おはなのおはなし〜秋の章〜


#1 世界一の…

 人の顔色には、敏感だと思っていたんですが…
 まんまと、してやられました。本当に、この人たちってば…

「出発は明後日だ」
 宿の入り口で、たった一言。
 その時の八戒は、彼の言葉に何の疑いも抱く事はなく、言われたままに滞在期間を宿主に告げた。
「八戒、買出し行く?」
「ええ、色いろと」
「じゃ、俺行ってくるよ悟浄と」
 悟空の明るい笑顔。それに癒されるのは、金の人ばかりではない。八戒はにこりと笑い、買い物リストと少しの硬貨を、悟空へ渡した。
 片目を瞑り、人差し指を口唇に当てる事も忘れずに。
「へへ、行ってくるな八戒!」
 そんな悟空に応えて手を振った彼の横を、紫煙を引いて通り過ぎたのは、有髪の最高僧。
「三蔵?」
「出てくる…」
 そのまま人混みに消えていく背中を、少しだけ不思議に思いながら、八戒は部屋へ引き上げた。

 それからどれくらい過ぎただろう。戻ってくる気配の無い仲間に、小さな不安が生まれそうな頃。
――――コンコン
「ジープ?」
 ガラスを叩く音に窓を開ければ、真白の仲間が羽ばたいている。八戒の手に一輪の花を落とすと、「きゅぅ」と鳴いた。
「ジープ、どこへ行くんですか?」
 花に添えられた手紙には見知った文字で、ある場所が示されているだけ。

 そうして――――
 通された一室で、八戒を出迎えたのは、
「八戒、誕生日おめでとう!」
「おめっとさん、八戒」
「飲むぞ」
 八戒はただ、立ち尽くしていた。

 人の顔色には、敏感だと思っていたんですけど…
「本当に、貴方たちは…」
 テーブルの上で誇らしげに咲いているのは一輪のバラ。
「ありがとうございます…皆さん」
 何よりも美しい贈り物でした。



おはなのおはなし〜秋の章〜
八戒おめでとう。から、スタート!




#2 濃紫も薄紫も…

 誰だって、美しい花を見ればそれなりに、気持ちが和むというものだ。
 けれど、それだって…
「限度ってモンがあるだろ」
 庭いっぱいに並んだ鉢植えを眺め、三蔵は心底呆れた様に呟いた。
「何か言いましたか?三蔵」
 それを耳ざとく聞きつけたのは、腐れ縁になりつつある見た目は好青年。人の良い笑みを貼り付けた、隠れ厚顔な人物は、しかし庭先に向けた眼差しを外す事は無かった。
「八戒ぃ〜雑草取りって、こんなモンでいいの?」
「いいですよ。それじゃあ、根っこを避けてお水をたっぷりあげて下さいね」
「分ったぁ〜」
 元気な声と共に、濃い茶の髪が風に揺れる。嬉しそうに水を撒く己の養い子は、土に汚れた顔に笑みを咲かせて、三蔵を振り返った。
「三蔵!もうすぐここの庭、三蔵の色でいっぱいになるぞ。俺、すげー楽しみ!」
 その顔を見たら、何も言えない。
 結果、三蔵の口から零れたのは、盛大なため息。さすがの八戒も、今度は苦く笑ったけれど、
「全部、貴方への想いの表れじゃないですか」
 穏やかに呟いた。

 そんな事は言われなくても解っている。
 悟空の、自分へ対する想いも。
 自分の、悟空へ対する感情も。

 互いに…全てが、愛おしい。

 結局、行き着くところはそこなのだ。
「百花繚乱ってやつでしょうか…紫限定ですけどね」
 八戒の言葉に、三蔵が続いた。
「一番手は桔梗か…」

 吐き出した紫煙が、黄昏色に染まった秋の空に、ゆっくりと昇っていった。



 秋って、紫色の花が多いと思うのですが・・・
 皆さんはどうでしょう?




#3 金を抱(いだ)く人

 夏が終わると、にわかに三蔵の仕事が忙しくなる。
 秋の彼岸を迎える頃には、連日、私室へ戻るのが深夜になって、悟空と顔を合わせる時間が日増しに減っていく。
 悟空も拾われた頃よりは、三蔵の仕事の忙しさを理解するようにはなったが、それでも離れている寂しさは相当なもので、ここ数日、三蔵の頭に響く声には涙と心細さが多分に含まれていた。

 静かな午後のある日、持っていた筆を置いて、三蔵は大きく息を吐いた。
 目の前には相変わらずの書類の山。広い執務机は、その為かと思わせる程に…
 本来なら、休んでいる暇も無いのだが、仕事に集中できない。
 頭に聞こえる涙声に、どうにも心が騒いでいた。
「仕方ねぇ…か」
 誰に聞かせるでもない呟きと共に立ち上がった。

 声の導くまま、あぜ道を進む。暫くして目の前に広がったのは、金色の草原。風にそよぐ薄(すすき)の原は、陽光を浴びて淡く輝いていた。
 その中を迷う事無く歩いていけば、見知った濃い茶の頭。身体を小さく丸めて、養い子は寝息を立てていた。
 太陽はかなり西へ傾いている。朝晩も冷えてきたというのに、少年は夏と同じ服装で転がっていた。
「…ったく、風邪引いてツライのはてめえだろ」
 片眉を吊り上げながらも、その場へ膝を着くとそっと小さな身体を、抱き上げる。
 刹那、ふるりと睫が揺れて、ゆっくりと金の双眸が開いた。
「さん、ぞ…?」
「こんなトコで転がってると、風邪引くぞ」
 言葉と共に悟空の身体が浮き上がった。三蔵の行動に数瞬固まった。
「さ、三蔵!い…っよ、自分で」
 慌てて下りようとする悟空に、一瞥をくれると、
「今は、これで我慢しろ」
「え?」
 不意の発言に、悟空が着いて行けないでいると、前を見据えて三蔵が続けた。
「忙しいのも、数日だ。それまで、辛抱できるな」
 けして、優しい言葉ではないけれど、それは悟空の心を暖かくした。
「はい…」
 頷いて、三蔵の首に腕を回せば、自分を抱く腕に力が篭った。
「あんま、無理しないで、な」
 悟空の囁きに、柔らかい光を湛えた紫暗の瞳が、すっと細くなった。


 まだ、八戒や悟浄と出会う前、一人ぼっちを我慢する健気な小猿。



#4 罪作り

 悟空にとって、三蔵と暮らすこの寺院は、けして居心地が良いとは言えない。けれど、一歩外に出ると少年は、誰からも可愛がられていた。その無邪気な笑顔と、優しい心根ゆえに…

「おっちゃん!」
「おお、悟空じゃないか久しぶりだな、元気だったかい?」
 あぜ道に響く元気な声に、畑仕事の手を休めて、男が日焼けした顔に笑みを浮かべた。
「おっちゃん、これ花なのか?変てこりんな形だけど」
 小さな手が指差す先に、長く蔓を地へ這わせ小さな赤紫の花弁を幾つもつけた植物が、畑一面に茂っていた。
「これはな葛の花だよ。三蔵様に献上する葛粉を取るんだ」
「くずこ?」
 小首を傾げる幼い仕草に、男の目が細くなる。
「取れたら、悟空のところへも持って行ってやるよ」
 大きな手が頭を撫でると、悟空が嬉しそうに笑った。
 それから――――
 
 暫く経ったある日の事、
「三蔵様と二人でお食べ」
 寺院を訪れた男は、そう言って悟空へ包みを渡した。
「三蔵…」
 執務室の扉を静かに開けて、滑り込むように入ってきた悟空を、僅かに動かした視界の端に捉え、けれど三蔵の手は止まらずに、書類の上を滑っていた。
「あのね…三蔵と一緒に食べろって、貰った…」
 その言葉に漸く三蔵の顔が上がり、悟空の持っている盆の中身を見ると、
「葛餅か…誰に貰った」
「えと、三蔵にくずこをけんじょーしたおっちゃん」
 そう言われて、さっき豊穣の供物が献上されたと、僧侶が言いに来たのを思い出した。
「仕事…休憩できない?」
 上目遣いに言われ、三蔵は内心で嘆息すると、
「茶、煎れて来い」
 筆を置いた手をそのまま懐へ忍ばせた。
「うん…はい!」
 嬉しそうにお茶の準備をする悟空の背中を眺め。、

――――俺以外の奴に、懐いてんじゃねえよバカ猿

 吸い込んだ煙が、いつもより苦いと感じた。


 
自分以外に悟空を可愛がる存在が、面白くない最高僧サマ
悟空の笑顔は、ある意味「罪作り」です・・・




#5 淡い月の記憶

「八戒?」
「悟空?どうしたんですか」
「月が明るくて起きた…」
 コシコシと眦を擦りながら、悟空は八戒の隣へ腰を下ろした。
「空気が澄んできたから、月明かりが強いんですね」
 そう言って八戒が見上げた夜空には、半分ほど欠けてしまっている秋の月が、それでも柔らかい輝きを放っていた。
「何か気になる事でもあるんですか?」
 優しい物言いのその言葉に、けれど悟空の身体が強張る。それを解きほぐす様に、八戒の手が少年の背中を叩いた。
「…月見てるとさ、なんかすごく大事な事、忘れてるような気がして…時々、苦しくなる」
 悟空の内に残る昏い何か。それが時々、ぽっかりと口を開けて少年を飲み込もうとする。
「僕も…月を見てると、思い出す人が居ますよ」
 静かに紡がれた言葉に、悟空がはっとして顔を上げた。
「どうしても逢いたくて…反魂草を探した事もありました」
「反魂草?」
 聞きなれない言葉に、悟空が首を傾げる。
「死者を蘇らせる花です……でも、悟空たちに会って、分かったんです」
 悟空はじっと、八戒の言葉に耳を傾けていた。
「花楠は死んでしまったけれど、僕の中には永遠に居るんだって。逢う事は出来なくても、感じる事は出来るんです」
「感じる…」
 悟空の手が胸に伸びる。
「ええ、だから悟空だって、感じる事ができるはずです。悲しい月の思い出ではなく、楽しかった月夜の思い出を」
 悟空はじっと胸に置いた手を見つめていた。そして、その顔が八戒を見上げた時、
「なんかココがあったかくなった気がする」
 そう言って笑った。それを見つめる八戒の瞳も、すっと細くなる。
「じゃ、そろそろ休みましょうか。明日も一日ジープに揺られますからね」
「うん、お休み八戒、ありがとな」
「おやすみなさい」
 立ち上がった悟空は、衣服をパンと一つ叩いて、その人の隣へ身を寄せた。 それが、当たり前であるかのように。
 それを微笑ましく眺めていた八戒が、密かに笑いを噛み殺す。
 無意識に擦り寄った悟空の身体に、そっと回された腕はずっと、自分たちの話を聞いていたに違いない。
 いつだって彼はああやって、ほんの少しの優しさの中に、たくさんの愛情を隠して、少年を見守ってきたのだ。
――――大丈夫ですよ。三蔵には悟空が見えてますから
 心の中で呟いて、八戒もまた目を閉じた。



う゜なんだか、意味不明・・・
反魂草という花は本当にあるのですが、死者が蘇る。と言う話は、余り追求しないでくださいね。。。
花淋の勝手な解釈なので(^^ゞ
 




#6 甘く…苦く…

 悟空の「お散歩行こう」攻撃が、珍しく成功したその日。
 前に後ろに仔犬の様なはしゃぎっぷりの養い子に、目を細めて三蔵は紫煙を吐いた。
「どこまで行く気だ」
 発した声音は、どこまでも穏やかで優しい。
「もうちょっと、ジープん中から見えたんだ」
 笑いながら前方を指し示す悟空に、何が。と聞かないのは、先程から鼻をくすぐる匂いに、その正体が知れているから。
 そして、たどり着いたそこに広がる金の花園。
 むせ返るほどの甘い香りを漂わせ、枝一杯に小さく黄色い花をつけた金木犀。
「すごいね…」
 呟いた悟空が、ほとんど無意識に法衣の袂を掴んだ。
 新しい煙草に火を点け、ゆっくりと肺に吸い込んでから、
「美味そうって言わなくなったな」
 その途端、悟空の頬がぷっと膨れた。
「もう言わないって!」
「どうだかな」
「ひでぇ…そりゃ初めてこの花見た時は、喰ってみたけど…」
 鼻を掻いて笑う悟空の顔に、幼い頃のそれが重なる。
 花をつけた小枝に喰い付いて、しかめ面を晒した小さな子供が、今は三蔵の隣で笑っていた。
 気が付けば、蜂蜜色の瞳が自分を見上げている。
 声には出さずに、何だ。と三蔵が問えば、
「やっぱり俺は、こっちの匂いのが…好き」
 甘えるように胸元へ擦り寄り、悟空は仄苦い香りを吸い込んで、顔を綻ばせた。
 子供のような仕草に、三蔵の口元が上がる。
「なら…絶対に消えねえ様に、その身体に染み込ませてやるよ」
 耳元に囁かれた熱い言葉に、悟空が頬を染め…それから、
「うん…」
 小さく頷き返し、三蔵の胸に顔を埋めた。
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