お礼閑話【涼風】


 草原を渡る風が、頬に心地良い。西へ西への旅の空、とっぷりと陽が暮れて今日中に町へ入ることを諦めた四人組は、おのおの毛布を被って一度は目を閉じた。
 が、一名を除いて睡魔が早々に訪れる訳もなく、悟空が完全に寝入った事を確かめると、運転席の八戒は地図を広げた。
 悟空を起こさないように、小一時間ほど話し合ってこの先の大まかな計画を立てた。
 話に一応の区切りが付いた所で、三蔵は懐からいつもの愛煙を取り出して咥えたが、それは火を点けられる事無く箱へ戻された。
「吸わないんですか?」
 一連の動きを追っていた八戒の問い掛けに、寝る。とだけ答えて三蔵は毛布を身体に巻きつけた。
 その時、風がふわりと彼の金糸を揺らした。

『何度も言ってるでしょう。煙草を吸う時は換気してください、煙は悟空の身体にだって良くないんです』

 あれはいつの事だっただろう。
 今、風は三蔵の座る方から、悟空の眠る後ろへと吹いている。
 煙草を吸えば、その煙は全て悟空の方へと流れてしまう。
 自分の小言が思わぬところで、その効力を発揮している事に、八戒はくすりと忍び笑いを漏らした。
「何だ…」
 三蔵の照れ隠しのような声音に、おやすみなさい。と返して目を閉じた。

 思いがけず触れた、最高僧様の不器用な優しさは、八戒の心も温かく包み込んだ。



お礼閑話【宝物】


 それは本当に何気ない、すぐに忘れてしまうはずの会話だった。
「三蔵、何か落ちましたよ」
 拾い上げた八戒も、受け取った三蔵も、普段と変わりなく。あえて言うなら、その小さな袋を見た三蔵の眼差しが、ほんの一瞬だけ柔らかいものになったくらいの、いつものありふれた日常。

「何を見てるんですか?悟空」
 四人で過ごす旅の夜。ベッドにひっくり返って、何かを明かりにかざす悟空に、八戒が声を掛けた。
「これ?俺の宝物だよ」
 そう言って、手のひらに乗せられたそれを見て、八戒の目が優しく細められた。
 小さなビー玉は、大好きな人の瞳の色。悟空の大切な宝物。
 綺麗ですね、答えた八戒に、
「本当はさ、もう一個あったんだけど、失くしちゃったんだ」
 悟空は少しだけ伏し目がちになって、笑った。
 その途端、八戒は数日前のある人物を、唐突に思い出した。
「ねえ悟空、それ何色だったんですか」
「え?金色だよ、何で」
 答えを聞いた深緑の瞳が悪戯っぽく光ったのを、悟空は不思議そうに眺めていた。
「きっと、拾った人は大切にしてますよ、金色のビー玉」
 その言葉に、悟空はますます首を捻り、そんな少年を横目に、部屋の隅で傍観者を決め込んでいる、有髪の最高僧の新聞に隠れた顔を思い、八戒はくすりと笑みを零した。

 悟空にとって金色は、大好きな人の髪の色。
 けれど、彼にとって金色は、大切な人の瞳の色。



お礼閑話【TearDrop】


 泣くというのは、案外体力を使う…らしい。
 山深い岩牢から拾ってきた猿は、呆れる程よく泣く生き物だった。
 それは旅に出てからも変わらない。理由は様々だが、恐らく俺が原因で泣いたというのが、一番多いはずだ。
 悟空の涙は人の為に流す、涙だった。
 だが、そんな悟空でも自分の涙は、決して他人には見せようとはしなかった。
 そんな態度に何故、自分が苛立ったのか…抱いていた想いを自覚するのに、たいした時間は掛からなかった。だからって訳じゃない――

「何だ、また泣いてるのか」
 部屋へ戻ると、悟空はベッドで膝を抱えていた。俺の言葉に泣いてない、と反論したものの睨み付けるデカい瞳は、薄い水の膜で覆われていた。
「泣けよ」
「だから、泣いてねーって!」
 何処までも意地を張ろうとする悟空の頭を、むりやり胸元へ押し付けて、
「これなら、見えねーよ」
 言ってやれば、ひくりと身体が震え、その腕が縋るように法衣を握り締めた。
「バカ猿、我慢なんかしてんじゃねーよ」
 コクコクと頷く子供の様な仕草に、抱きしめる腕が強くなる。あやす様に背中を叩いていると、悟空の身体から力が抜けていくのが分かった。
 泣き明かして、泣き疲れて眠る。それはいつも、俺の腕の中だった。
 細い身体を抱き上げベッドへ寝かせると、睫に残る涙の雫を拭った。
「泣くのは、俺の前だけにしろ」
 囁いて頬を撫でれば、悟空の口元にふわりと笑みが浮かんだ。

 泣いて眠って次の朝。
 飛びっきりの笑顔が、一番に俺を見つめる。



お礼閑話【奇妙な夜の物語】


 悟空という人物は、一度頭を枕に乗せると余程の事(敵の襲撃とか、三蔵の夜這い…ガウン!ひぃ)が無い限り、夜中に目を覚ます事など、皆無に等しかった。
 それが今、彼は三蔵の寝顔を見ている。
 珍しく個室が取れたその夜、ふと目を覚ました悟空は、部屋に自分以外の気配がない事に、ひどく心がざわついてベッドを抜け出した。
 三蔵の顔を見た途端、安堵が全身に広がるが、一人ぼっちの部屋へ戻りたくなくて、その場から動けないでいた。
「悟空…か」
 不意に声を掛けられて、身体を堅くして何も答えないでいると、自然な動作で腕を引かれ、悟空は三蔵の胸に納まった。
「どうした?怖い夢でも見たか」
 普段からは想像も付かないほどの柔らかい物言いに、三蔵、絶対寝惚けてる。そんな確信が悟空の頭を過ぎったが、この温もりを手放す事など出来るわけもなく、頬を寄せれば抱きしめてくれる腕が、強くなった。
「俺が居る。怖いモンなんかねーよ」
 そんな優しい囁きに、悟空は再び眠りの淵を、降りていった。

 翌朝の目覚めは、渾身の一撃。
「いい歳こいて、人のベッドにもぐり込んでんじゃねえ!」
「なんだよ、それは三蔵が…」
「あ゙あ゙?俺が何だ」
 ハリセンを握る彼の手に、力がこもったのが分かると、悟空はもういいと言って着替えるために部屋を出た。あのまま言葉を並べても、次の一撃は免れない事を過去の経験から理解している。
 そして、三蔵は悟空の出て行ったドアを見ながら、その口角を僅かに上げた。

 昨夜の三蔵の言動が、寝惚けていた為なのか、抜群の演技力なのか、悟空が事実を知る事は終ぞ無かった。



お礼閑話【気まぐれ】


  三蔵は時々、気まぐれを起こす。
 八戒曰く、それは三蔵の充電で、悟浄に言わせればそんなモンは、しょっちゅうなんだそうだ。
 だけど、二人が何て言おうと、三蔵の気まぐれは俺にとって、大歓迎の出来事なんだ。
 で、正に今がその状態。俺は三蔵の膝の上、胸に背中を預けて座っていた。
 いつもはハリセンと銃を握るその手が、今日はしっかりと俺の腰に回されて、その甘い束縛がたまらなく嬉しかった。
 煙草も新聞も無い、今は俺だけ。
 こういう時の三蔵は、いつもより優しい。好きなだけを俺を甘やかしてくれる、だから充電してるのは、俺も一緒。
「三蔵…俺は三蔵のモノだよ」
 だからついこんな言葉が口をついた。
 三蔵は、そうか。って言って、まわした腕に力が入った。
 いつもこうだといいのになぁ。なんて考えていたら、首筋に熱い感触のあと、ちくりと小さな痛み。
「付いた」
 笑みを含んだその声に、痕付けんなよ、隠すの大変なんだぞ。って、抗議すると、
「俺のモンなんだろ」
 なんて言われて、俺は返す言葉が無かった。三蔵はくっと喉の奥で笑って、そのまま口唇が耳元を擽った。
「悟空…」
「ん…な、に」
 低い囁きに肌があわ立っていく。
「旅が終わったら、髪伸ばせ」
「三蔵?」
 振り返えると、深い紫暗に見つめられて、俺は動けなくなった。三蔵は同じ事をもう一度囁いた。
「あ…なん、で」
 やっとの思いで、それだけを聞き返すと、にやりと笑って、
「全部…俺のモンだからな」
 その言葉が嬉しくて、抱きつく俺を三蔵はゆっくりと押し倒した。
 ちょっと、アダルちい?