お礼閑話【手〜三蔵〜】

 眠っている悟空の小さな、出逢った頃よりはいくらか成長したその手。
 呼ばれて導かれて、見つけた。俺の手を取った、悟空の手。
 前を行く俺を、必死に追いかけ、法衣の裾を俺自身の手を握る、悟空の手。
 いつの頃からか、その手は俺以外ののモノをつかみ、俺以外のモノを求めて、確実に自分の世界を拡げている。
 それを許せない俺が居る…
「涌いてんな…大概」
 悟空の意志も行動も、それを決定するのは悟空自身。
 「個」に対しての不可侵は、全てにおいての真理。
 たとえ、俺から離れて一人で歩き出したいと言っても、俺にそれを止める権利は無い。
 それでも…
「さんぞ…どうしたの」
 腕に抱いた悟空は温かくて、気遣うように伸ばされた指は柔らかくて…
 俺は、それを知ってしまったから。
「さんぞぉ?」
「どこへも行くな…離れるんじゃ、ねぇ」
 それは確かな声となって、空気を震わせた。悟空は驚いたように金瞳を瞬かせたが、
「行かないよ、どこへも…三蔵こそ、俺を離さないでよ」
 そう言って、笑った。
 上昇(あが)る熱を追いかけて、何度も口唇を重ねあって、離さないように離れないように…
「悟空」
「三蔵」
 掌を合わせ、指を絡め、そして共に堕ちる事を、選んだ。



お礼閑話【手〜悟浄〜】

 なんてか、あれは気まぐれだった。
 雨の夜の現実離れした出会い。
 血まみれのアイツを見下ろした俺。
 八戒の手は見えるもの、見えないもの、様々なモノを創り出す。
 それは確実に俺の中に在って、そして、とても温かい。
「悟浄?」
 身長こそ、俺と大して変わらないけど、八戒はその身のうちに苦いモノも含めて、たくさんのモノを持っている。
 それが羨ましいと思う時もあるけど、もう少し俺を頼ってくれてもいいじゃねぇかと思う時も多々ある。コイツは気付いてないみたいだけど。
「どうしたんですか?悟浄」
「んー…たまには猿じゃなくて、俺をかまって欲しいなぁと思ってさ」
 手を取って、口付ける。男の割りに白くて綺麗な、この手が好きだ。
「甘えんぼですね」
「そ、お前にしか甘えられねーもん」
 そう言えば、奴はくすくす笑って、俺がしたように手を取ってキスを返す。
「貴方の手…大好きですよ」
「そりゃ初耳だ」
 言ってはみたものの、悪戯っぽく笑う、深緑の瞳に溺れる。
 向かい合って、鼻を突き合わせて、俺の手が八戒の腰を抱く。
 奴の手が、俺の頭を抱き寄せる。
 伝わる想いは、熱く熱く…溶け合って。
 キスの度に上昇(あが)る熱を追いかけて、絡めあった手は、けして離さなかった。



お礼閑話

 初めて会った時から、綺麗だと思いました。
 くるくるとよく動く大きな金の瞳も、お一人だけに向けられる輝く笑顔も。
 そして――――何より美しいと感じたのは、その心根でした。

「三蔵ーっ!おかえりなさい」
 それは衝撃的な光景でございましたが、改めて思い返せば、三蔵様の牽制であったようにも思います。
 お歳のわりに、気難しさは天下一品。他者との接触を極端にお嫌いになる方が、飛び付いてきた御子を自ら抱き上げ、頬をお寄せになったのですから。
「大人しくしてたか」
「うん」
 驚きと、そしてお二人から漂う穏やかで慈しみに溢れる雰囲気に、私はただただ目を奪われるばかりでございました。

「三蔵、誰?」
 御子の瞳が私に向けられ、慌てて頭(こうべ)を垂れながら、
「愁由と申します。この度、縁あって三蔵様に御仕えさせていただく事となりました」
 言い終えて顔を上げると、そこには不安に揺れる御子の瞳がありました。
「三蔵を取っちゃうの?俺、捨てられるの?」
「あの…」
「んな訳ねえだろ。愁由は俺の執務の手伝いをするだけだ」
「ホント…」
「ああ。ほら、挨拶しろ」
 三蔵様の言葉に、御子はほっと胸を撫で下ろした様子でした。
「こんにちは、悟空です」
 小さく笑った顔と、やはりその金瞳の美しさには、目を惹かれました。
「よろしくお願い申し上げます。時々は、御子のお話し相手をさせていただいても、よろしいでしょうか?」
 それは偽りの無い気持ちでした。そんな私を御子はとても不思議そうに見るのです。その理由(わけ)を私が知るのは、この後の事でした。



お礼閑話

「こんにちは、悟空です」
 小さく笑った顔と、やはりその金瞳の美しさには、目を惹かれました。
「よろしくお願い申し上げます。時々は、御子のお話し相手をさせていただいても、よろしいでしょうか?」
 それは偽りの無い気持ちでした。そんな私を御子はとても不思議そうに見るのです。その理由(わけ)を私が知るのは、この後の事でした。
「あの…俺の目、気持ち悪くないの?」
「いいえ。三蔵様の御髪(おぐし)と同じように、その瞳はとても美しいと思います」
「綺麗?俺の目が」
「はい」
 その途端、それは嬉しそうに御子が笑いました。
「俺の事、嫌いじゃない?友達になってくれるの」
 三蔵様の腕の中から、身を乗り出して聞くのです。
「私でよろしければ」
 そう言うと、御子の笑顔がますます輝きました。
「俺、俺の事、悟空って呼んで!三蔵、友達。俺の友達」
「そうかよ」
 三蔵様の首にかじり付いて、全身で喜びを表す御子、悟空を、私もまた嬉しい気持ちで眺めておりました。すると、
「僧正への挨拶が済んだら、今日は部屋へ下がって休め」
 唐突な三蔵様のお言葉に、戸惑いながらも私は、深く一礼してお部屋を後にしました。
 そのときの私は、明日から始まる生活と悟空との触れ合いに、胸を躍らせていたために気付かなかったのです。
 皮肉にもそれを教えてくれたのは、悟空の一言でした。

「愁由あのね、あの後、三蔵ちょっとだけ機嫌悪かったんだ。なんでだろう」
 私は答える事が出来ず、困ったように小さく息を吐くだけでございました



お礼閑話
 寺院の朝というのは、とても早いものです。
 朝食前のお勤めは、全ての僧が本堂に集まり、大僧正の読経に続きます。無論、三蔵様とて例外ではございません。

「おはようございます」
 お勤め前に三蔵様をお迎えに上がるのは、私の大切な日課でございます。
「おはよう、愁由」
「おはようございます、悟空」
 三蔵様の後ろから顔を出した悟空は、いつも私に元気で明るい笑顔を見せてくれます。
「いってらっしゃい」
 そして、お勤めに出る三蔵様を、お見送りするのです。
 三蔵様は、その深い栗色の頭をひと撫でして、本堂へ向かわれます。
 これは、お二人だけの毎朝の日課なのです。
 私は邪魔にならないよう、離れた所で、三蔵様をお待ちします。

 ある日の事でした。
「おはようございます」
「ああ」
 いつものようにお部屋の前で三蔵様をお迎えすると、悟空の姿がありません。どうやら、今日はまだ眠っているようなのです。私が三蔵様の傍仕えとなってから、初めての事でした。
「悟空はまだ、お休みなのですか」
「ああ」
「どこか、具合でも悪いのでしょうか?」
「いや…」
 三蔵様にしては、とても歯切れの悪いお返事で、どうしたのかと口を開きかけて、はたと気付きました。慌てて頭を垂れ、
「申し訳ございません。出過ぎた口を」
 言い繕う私に、三蔵様何も言わず歩き出しました。その後に付き従い、本堂の扉を開けるために、三蔵様の前を失礼しようとした時です。
「朝メシに間に合う時間まで、寝かせてやれ」
 小さな呟きを残し、本堂の上座へ向かうその後ろ姿から、一瞬前の慈しみ溢れる雰囲気は一欠けらもございませんでした。
 私は一礼しながら、己の口元を押さえずには、いられませんでした。
 
 三蔵様の愛情は全て、たった一人の御子にだけ注がれるのだと、改めて感じました。
 もちろん、三蔵様の前では、申し上げられませんけれども。