Gift
敵を交し、野宿を続けてようやく辿り着いた街は、交易の分岐点でもあるために、様々な文化の入り混じった賑やかな色をしていた。
おりしも数日後に迫ったクリスマスに、街も人もなんだかとても楽しげに見える。
が、この四人組だけは、少し様子が違っていた。
話はさかのぼる事、数時間前。
「別院?」
街に逗留する事を最後まで拒んでいた理由。
三蔵は、押し切られた形で入った宿の一室で、眉間の皺を増やしながら口を開いた。
「俺や猿の顔を知ってる奴が、大勢居るんだよ。見つかれば厄介だ」
「なにがどう、厄介なのよ」
そんな悟浄の言葉に、馬鹿の相手などしてられるかと言う様に、鼻を鳴らしてだんまりを決め込むと、「厄介」の意味をいち早く理解した八戒が、三蔵に代わった。 「つまり、三蔵がここに居ることが、そちらにばれると色々あるわけですね」
クリスマスが近いという事は、次に待っているのが、歳の瀬である。新年を迎える準備、新年を祝う行事、そんな所へ仮にも最高僧という肩書きを持つ三蔵が居れば、当然の事ながら「ありがたい(?)説法」をと来るのは、至極当たり前の事で…しかしながら三蔵は、その僧としての「当たり前」を、かなり嫌っていた。
そんな会話の後暫くして、八戒は荷物の整理を終えると、三蔵と悟空の部屋へ顔を出した。
「三蔵、備品の買出しに行ってきますけど、何かありますか」
「煙草」
「分かりました」
三蔵からカードを受け取り、買い物リストをもう一度見直してから、痛いくらいの視線を投げる悟空へ目を向ける。
「え…と」
「荷物もちなら、悟浄を連れて行け。猿は俺と留守番だ」 「えーっ、何で俺まで留守番なんだよ」
の一言に一閃。スパーンと小気味いい音。
「やかましい!」
「いって〜、何だよ!三蔵だけでいいじゃん」
頭を叩かれる事も、留守番も納得がいかない悟空は、諦めることなく八戒に甘えた様な声を出す。
「なあ、はっか〜い。俺も行きたい、いいだろ」
「悟空…今日だけは、我慢してください。そのかわり悟空の好きそうな物をたくさん、買ってきますから」
そんな瞳で見ないでくださいとばかりに、八戒が苦笑をもらす。普段は悟空に甘い八戒も、今回だけは折れるわけにはいかなかった。
「八戒、甘やかすな。つけ上がるだけだ」
「むー、三蔵のバカ!」
その冷ややかな言葉に、遂に悟空は爆発し悪態をついて、部屋を飛び出していく。
「悟空!」
「ほっとけ」
どうせ悟浄のとこだ、とおもしろくなさそうに告げた三蔵を、訝しげに眺めていると、後ろでドアの開く音がして悟浄が顔を出した。
「なあ、猿の奴すげー怒ってたけど、何?」
そう言いながら、部屋へ入ってくるとポケットから煙草を取り出し、火を着けてから空いている椅子に腰掛ける。紫煙を吐きながら、固まっている八戒に声を掛けた。
「どうした?」
問われて、何でも無いですと返事をしたが、なんだか無性に腹が立ってきた。三蔵は知っていたのだ、どんなに駄々をこねても、悟空が自分の言いつけは絶対に守る事を。
外へは出るなと言われれば、それがどれほど理不尽な理由であっても、悟空はここに留まるしかない事を。
『それならそれで、もう少し言いようがあるでしょう』
八戒が怒っているのは、そこなのだ。悟空は聡い子だ、自分がどうあるべきか理解している、だからこそきちんと説明をしてやれば、納得するはずだ。三蔵がそれをしないのは、ただ面倒くさいから。悟空の気持ちを、逆手に取ってのその態度が気に入らない。
そして八戒は何事か考え始めた。それを悟浄は、なんとなく楽しそうに眺めている。彼は気付いているのだ、八戒がよからぬ事を考えているのが、そして必ず自分がそれに一枚かむ事も。
「八戒、買いもん行くんだろ。猿があの調子じゃしょうがねえから、付き合うぞ」
とりあえず粉をかけてみようと、悟浄は自分から荷物もちを買って出た。
「そうですね、お願いします」
その事に八戒が気付いたかどうかは、直ぐに判明するはずだ。
「んで、お前は何を企んでるわけ?」
一通りの買い物済ませ、まあお茶の一杯くらいならと、広場のベンチでコーヒーを二人ですする。悟浄はここぞとばかりに、八戒の企みを聞いてみた。
「人聞きの悪い、僕は何とかしてこのツリーを、悟空に見せてあげたいだけです」
そう言って、目の前にそびえる巨大なクリスマスツリーを見上げた。
「たしかに、これは見る価値があるよな」
つられた悟浄も、視線を上に投げる。戻ってくる時何かを見つけたようで、身体の向きを変えて八戒に声を掛ける。
「なあ、ようはあいつらがあいつらだって、バレなきゃいいんだよな」
「それは、そうですけど」
「んじゃ、あれ着せてみっか」
悟浄の指差した先にある物を見つけ、八戒は目を丸くした後、いかにも人のよさそうな笑顔を浮かべた。
「いいですね、アレ」
「ただいま、戻りました。悟空ここに居たんですね、ちょっといいですか」
帰ってくるなりの八戒の一言。悟空は首をかしげながらも、呼ばれるままに八戒と供に隣の部屋へ消えた。後に残った悟浄のニヤけ顔を胡散臭そうに見て、三蔵が低い声を出した。
「おい、二人で何企んでやがる」
「なーんも…っておい…」
目の前の銃口を、引きつった様に眺め両手を挙げる。気まずい見つめ合いが続く中、八戒が戻ってきた。
「何してるんですか?それより三蔵、これに着替えてください」
にっこりと微笑んで差し出されたその包みを、警戒心を解くことなく一瞥する。どうぞ、と半ば押し付けられる様に渡されたその中身を、三蔵はむっつりと覗き込んだ。
「何だこれは」
「三蔵の服です。それに着替えて、今日は外で夕食にしましょう」
「何…」
八戒の一言に、さすがの三蔵も絶句する。この街に泊まる事すら、本位ではないのによりによって、外で食事をするだと、今度こそ怒りが爆発する寸前、背後でドアが開き、そこから悟空が顔だけを覗かせた。
「なぁ…本当に、これ着なくちゃ…だめ?」
顔を朱に染めて、中に入ろうともしないで、もじもじしている。
「今夜だけですから、そうでもしないと悟空も三蔵も、外に出られないでしょう。今、三蔵も着替えますから」
「うん…」
そう言って、いつまでも入ってこない悟空に、大丈夫ですよと手招きする。すると観念したようにドアが、人一人ぶん通れるだけ開き、悟空の全身が現れる。
「おーっ」
「これは、これは」
耳まで真っ赤に染めた悟空は、淡いローズピンクのエプロンドレスに包まれ、胸元を飾るシフォンのリボンが、恥ずかしげに揺れていた。
三蔵は一瞬も目を離せず、じっと睨みつけるような視線を、悟空に向けていた。そんな彼に、八戒はクスクスと笑って、
「三蔵、悟空に見惚れるのは分かりますが、早く着替えてください」
と、先を急かした。その言葉に、三蔵は渋々着替えを始める。黒でまとめられたそれは、三蔵の金髪がとても映えて、悟空は心臓が早鐘の様になるのを感じていた。
「悟空、あなたはこれもかぶってくださいね。金鈷を隠さないと、いけませんから」
八戒は、手にした帽子を悟空の頭に乗せた。それと同じ色の、マントを羽織り、見た限りでは無垢な少女に仕立て上げられ、普段の元気が鳴りを潜め居心地が悪そうに俯いていた。
「さっ、出かけましょうか」
八戒の楽しそうな声だけが、四人を取り巻いていた。
広場へと続く道は、両側に露店が並び人々で、ごった返していた。その中を進むうち、いつしか悟空は食べ物の匂いにつられ、気が付けば他の三人と完全に逸れてしまっていた。
「参った…どうやって、探そう」
首を傾げる悟空の背後で、よからぬ目が光っている事に、彼は全く気付いていなかった。
「お嬢さん、誰か探してるのかな?」
振り返ると、若い男がにやにやした目で、自分を見ていた。悟空は顔をしかめそのまま通り過ぎようとしたが、一人に腕を掴まれた。
「何す!」
振り上げようとした拳を、慌てて止める。
『いいか絶対に騒ぎだけは起こすなよ』
三蔵の言葉が蘇ってきた。今ここで自分が何か仕出かせば、三蔵が居る事がバレてしまう。悟空は仕方なく、顔が見えないように俯くと、
「人を探してる…」
と、訴えた。
「そりゃ困ったな、俺たちも一緒に探してやるよ」
その、誰が見ても一目瞭然な、下心丸見えの親切面の男たちは、悟空の腕を掴んだまま歩き出した。
「どこ行きやがった、あのバカ猿」
気が付けば、隣にいるはずの悟空が居ない。三蔵は不機嫌を顔に貼り付けたまま、人ごみの中を彷徨った。名を呼んで探せないのが、一番厄介だ。仕方なしに、露店の主に背格好を話して、訪ねて回る。すると、四軒めでそれらしき少女(?)が、数人の男と歩いていくのを見たと言い、教えられたとおりに広場とは反対の方へ歩を進める。
人通りが減り始め、歩きやすくなった頃、道端に転がっていたのは、悟空がかぶっていた帽子。拾い上げた時、聞こえた「声」三蔵はその先を睨みつけ右手に握られた銃からは、小さな音をたててセーフティが外された。
「ここ何処」
「さあな、それより見つからない奴なんかほっといて、俺たちと楽しいことしようぜ」
下卑た笑みを張り付かせ、じりじりと悟空との間を詰めていく。少しづつ後ろへ下がり、悟空は隙を狙っていた。如意棒を出して戦うわけにもいかない、こいつら人間だし…とにかくここから逃げないと。っていっても何気にこいつら、退路を断ってるよな〜一か八か突っ込んで見るか。
「おい、何ぶつぶつ言って…おわっ!逃がすな」
右側の男を蹴り飛ばして、走り出す。一瞬面食らったようだが、直ぐに悟空の前に、別の男が立ち塞がる。飛び掛ろうとした途端に、左の側頭部に衝撃が走った。
「な…さん…ぞ」
よろめきながらも足を止めずに、霞む視界の中懸命に前に進む。背後に男の手が伸びて、悟空のマントを捕まえようとした時、
ガウン ————
鼻を掠める硝煙の匂い、煙草の匂い、その人の香り ————
「三蔵…」
抱き留められて、朦朧とする意識の中、ほぅと息を吐く。
「バカ猿、一人でうろちょろするな」
「へへ、悪りぃ…」
「何だ、てめえはっ!そいつは俺たちが目ぇ付けたんだ、痛い目見たくなきゃ、とっとと消えな!」
仲間が肩を打ちぬかれ、もんどりうって転げ回っているのを横目に、ナイフをちらつかせながら、男が三蔵ににじり寄る。
「煩せえ…こいつは元々、俺のモンだ」
それからは、あっという間だった。三蔵は決して相手を殺すことはしなかったが、容赦なく弾丸を撃ち込み一発の無駄弾も使わず、ものの数分で全てを片付けた。片腕に悟空を抱きながら。
「おーおー、張り切ってますな〜」
「僕らの出る幕、ありませんね」
木陰から聞こえる、のんきな会話は三蔵の直ぐ後に追いついた、悟浄と八戒。が結局、何もしないで高みの見物を、決め込んだ。
「いーんでねえの、小猿ちゃんのためならってやつっしょ」
「ですね〜」
「…さんぞ…?」
目を覚ました悟空は、芝生の上で横になっていた。紫煙を吐いていた三蔵の、綺麗な瞳が悟空を見下ろす。
「痛むか?」
そう言って、髪の間に手を入れ、そっと撫でた。心地よいその感触に、悟空の目が細められ、
「大丈夫…」
にっこりと、微笑んだ。
ゆっくりと起き上がり内心、怒られるかなとドキドキしながら、三蔵の肩に凭れてみた。
三蔵は何も言わず、煙草をくゆらせている。
「三蔵…」
返事が無いのはいつもの事、けれど三蔵はちゃんと、耳を傾けている。悟空はそのまま話し続けた。
「三蔵に、メリークリスマス。って言うのおかしいかな」
「まだ、クリスマスじゃねえぞ」
「そうだけどさ…」
身体をずらして三蔵を見上げると、紫暗の瞳とぶつかった。
「言うのは、てめえの勝手だ」
それだけ告げると、視線を先へ戻し短くなった煙草を、地面に押し付ける。悟空は笑って、
「さんきゅ、三蔵…ちょっと早いけど、メリークリスマス」
三蔵を見つめたまま、呟いた。
「言葉だけか」
「え…あ、えっと…」
何を言われたのか分かってしまった悟空は、顔を真っ赤にして俯いてしまう。そんな仕草に、三蔵は口の端を上げ、悪戯っぽく「悟空」と耳元で囁いた。
その声に、悟空の背筋をぞくぞくと、何かが駆け上がる。力の抜けてしまった身体をやっとで動かし、伸びをするように三蔵の口唇へ、自分のそれを近づける。
恥ずかしくて、三蔵の顔なんか見られない。ぎゅと目を瞑り、羽のような口付けを捧げた。
「散々でしたね、悟空」
空になった大量の皿を前に、嬉しそうにデザートを頬張る悟空を微笑ましげに見つめ、八戒はコーヒーを口へ運んだ。あれから、四人合流しめでたく夕食にありつけた悟空は、身に起こった災難を忘れるかのように、テーブルいっぱいに並んだ料理を腹へ詰め込んだ。
「まったくだぜ、悟浄の所為だかんな」
「ちょっと待て、俺一人の所為か?」
確かに変装させようと言い出したのは俺だが、お前の服を選んだのは八戒だ。という言葉を悟浄は、あわてて呑み込んだ。自分のアンテナが不穏な空気を、敏感に感じ取ったからだ。右隣から来る、刺すような視線。
悟浄は甚だ不本意ではあるが、
「へーへー、俺が悪うーございました」
と、全てを背負い込んだ。
「ところでこのまま行くと、せっかくのクリスマスは野宿ですが、何か揃えておきますか?悟空は何かあります、欲しいもの」
酒、煙草。と、なんとも色気のない返事の後、悟空がうーんと考えてから出した答えは、三人が思いもよらないものだった。
「俺は…いいや。も、貰ったから」
えっ。
何を。
首を傾げる二人に、へへと笑う悟空の顔がとても幸せそうで、結局彼らはそれ以上は聞けず、煙草を咥えながら新聞を広げ、我関せずを貫く保護者をちらりと盗み見て、どちらともなく曖昧な笑みを浮かべた。
今までで、一番サイアクなクリスマス。
『俺の、ものだ』
でも、一番のプレゼントをもらった、最高のクリスマス。
HAPPY MERRY CHRISTMAS
「さっきは、すみませんでした悟浄」
「ほーんと、助けてくれないんだもんな〜俺、拗ねちゃうよ」
部屋へ戻るなり、八戒が口にした謝罪に、悟浄は少しだけ甘えてみる。
八戒は柔らかく笑うと、悟浄の前に歩み寄った。
「これは、お詫びと少し早い、クリスマスプレゼントです」
ふわりと悟浄の口唇を掠める。きょとんとした悟浄は、次の瞬間八戒の腰を引き寄せ、
「俺も、お返し…しないとな」
甘く囁いた。
あとがき
あは、クリスマスです。誰が何と言おうとクリスマスは楽しい!好きな人と居られればもっと、楽しい…が、ここ数年そういうトキメキないっすTTま、そりゃいいんだけどさ。
でも、悟空のエプロンドレスって、似合うかしら?チビん時はいいかもな〜
今までの作品全てにおいて、悟浄の扱いが可哀そうだったので、最後にご褒美をあげました。
さて、八戒と悟浄が買い物に出ている時の、三蔵と悟空がどうしても気になるという方は、こちゃらを覗いてはどうでしょう… |
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