おはなのおはなし〜秋の章〜


#13 幸せの色〜1〜

「俺の目、こんな色じゃなかったら…さんぞーに、めいわく…かけなか、った…かな」
 か細く紡がれたその言葉を残して、少年の意識は闇の中へ沈んでいった。

 それは本当に、偶然だった。
 町外れに住む二人の友人が、久しぶりに寺院を訪ね、三蔵と悟空が居るだろう執務室を目指していた時、
「何度言っても解らないのだな、お前は」
「その忌まわしい目と同じ色の花を、三蔵様にお渡しするなど」
「どれ程、三蔵様の御手を煩わせれば気が済むのだ」
 本当にこれが、慈悲を声高に訴える者の言葉だろうか。
 二人は眉を潜めて、声のする方へ向きを変えた。
 そして八戒と悟浄がその場に現れた正にその時、
「おい、何してんだお前ら」
「悟空!」
 僧徒に突き飛ばされて、傾いだ小さな身体が鈍い音を立てた。
 突然姿を見せた二人に、僧徒たちは慌てふためいて逃げ出した。それを追いかけようとした悟浄を、八戒の声が制する。
「悟空!しっかり」
「おい、悟空!」
 抱き上げると、頭のあったそこに血溜まりが広がっている。
「止血を」
 そう言った八戒から、悟浄が悟空を受け取る。ぽぅっと淡い光が、小さな身体を包み込んだ。
「は、っかい…ごじょ」
 焦点の合わない瞳に、二人の姿は映らず、それでも自分を取り巻く空気が、悟空にその存在を知らせていた。
「悟空…」
「大丈夫か、悟空」
 労わる声に漸く悟空の顔に、微かな笑みが浮かんだ。
 それにほっと息を吐くと、
「八戒、家へ戻るぞ」
 少年を抱き上げて歩き出す悟浄を、黙って八戒が追いかけた。


「おはなのおはなし」初の続きモノ。
まだ、花は登場してない。。。三蔵様も…
この先、どうなる?!




#14 幸せの色〜2〜

「こんな所まで押しかけて来て、一体どういうつもりだ」
 出迎えのキツイ一言はいつもの事だ。だが今日だけはそれに腹を立てている暇は無かった。
 そうして悟浄は、しおれてしまった一輪の黄色い花を三蔵に差し出した。
「何だ」
「お前に渡したくて、悟空が守った…命懸けで」
「どういう事だ」
 地を這うような冷たい声が、ゆっくりと部屋の空気を変える。
 事の一部始終を、三蔵は目を閉じて聞いていた。能面のような表情からは、その感情を窺い知ることは不可能だったが、話が終わりその紫暗が静かに開いた時、悟浄の背中を戦慄が駆け抜けた。
 三蔵の怒りは、その場を凍りつかせるには、充分だった。

「お帰りなさい。ご苦労さ…三蔵?!」
 夜半になって戻って来た悟浄の後ろから、思いもかけない人物が顔を出し、八戒は珍しく声を大きくした。
「猿はどうした」
「眠ってます」
「傷の具合は?」
「大丈夫ですよ。頭なので出血が多かったんですけど、幸い傷も浅くて済みましたから」
「そうか…世話を掛けたな」
 その時の三蔵の顔を、八戒はきっと忘れないだろうと思った。
 少年の為だけの、深い慈しみに溢れた顔。
「会ってあげてください。奥に居ますから」
 八戒に促され、その背が奥へ消えると、残された二人は顔を見合わせて、くすりと笑った。
「あんな顔、初めて見たぜ」
「本当に」
 
 それから、暫くして戻って来た三蔵に、先程の穏やかさは欠片も無く、
「事が済むまで、悟空を預かれ」
 冷たく言い放つと、玄関へ向かった。
「何するつもりか知らねえけど、乗ってく?三蔵様」
 煙草を咥えた口元を上げた悟浄を、ぎろりとねめつけ、
「どうしても言うのなら、乗ってやらん事も無い」
 どこまでも最高僧らしい言葉だった。
「素直じゃねえなぁ、ホントによ」
 悟浄が思わず、苦笑いを零した。


しおれた花は一体?三蔵サマ何をやらかすのか??




#15 幸せの色〜3〜

「悟空、三蔵からですよ」
 リビングの扉が開いて、現れた青年は胸に黄色い花束を抱えていた。
 それを受け取った少年は、本当に嬉しそうに笑う。
「綺麗ですね」
「うん、三蔵の色だよ」
 悟空の言葉に、青年はただ優しく微笑んでいた。

 悟空がこの家へ来て、十日が経った。
 三蔵が留守の間に、少年が受けた仕打ちを、彼が知らない筈はなかったが、あえて何も言わなかったのは悟空の為と言ってよかった。
 悟空を庇えばそれは全て、悟空へ返っていく。
 だが今回だけは、その行き過ぎた行為が三蔵の逆鱗に触れた。
『事が済むまで猿を預かれ』
 そう言い残して寺院へ戻った最高僧が、何を考えていたのかは解らないけれど、街から流れてくる噂が、三蔵の怒りの大きさを表していた。
「最高僧の粛清…ですか」
「年寄りどもはそう言って、寺に向かって手ぇ合わせてるぜ、そこらじゅうで」
 買出しから戻って来た悟浄の話を聞いて、八戒は苦笑いを浮かべ、ソファで寝息を零す彼の養い子を見やった。
「寺院の始末といい、あの花といい、三蔵の想いの深さが伺えますねえ」
 その、どこかのんびりした口調に悟浄は、ん?と首を傾げた。
「あの花、「きばなコスモス」と呼ばれてるんですけど、桃源郷よりずっと南の地域の花なんです。季節的にもうこの辺りじゃ、ほとんど手に入らないはずですよ」
 悟空が眠る直ぐ脇に、花瓶から溢れそうな程の「きばなコスモス」
「悟空は三蔵の色だと言ってましたが…」
「奴にとっちゃ、悟空の色…ってか」
 そんな事を言いながら、顔を見合わせて笑っていると、悟空の身体が身じろいだ。
「…ん」
「悟空?」
「おー、起きたかぁ猿」
 小さな唸り声を上げて起き上がった悟空は、その大きな金瞳をこすりながら顔を窓へ向けた。
「さんぞ…」
「え?」
「三蔵が来た」
 そう言って、パタパタと玄関へ駆けて行く悟空を、半信半疑で追いかける。
「三蔵ーっ!」
「まだ、走るな」
 何も言えなかった。
 輝く笑顔とそれを見守る、穏やかな紫暗。
「やられた…」
「ですね」 
 小さく呟き肩をすくめて戻っていく。それから、リビングが紅茶の香りに包まれる頃、いつもよりは柔らかい空気を纏った三蔵が、悟空に腕を引っ張られながら入ってきた。

 
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