そのままソファへ座ると、日向くさい養い子を抱きしめた。 「三蔵、仕事終わったのか?」 「休憩だ」 「…そっか、うん」 そのまま静かになった室内。 開け放たれた窓から吹く暖かい春の風が、金糸と胡桃色の髪を優しく撫でていった。 #3 あか、しろ、きいろ 騒ぐ姿は変わりないのに、それに少しだけ勢いが無い。 年上の仲間たちは、なんとなく理由に気付いていた。 「悟空、先に宿に戻っててくれますか?ちょっと買い忘れたものを思い出して」 八戒のその言葉に、悟空は何の疑いも抱かず、二つ返事で駆け出した。 宿に戻れば、三蔵の姿は無く残っていた悟浄も、悟空が帰ってくると「ヤボ用」だと言って、入れ替わりで部屋を出てしまった。 一人残された悟空は、ため息をついてベッドへ突っ伏した。 思い出したのは二日前の事。 街中でいきなり襲われ、応戦していた悟空が敵を蹴り飛ばした時、色づいた蕾が並ぶ鉢植えを一緒に壊してしまった。 花が咲くのを楽しみしていただろう子供の姿に、ちくりと胸が痛む。自分も花は好きだから。 仕方ないと慰められても、落ち込んでしまう。だから、三蔵が帰ってきたのにも、気付かなかった。 「おい」 その一言と共に、放物線を描いて放り投げられたモノ。プラスチックの棒の先、花の蕾に似せて作られた赤色のアメ。 自分の手の中のそれと、三蔵の顔を交互に眺め、そして悟空ははんなりと笑った。 それから不思議な事が二つ起こった。 遅れて帰ってきた八戒が「いつも買出しに付き合ってくれるお礼です」と言って、差し出したのは、色こそ白色だが三蔵と全く同じモノ。 「ジャラ銭の整理」と言って悟浄がよこしたのは、やはり同じ棒付きアメ。ちなみに色は黄色。 三本の色アメを眺め、同じ部屋のいつもと変わりない仲間たちを眺め、悟空はくすりと笑みを零し、 「腹減ったー!!」 三人が知る、一番の笑顔を咲かせた。 #4 良薬口に甘し ― コホ…コホ…ン、コホコホ… 部屋の奥から聞こえ始めたそれに、三蔵は仕事の手を止め腰を上げた。 小ぶりのマグカップに入れた、琥珀色の液体に湯を注いで軽くのばす。それを持ったまま、寝室へ向かった。 「さ…コホ…んぞ」 布団の中に蹲っていた悟空は、入ってきた三蔵を苦しそうに見上げる。 三蔵は持っていたマグカップを、サイドテーブルに置くと、ベッドの端に腰掛けて、悟空を抱き起こした。背中を擦りながら落ち着くのを待って、マグカップを手に取る。 「な、に…」 「口あけろ」 素直に従った悟空の口に、スプーンが一度。口内に広がる甘みに、悟空が目を丸くした。 「さんぞ、花の匂いがする」 「蓮華の蜜だ。お前、よく花冠作るだろ」 気管支炎を起こして、固形物を口に出来ない悟空は、蜜の甘さと何より三蔵の優しさに、今は白く痩せてしまった顔をほころばせた。 「ありがと、三蔵…でも、ごめんなさい」 「早く良くなりたきゃ、我が侭言って甘えてろ」 そう言って、マグカップの中身は全部三蔵によって、悟空の口に運ばれた。 暫くして、胸に抱いた悟空が安らいだ寝息を零し始めると、その身を横たえて胡桃色の髪を一房掬った。 「早く治って、バカ面で笑ってみせろ」 呟いた時、眠っている悟空の口元が、微かな笑みを浮かべた。 #5 澄んだ昼下がり その日、執務室は実に澄んだ空気の中にあった。 「一生懸命考えたけど、俺が三蔵にあげられるモン、これしか浮かばなかった」 患った喉は完治して、悟空はいつもの元気を取り戻し、最初にしたのが三蔵へのお礼だった。 薄桃色に染まった頬にはなかんだ笑みを乗せて、三蔵に差し出されたそれ。丁寧に丁寧に編みこまれた「蓮華の花冠」。 さすがの三蔵も「いらない」とは言えるはずも無く、屈んだ自分の頭の上に、ふわりとそれは納まった。 それから、時折鼻を掠める微かな香り。何度か煙草に手を伸ばし、その度に香る頭上のそれに、結局三蔵は一本も火を点ける事が出来ないでいた。 よって、灰皿は綺麗なまま。自分も大概、小猿に甘い。と、苦く笑い、ふと室内が静かなのに気付く。 花冠を作りに一度外へ出た悟空は、戻ってきてからずっと執務室にいた。本を読んだり、何かを描いていた事もあったが、見ればソファで今は舟を漕いでいた。 三蔵は小さく息を吐いて足音を立てずに近付くと、その小さな身体を横たえ、寝室から持ってきたブランケットで包み込む。そのまま机には戻らずに、悟空の脇へ腰を下ろすと、頭の上の花冠を脱いだ。 「コレは、俺よりもお前のほうが、似合ってるな」 そう言って、胡桃色の頭をそっと撫でると、そのまま静かに目を閉じた。 |
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