| おはなのおはなし〜秋の章〜 |
#7 大切なあなた この寺にとって必要だったのは、「三蔵法師」と言う肩書きであって、それがたまたま俺だったというだけだ。 「くそだりぃ…」 誰に聞かせるでもない悪態が、白く霞む室内に消えた。 三仏神からの勅命、寺の格を上げるだけの説法。そして…自らが拾った小猿が日々巻き起こす、騒動の後始末。 休日。どころか、気の休まる時間すらもままならず、今や三蔵の機嫌は絶対零度まで下がっていた。 この寺には、仕事を急かす無能な僧徒は居ても、三蔵法師の身体を心配する輩など、一人として居ない。 その時まで、彼はずっとそう思っていた。 遠慮がちに開いた扉から、滑り込むように入ってきた養い子は、小さな足音を立てて三蔵の傍へ来ると、執務机の上に一輪挿しを置いた。 そこに、青紫の竜胆。 ゆっくりと紫暗の瞳が、佇む少年を捉えた。 「さんぞ…この頃すごく疲れてるみたいだから…綺麗な花見れば、元気になると思って…」 躊躇いがちに言葉を紡ぐ悟空に、内心で嘆息した。 古来より竜胆には、高ぶった神経を落ち着かせる効果があると言われているが、どう見ても悟空がそれを知っているとは思えない。 そこに在るのは、大地の化身である本能と、何より大切な人の身を案じる一途な想いに他ならない。 椅子から立ち上がった三蔵は、部屋の鍵を閉めて来いと言いながら、自身はどかりとソファに身を沈めた。 目の前に戻って来た悟空の腕を不意に引っ張ると、 「こんなに冷たくなるまで、外をほっつき歩くな。これ以上、俺の仕事を増やす気か」 何とも彼らしい言葉と共に、小さな身体が抱きしめられた。 呆気に取られた悟空は、次の瞬間ふわりと嬉しそうに笑い、 「さんぞー、あったかい」 背中に廻った手が、きゅっと法衣を握り締めた。 扉の外からは、僧徒の騒ぎ出す声。それが次第に遠くなっていく。 「おやすみ、あんま無理しないでな」 温もりと柔らかい囁きに、僅かに口元を上げて、三蔵はゆっくりと微睡みに身を委ねた。 竜胆の効果については、うる憶えです(オイ) #8 二人道 三蔵はとても忙しい人だ。 それは自分もよく解っている。けれど、ここ数日僅かな時間しか顔を合わせていなかった悟空にとって、今日の休みをどれほど待ちわびた事か。 仕事なのだから、仕方ない。 頭では理解していても、一緒に居られない寂しさは、堪えようもなくて… 「三蔵に…見せてあげようと思ったのに…」 寺の裏山。自分だけの秘密の場所で、悟空は小さく膝を抱えていた。 目の前には、名前も知らない薄紫の花の群れ。三蔵と一緒に、この花を見たいと思っていたのだ。 「早く、帰って来ないかなぁ」 高い空を見上げて、悟空はポツリと呟いた。 「おい」 不意に掛かった声に、悟空は驚いて振り返り、大きな金瞳を更に見開いた。 「三蔵…え?何で?ここに居るの」 「あ゛あ゛?てめえが煩く呼ぶからに決まってんだろ」 そう言って、煙草を咥えると一筋の紫煙が空へ昇っていく。それからゆっくりと悟空の隣へ並んだ。 言いたい事はたくさんあったけれど、三蔵がここに居るというだけで、今までの寂しさが、すぅっと溶けていく。 「あのね…三蔵に、この花見せたかったんだ」 はにかんで悟空は、三蔵を見上げた。 「紫苑だな」 「しおんって言うんだ、この花。三蔵は何でも知ってるのな」 笑顔を見せれば、大きな手が胡桃色の髪をくしゃりと撫でた。 「三蔵、おかえり…それから、朝…お見送りしなくて、ごめんなさい」 うなだれて法衣を握る養い子。その幼い仕草に、自然と三蔵の口元が上がる。 「明日は休みだ…」 いつもの口調で告げてやれば、今度こそ悟空のそれに笑顔の花が咲いた。 「帰るぞ…」 そう言って歩き出した腕に、悟空が飛び付くと、少しだけ三蔵の歩みがゆっくりになった。 #9 おかえり 「こんにちは、三蔵悟空」 「よ、元気にしてたかチビ猿」 そんな言葉と共に、二人がその部屋を訪れた時、常に不機嫌な太陽の姿は見当たらず、読んでいた本から顔を上げた金瞳の少年だけが、二人を出迎えた。 「三蔵は仕事ですか?」 手際よくお茶の準備をしながら、八戒が尋ねれば、 「うん…朝からね…」 声を落とし顔を曇らせた目の前の少年に、悟浄までもが小さく息を吐いた。 「悟空、お土産があるんです」 「え?」 気分を変えるように殊更、明るく言って八戒は持って来た包みを解いた。 「うわぁ…」 小さな菓子箱に詰められたそれを見て、悟空は金瞳を見開いた。 「これは『練りきり』と言って、餡子で作ったお菓子なんですよ」 「ねりきり…これ喰えるの?」 「ええ、美味しいですよ」 菊の花を模した色鮮やかな菓子は、見た目も綺麗で、食べられると聞いても早々手が出るものでは無かった。あの悟空でさえ。 「三蔵には一つか二つ残して、あとは悟空が食べてくださいね」 「ありがとう、八戒」 上がった悟空の顔に笑顔が戻っている。それに目を細めて八戒は続けた。 「三蔵の帰りが遅いようなら、夕食は僕たちと一緒に食べませんか?」 「一人で喰うよりいいだろ」 二人の誘いに、悟空の笑顔が深くなる。 「ありがと。でも俺、仕事があるから」 その意外な悟空の返事に、二人は揃って首を傾げた。 「俺さ、三蔵に迷惑ばっか掛けてるだろ。何にも出来なくて…そしたら三蔵が、仕事に行く時の『いってらっしゃい』と、帰ってきた時の『おかえりなさい』はお前が言えって。それが俺の仕事だって、言ってくれたんだ」 だから今日も三蔵におかえりなさいを言わなければならない。そう言った悟空の顔が、二人が訪れてから一番の笑顔になった。 互いに目配せしあって、八戒と悟浄は少年に気付かれないように肩をすくめると、 「分かりました。じゃあ三蔵がお休みの時に、四人で食事しましょうね」 「うん!」 何だかんだと言って、この二人の間に割って入る事など不可能なのだ。 改めてそう感じて、二人は腰を上げた。 「どうすりゃ、あんなに慕えるもんかね」 「完全に独り占め状態ですよね」 二人が交わした言葉に違わず、数時間後に帰院した不機嫌な太陽を出迎えたのは、彼一人が見る事の出来る、愛し子の笑顔と心からの言葉。 「おかえりなさい、三蔵」 し、新婚バカップル… #10 いってらっしゃい 裏山で見つけたその花は、小さいけれど真っ白な花びらを堂々と広げたその姿が、三蔵と重なって。 だから、どうしても三蔵に見せたかったんだ… 「なんだこの花は」 「返して!三蔵の部屋に飾るんだから」 「こんな、みすぼらしい花など、三蔵様にお見せするわけにはいかん」 「まったくよ。妖怪の分際で、どれほど三蔵様の手を煩わせれば気が済むのだ」 罵声と共に踏みにじられたその花を、震える手で拾い悟空は、口唇を噛んで部屋へ駆け戻った。 「三蔵…俺にも、出来る事…ある?」 部屋へ戻った三蔵は、悟空のそんな言葉で出迎えられた。 余りにも唐突なそれに、ハリセンを振るう事も忘れ、養い子を見下ろし、渋る悟空の口から事の起こりを聞き出した。 「俺…何も出来ないの…ひっく…さんぞ、悪く…」 自分の所為で三蔵が悪く言われるのが嫌だと、悟空は顔をグシャグシャにして訴えた。 「別に、てめえに何かさせようなんざ、これっぽっちも考えてねえよ。坊主の言った事を、いちいち真に受けんじゃねえよ」 「でも…」 尚も何かを言おうとした悟空に、 「明日から、仕事に行く俺を、送り出せ。帰ったら出迎えろ。それがてめえの仕事だ」 いきなり告げて、新聞を広げる。 いつの間にか涙の止まった悟空は、唖然と立ち尽くし…暫くして言葉の意味を理解すると、本当に嬉しそうな笑みを零した。 「三蔵に「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」言うのが、俺の仕事?」 「同じ事を何度も言わせるな」 三蔵は相変わらず、新聞は広げたまま。実を言えば外せないのだ、その顔を悟空に見られたくなくて。 「明日、もう一本だけ、その花を貰って来い。バカ共に見つかんじゃねえぞ。解ったら、風呂入って寝ろ」 立て続けに言葉を並べ、今度こそ三蔵は新聞へ目を落とした。 「いってらっしゃい、三蔵」 「ああ」 胡桃色の頭をくしゃりと撫でて、三蔵が仕事へ向かう。その口元が、微かに上がっている事など、本人さえも気付かずに… おはなのおはなしのクセに、花の名前が出なかった。 えと、「たますだれ」という花です。白が綺麗な清楚な花ですよvv #11 君の隣… ―――― 一年に一回くらいは、いいと思うよ…マジでさ 「ごじょー、誕生日おめでとーっ!」 町外れの一軒家に本当の(?)主が帰ると、元気な声が彼を出迎えた。 「んだよ、いきなり」 振りまかれた紙吹雪を手で払いながら、文句を言えば。 「なんだやっぱり、忘れてる。自分の誕生日」 その少年の言葉に、漸く今日は自分の誕生日だと思い出し、悟浄はまた一本煙草を咥えた。 「で、何だよこの花の山は」 さして広くもないリビング一杯に、黄色い花の群れ。 「これ、俺と三蔵からの誕生日プレゼント。悟浄にぴったりの花言葉なんだぜ」 「花言葉だぁ、何だよそれは」 「えーっと、何だっけ「あほう」…」 少年の聞き捨てならない言葉に、いち早く反応した者が居た。 「予防だ。バカ猿」 あ、そうだった。と、笑う少年とその保護者に、悟浄は目を剥いた。 「ちょっと待て「あほう」だ「予防」だ。それが主役に言う言葉か」 「要注意。というのもあったな」 悟浄の怒りなど気にした風もなく、更に追い討ちをかける。 「てめえ、ケンカ売ってんのか、クソ坊主」 「なあ、そんな事より早くメシ喰おうよ。俺もう腹へって死にそう」 「だから、人の話を聞けって!八戒、お前もそこで笑ってんな」 料理を乗せたトレイを持って、肩を震わす同居人は、運んできた皿をテーブルに並べながら、 「いいじゃないですか、賑やかで」 そう言って、深緑の瞳を優しく細めた。 四人で食べるには充分過ぎる量の料理を前に、四人がそれぞれグラスを上げる。 「おめでとうございます、悟浄」 「悟浄、おめでとう!」 「……」 「…さんきゅ」 傾けたグラスの中身が、いつもより美味いと感じた。 「ったく、あいつら予防だ要注意だ、好き勝手言いやがって」 台風が過ぎた後のようなその部屋で、紫煙を吐き出しながら、それでもその顔がいつもよりずっと穏やかなのに、八戒も自然と笑顔になる。 「アキノキリンソウって言うんですよ、その花」 コーヒーを渡して、自分も彼の横に腰を下ろした。 「アキノキリンソウねえ…ずいぶんな花言葉じゃねえか」 悟浄の言葉に、苦く笑った八戒は少ししてから、ポツリと呟いた。 「幸せな人…」 「え?」 「安心っていう意味もあるんです」 そう言って、微笑む八戒に、何も言えなくなった。 ただ黙ってその肩を引き寄せ、花瓶から一輪抜き取った花を手渡す。 「俺から…」 深い緋色が見つめる先に、その人はいつになく穏やかで。 「お誕生日おめでとうございます、悟浄…貴方に逢えて、よかった」 「ああ、俺もだぜ、八戒」 花の香りに包まれて、二人はいつまでも寄り添っていた。 誕生日おめでと、ごじょりん♪ #12 花影 「なぁ〜さんぞぉ」 ソファで寛いでいた彼の隣で、少年は普段よりも少しだけ、舌足らずな口調で話し掛けてみた。 返事はなくとも、ついと、紫暗の瞳が自分を見下ろすと、悟空はもうそれだけで嬉しくてたまらない。といった様子で言葉を続けた。 「三蔵ってさぁ、何であんなに花の名前知ってんの?」 だが、次の瞬間。 悟空の顔が一瞬で強張るほど、その場の空気が突如変わった。 三蔵の眉間による深い皺に、自分は言ってはいけないことを彼に言ってしまったのだと、悟った。 「さんぞ…あの、ごめん…な、さい」 俯いて小さく肩を震わす悟空の頭に、静かに大きな手が下りた。 「…あの方も、庭一杯に花を植えていた」 その声の穏やかさに、悟空は恐る恐る顔を上げた。 「あの方って…三蔵の、お師匠様?」 声はまだ震えている。 「花が咲くたびに俺を呼んでは、育て方から花言葉まで、細かく教えられた」 遠くを見つめる三蔵の横顔に、悟空の心臓がとくんと音を立てた。 「悟空?」 「なんか悔しい…さんぞ、すごく優しい瞳してるし」 言いながら、きゅっと抱きついてきた養い子に、三蔵の口元が上がる。 「ヤキモチか」 「違うもん!」 拗ねた口調に、ますます三蔵の笑みが深くなる。 けして、声には出さないけれど、光明の面影をこんな風に追いかける事ができるのは、他でもない…この悟空が居たから。 愛し子の温もりに包まれて、三蔵が思い出した師匠は、花に囲まれて笑っていた。 ――――綺麗でしょう、江流 ――――そうですね…お師匠様 お花が出てこない「おはなのおはなし」…も、アリ? |
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