コトバの呪文


 いつもなら、真っ先に飼い主様の元へ戻ってくる小猿ちゃんが、何時まで経っても現れない。
 とは言っても奴が率先して探す訳もなく、必然的に俺と八戒に回収の役が廻る。
「ったくよぉ、一番心配してるクセに、動かねえんだよなぁ」
「いつもの事じゃないですか」
 そこかしこに戦闘の名残を見つけ、周囲に気を配りながら猿を探す。そして見つけたのは、木の根元に座り込んだヨレヨレの仲間。
「悟空!」
「おい、大丈夫か」
 駆け寄って、八戒は直ぐに悟空の顔を覗き込む。
「あー八戒、悟浄。助かったぁ、動けなくてさ、どうしようかと思ってたんだ」
 こっちの心配をよそに、悟空はいつもの能天気な笑顔を振りまいた。
「動けないって、足ですか?」
「うん…捻ったみたい」
 何時やったかは覚えてないらしい(やっぱり猿だ)気がついたら、動けなくなっていたと、悟空はばつが悪そうに鼻の頭を掻いた。
「ちょっと、見せてくださいね。ああ、酷いですね…骨折はしていないようですが。痛みますか」
 八戒が悟空の足に触れた途端。
「あ…づ痛ぅ」
 声にならない叫びを上げた。

「だいたいよー、お前はどうして、そう後先考えずに、突っ込んでくかねぇ」
「しょうがねえじゃん、向こうがいっぺんに来んだもん」
 自力で立つことすら出来ない悟空を連れて、このまま進むのは危険だと言う八戒の押しに負けるように、俺たちは出発した街へ逆戻り。
 当たり前に、我らが大将の機嫌は最凶最悪。口を聞くどころか眼も合わせやしねえ。
 もっともそれが奴の建前だと言う事は、俺も八戒も承知している。それを証拠に、当事者の猿にはハリセンを一発見舞っただけで後は無関心(のフリだ)、戻ると言った八戒にも文句一つ言いやしねえ。
 坊主のクセに目の前で人が死のうが、眉一つ動かさねえ最高僧サマが、拾った小猿だけは、眼に入れても痛くねえほど可愛がる。
 ま、ゼッテー認めねえけどな。
 無関心を装うのは、心配の裏返しだが、問題はそれを当の悟空が全然解ってないことだ。
 今も、ベッドの上の悟空はまるで捨てられた小猿…じゃねえ仔犬か。
 耳も尻尾もうなだれて、なんてか、そこまで落ち込まれると、ついお節介をしたくなるんだよなぁ。
「三蔵サマよぉ、一言ぐらい声掛けてやれよ。猿だって好きでドジ踏んだ訳じゃねえだろ」
 その途端、視界の端に居た悟空の身体がビクンと揺れた。それから秒針が一周、やっと口を開いた三蔵は、
「呆れてモノも言えねえな…」
 その表情を一つも変える事無く、部屋を出て行った。
 あ〜あ、言っちまった。
 どうして、アイツはああいうモノの言い方しか出来ないかねぇ。
 お陰で猿はすっかり落ち込みモードだ。
「悟空、三蔵は怒ってるんじゃんくて、心配してるだけですよ」
「そうだぜ、三蔵サマは不器用だからよ」
 フォローはいつも俺たちだ。が、悟空はすっかりうな垂れて、
「俺…さんぞ、に…迷惑…ばっか、り」
 必死に涙を堪える猿が、ちょっとばっかし哀れ。ここは一つ、専属の保父さんに、がんばってもらおう。
「そんな事ないですよ。いつも敵が現れれば、悟空が真っ先に動いてくれるし、一番がんばってくれるじゃないですか」
 落ち込む悟空の肩を叩き、八戒は笑顔のまま、
「今回は、ちょっとがんばり過ぎただけですよ。少しお休みしなさいって事です」
 八戒の奴、いい事言うねぇ。もう一押しだ。
「そういう事だ猿。怪我してりゃ、三蔵サマの相手しないで、ゆっくり休め…いぎぃっ」
 何で抓られるの俺?ホントの事だろ…
「さ、悟空横になりましょう。少し熱っぽいですよ」
「う?うん…」
 猿の奴は、分かったような分からねえような顔して、根が単純なだけにまんまと八戒に乗せられたようだ。
「今夜はゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい、悟空」
「じゃな、小猿ちゃん」
「う、ん…おやすみ八戒、悟浄」
 奴が横になったのを確かめて、明かりを落とすと、俺と八戒は部屋を出た。
 悟空の怪我を気遣って、今日の部屋は個室。二部屋づつ廊下を挟んで向かいあって、三蔵の奴は隣で何をしてるのやら。
「素直じゃないですよね」
「ま、な…アイツが素直なのも、それはそれでコワいけどよ」
 そんな事を言いながら、俺たちはそれぞれの部屋の扉を開く。
 
 その後、悟空の部屋で起こった事など、これぽっちも気付かずに。
 分かってりゃ、一睡もしないで猿の部屋を、張ってたんだけどな…


□  □


 熱い…
 身体の内側から、ぐずぐずと融けてしまうような、身動きの出来ない息苦しさに、悟空は首を左右に振り布団を掻いていた。
「熱い…痛い、よぉ…」
 うわ言のように繰り返し、額には玉の汗が浮かぶ。
 その時、軋んだ音を立てて扉が開いた事に、悟空は気付かない。影のように誰かが枕元に立って、そしてゆっくりと大きな手が悟空の額の汗を拭った。
「ふぁ……さ、んぞ?」
 光源を絞った室内で、鈍く光る金糸。闇色の瞳が、悟空を見下ろしていた。
「…痛いのか」
「ぅ…あ?」
 何を問われたのか、解らなかった。
「足…痛むのか?」
 僅かに屈んで、額に置いた手はそのままで、三蔵が金瞳を覗き込む。
「あ…へ、へい、き…だい、丈夫」
 悟空の口を吐いた言葉に、片眉を吊り上げた三蔵は、けれど何事もなかった様に立ち上がった。
「そうか…なら、さっさと寝ろ。明日は何があっても、出発するぞ」
 いつもと変わらない口調に、悟空の瞳が一瞬見開かれ、それから力なく伏せられた。
「う、ん…ごめん、三蔵…おやすみ」
「ああ…」
 踵を返して遠ざかる足音に、悟空はぎゅっと眼を閉じて、漏れそうになる嗚咽を歯を食いしばって堪えていた。
「…っ…ぇ…ふ、ぇ……ん、ぞぉ」
 期待した。ほんの少しだけ。もしかしたら、と…だから、余計に一人になる事が辛い。
 痛いのは足ではなく、ココロ…
「バカ猿…いつまで意地張るつもりだ」
 呆れを含んだその声は、悟空の直ぐ近くで聞こえた。
 濡れた瞼を開いた先に、少しだけ困ったような三蔵の顔。
 彼の体重を受け止めたベッドが軋んだ音を立て、その手がまた悟空の頬を撫でる。
「さん…ぞ」
 じわりと浮かんだ涙が、一筋の流れを生んだ。
「ヤセ我慢も大概にしろ」
「だっ、て…」
 閉じた金瞳から新しい銀糸。
 三蔵はそれを拭いながら、
「確かに弱い奴は要らないと言ったが、痛みには慣れるな」
 強くない口調ではあるけれど、それは真摯な響きを持っていた。
「痛みに慣れると、自分の限界を見違える。それが元で、取り返しのつかない事にでもなったら」
 三蔵は一度、言葉を区切って悟空の頬を撫でた。
「その時は…お前を置いて行かなければ…ならない」
 告げた三蔵の顔が微かに歪む。その途端、悟空が喉を鳴らした。
「やだ…いや、だ…置いて行かない、で…一人は…やだぁ…さんぞ…さんぞぉ、置いて、っちゃ…やぁ」
 悟空の涙は、三蔵の胸まで抉るようで、縋りついて泣きじゃくる小さな身体を、優しく抱きしめて背を撫でた。
「だから…そうならねえ様に、戦い方に気をつけろと言うんだ」
 こくこくと頷くが涙は止まらない。予想は付いていても、やはり悟空の泣き顔は見たく無い。
「お前は時々、自分の命すら厭わない戦い方をする時がある。強くなるという事は、がむしゃらに敵を倒す事じゃない。何があっても、生き抜く事だ」
 言ってる事が解るな。と問えば、嗚咽に混じって返事が返る。
「うん…ごめん、な…さい」
「もう泣くな、興奮すると熱が上がる」
 あやすように背中を叩き、そっと身を横たわらせる。
「さんぞ…」
「心配するな、ここに居てやる」
 上掛けを胸まで上げると、心音を刻むように、その胸元で手を動かす。
 ゆっくりと悟空に中に安堵が広がる。同時に痛みに追いやられていた、微睡みが忍び寄ってきた。
「さんぞぉ…」
 それに抗うように、悟空が三蔵を呼ぶと、その紫暗が優しい色を湛える。
「俺、一人でも大丈夫だから、三蔵もちゃんと休んで」
 それには三蔵も少しだけ、眼を見張る。
「俺、も平気。三蔵から、パワーいっぱい貰ったから…だから、明日…ちゃんとおはようって、言える」
 金瞳がほわんと微笑みを浮かべる。つられるように、三蔵の口角が上がった。
「お前が眠ったら、部屋へ戻る…ほら、眼を閉じろ」
「ん…おやすみ、三蔵」
 その言葉を最後に、悟空の呼吸が静かになり、いくらもしない内に、安らかな寝息が聞こえ始めた。
 三蔵は暫く悟空の寝顔を眺めていたが、ふっと口元を緩めまろい頬に口付けを落とすと、部屋を後にした。


 いつになく爽快な目覚め。
 あーなんだ、人肌が無いのは寂しいが、個室はやっぱり落ち着く。
 顔を洗って着替えて、よし!今日も俺様、イイオトコ。
「はよ、八戒。どした、変な顔して」
 部屋を出たところで、悟空の部屋から出てきた八戒と出くわした。その顔が、いつに無く困惑している。
「ああ、おはようございます悟浄。いえ、悟空の様子を見に行ったんですが、部屋に居ないものですから」
「部屋に居ないって、アイツ動けねえだろ」
 痛みに歪んだ悟空の顔が蘇った。声にこそしなかったが、あれは相当な痛みだったはずだ。
「とにかく三蔵起こして」
 向きを変えた俺の背中に、八戒の一声。
「三蔵も居ないんです」
「あ?」
 振り返った俺の前、八戒は肩をすくめていた。
「とりあえず、下、降りませんか?」
「あ、ああ…そだな」
 猿だけなら気になるところだが、飼い主まで居ねえなら、どうせ一緒だ。
 その確信は間違いではない。間違いじゃねえけど、ちょっとコレは予想外だった。


「なんだ、ありゃ…」
「さあ…なんでしょう」
 食堂の入り口、俺と八戒は唖然と立ち尽くした。
 奥のテーブルを陣取って、皿を抱える猿と煙草を咥える飼い主。
 時々手を休めて話しかける悟空に、面倒くさそうに答える三蔵の、だが俺の目は誤魔化せねえ、無関心を装った奴のその口元は微かに上がっている。
 一言二言言いながら、悟空の口端に付いた飯粒を摘んで…あ、喰っちまったよ、オイ。
「何だあの、ラブラブモードは」
「知りませんよ」
 俺たちはほとんど無意識に、後ずさった。が、
「あ、八戒〜ぃ!悟浄〜ぉ、おはよ!」
 猿に見つかった。
「おはようございます。悟空、足はどうですか?」
 観念した俺たちがテーブルにつく。
「うん、まだちょっと痛いけど、歩くのはヘーキ。ごめんな朝飯、先に喰って。夕べ喰ってないから、もー腹へって腹へって」
 ホントにな、怪我人に見えねえくらいの、喰いっぷりだよ。
「はー、喰ったぁ〜ごちそーさまでした!」
 呆れ返る俺と八戒を尻目に、豪快な食事を終えた悟空は、最後のお茶まで綺麗に飲み干した。
 その横で、無言のまま立ち上がった三蔵は、新聞を脇へ抱えたまま歩き出す。
「あ、待ってよ三蔵!っ、わわっ」
 自分の怪我をすっかり忘れた悟空が、慌てた途端にバランスを崩すと、
「何やってんだバカ猿、気をつけろ」
「へへ、ありがと三蔵」
 よろけた身体を支え、そして何事もなかったように奴は、悟空の腰に腕を回して食堂から消えた。

「八戒…」
「何も言わなくていいですよ、悟浄」
 だよな…
 てか、夕べの俺たち、バカみてえじゃん。
「牛魔王殺る前に、俺ら過労死すんじゃね」
 そう呟いた俺に、八戒は、
「このまま…逃げちゃいます?」
 ポツリと漏らしたその一言に、俺はNOともYESとも答えられずに、ただ煙草を咥えた。



copyright(c)karing_Reincarnation 2006





日記小話第8弾(え?そんなに)
初の悟浄視点。これが意外と面白かった(笑)第三者の冷めた目線から見たバカップル…身もふたも無い(汗)
書くきっかけは日記にも書いたとおり、自分の実体験から。捻挫はクセになります、気をつけましょう(いらん)
でも、楽しかったから今度は八戒さんの視点で、書いてみたいvv
2006/4/8 花淋拝

隠しリンクがあったりして…