92) 誘(いざな)う 

 まあるい銀月が中天を過ぎた頃、重さを感じさせない体躯が微かな衣擦れの音とともに、するりと寝台を後にした。
 リビングに出ると、人の何倍もの聴覚を持つ二匹の息子犬が、彼を出迎える。
「しぃ、静かにな」 人差し指を口元に当てる。
 それから、庭へと続く掃き出し窓をするすると開いて、外へ出た。

 淡い月あかりに照らされた庭に、大きく枝を広げた桜の古木。
 たくさんの花をつけ、今年も三蔵と悟空の目を楽しませてくれる。 見上げれば、風に乗って花片がひとひらふたひら、悟空の身へ降ってくる。
 月光のもとで、その様は輝くようだ。

―――綺麗だな……

 大きく息を吸い込めば、仄かな桜の香り、草の匂い、空気の匂い。
 体の隅々に、生命の力が流れ込んでくるようだ。
 西への旅が終わってから伸ばし始めた髪は、腰にまで届く長さになった。 それは三蔵と共に過ごした時間でもある。
 ここで ―この広い世界の片隅で― 二人で生きていくと、小さく誓い合った。 
 貰った指輪は、今でも悟空の左手の薬指に嵌っている。 幸せな笑みが浮かんだ。
「さんぞう……」 吐息だけで、愛する人を呼んだ。
 大樹を見上げ、そっと瞳を閉じる。 細い体に二本の腕が絡みついた。
「夜中に俺を起こすとは、いい度胸だな」
 その口調は至極穏やかで、楽しんでいる響きすら感じられる。 だから悟空も、ふふと嬉しそうに笑った。
「ごめんな起こして」
「悪いなんて、これっぽちも思ってねえだろ」
 お互いに顔も見ないで言葉を綴る。
「なあ、今夜は満月だからさ、桜が光ってるみたいだよな」
 三蔵もそう思うだろ。 と、体の向きを変え彼を見つめる。
「三蔵の髪も、すごく綺麗だ」
 月光を浴びた金糸が風になびく。 悟空はそっとその髪に手を伸ばした。
「三蔵……今年も一緒に桜を見てくれて、ありがとう。 嬉しいよ」
 今夜、誕生日を迎えたのは悟空の方だ。 言祝ぎを受けるのは、三蔵ではないはずなのに。
 三蔵は苦く笑って、「ほかに、望みはねえのか」
 菫色の瞳を細めて、悟空を抱き上げた。 自然に腕が三蔵の首へ回る。
「……あのね」 恥ずかしそうに、耳元へ唇を寄せる悟空が、

―――俺を……三蔵で一杯にして
     心も……体も―――

 甘く強請った。


◇ ◆ ◇


「ん……さん、ぞ」
 切ない吐息と甘える声が寝室に響く。
「悟空……」
 望むまま与えて、歓喜に震える体を掻き抱いた。
 熱にうるんだ琥珀の瞳は、尚清らかさを失わずに、至福に笑んだその唇へ三蔵は幾度も口付けを落とした。
「三蔵、大好き……愛してる」
 心も体も一つになって、夜に溶け合う。

 桜は―――静かにその花片を、風に踊らせていた。

 Happy Birthday to GOKU


おわっとけ


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2016悟空ハピバ
この頃、更新さっぱりで申し訳ないです。
花淋

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