お礼閑話【ココニイルヨ〜悟空編〜】

 昨日から降り続ける雨は、針の様に細くて、見ているだけで刺す様な痛みを感じる。
 ううん、本当にイタイんだ…何も出来なくて。
 三蔵は雨が嫌い。ずっと、ずっと前に起こった悲しい出来事を思い出すから。
 だから、傍へ寄るなとその瞳は言うけれど、俺を抱きしめる腕は、ここに居ろと言っているみたいで、本当の事を言うと少しだけ嬉しい。
「んぅ…さん……ぅあ」
「ごくう…」
 三蔵に抱かれるのは好き。雨の日はちょっと辛いけど、でもいつもよりたくさん名前を呼んでくれる。
 噛み付かれるようなキスも、叩きつけてくる身体も、全部俺だからだって自惚れてもいいよね。
「悟空」
「さんぞ…ここに、居る…よ……っんあ…だか…ら、さんぞも…感じ、て……あぁぁっ」
 もっと、俺を感じて欲しい。
 貴方は気持ちを言葉にしない人だけど、繋がったトコロから伝わってくるんだ。
 辛い事も悲しい事も、だから自然に涙が溢れてくる。でも、それが恥ずかしいなんてちっとも思わない。これは俺だけが出来る、唯一の事。
 貴方は泣けない人だから…この涙は、三蔵の涙。
「ごくう……悟空」
「三蔵…」
 どこへも行かないよ。ここは三蔵が与えてくれた、たった一つの俺の帰る場所だから。
「ここに居るよ、三蔵」
「ああ悟空…ここに居ろよ」
「うん」
 いつだって支えてもらうのは俺の方で、こんな風に三蔵が俺に甘えてくれるのは嬉しい。でも、やっぱり、苦しんでる三蔵は見たくないよ。
 だから精一杯の笑顔で、こう言おう。
「大丈夫だよ三蔵、明日はきっと晴れるから」
 そして、朝一番に貴方に、おはようのキスをするよ。




お礼閑話【ココニイルヨ〜三蔵編〜】

 音も無く降り続く雨に心が乱れ、悪戯に増えていく煙草の量。頭に響くその声に苛ついて、強引に身体を繋げた。
 快楽にはほど遠いその行為の最中も、悟空はずっと俺を呼び続け、細い腕を背中に回し、
「ここ…居る、よ……さんぞ」
 熱と痛みに潤んだ金瞳で、微笑んでみせた。
 その途端、俺の中で堰き止められていた何かが、小さな流れを生み出す。
「悟空…」
「…さんぞぉ」
 心の奥底で渦巻いていたそれが、金の光を浴びて清められていく。
 大きな瞳から涙を溢れさせながら、それでもお前は笑ってくれるのか。俺を呼んでくれるのか。
「三蔵…俺、ここに居るよ」
「ああ悟空…傍に居ろよ」
「うん」
 薄い胸に抱きしめられていると、高ぶっていた気持ちが落ち着いてくるのが分かる。
「いつもとは逆だな…」
「そうだね」
 笑う気配がして、それからゆっくりと小さな手が、俺の髪を梳きはじめた。
 不思議だな、ただ髪を撫でられているだけなのに、とても安らいだ気分になる。
 同時に、自分はコイツにそんな安らぎを、与えてやれているだろうか、と考えた。その時だった。
「俺ね、三蔵に頭撫でてもらうと、凄く安心するんだ」
 小さな告白に、自然と頬が緩んだ。

 全く、コイツときたら――

 相変わらず悟空の手は止まらない。ひどく甘ったるい気分だが、それが少しも不快ではなくて、ゆっくりと訪れた微睡みに俺は身を預けた。
「大丈夫だよ三蔵、明日はきっと晴れるから」
 どこか遠くで悟空の、そんな声が聞こえたような気がした。
 ああ、そうだな…太陽(お前)が隣に、居るのだから――




お礼閑話【手〜八戒編〜】

「なあ、八戒はさぁ悟浄のどこを、好きになったん?」
「どこ?ですか…」
 その突拍子もない悟空の質問に、八戒は思案するように、深緑の瞳を空へ向けた。
「そうですねえ、最初に好きになったのは、手…でしょうか」
「手?」
 己の手を上げて首を傾げる悟空を、微笑ましく見ながら、八戒は言葉を続けた。
「僕に花喃という姉が居たのを憶えていますか?」
「うん…」
「その花喃を失って、世の中のもの全てが信じられなくなって…そんな時に出逢ったのが、悟浄でした」
 死神を待っていた自分に、手を差し伸べてくれた。触れた手の熱さは、今でも鮮明に憶えている。
「悟浄と一緒に暮らし始めて、悟空や三蔵に出逢って、僕はもう一度生きてみようと思うようになったんです。そのキッカケを与えてくれたのが、悟浄の手でした」
「ふーん、手かぁ…大っきいもんな、悟浄の手」
 錫杖を握る手も、悟空の頭をワシワシとする手も、確かに彼の手は大きい。三蔵とは違う安心感があるそれを、一番感じているのは八戒なのだろう。
「な、悟浄の事好き?」
「ええ、大好きですよ」
 言い切った八戒の顔が、とても幸せそうで、悟空も自然と嬉しい気分になった。
「さあ、そろそろ帰らないと、部屋中が穴だらけになってしまいますよ」
「そだな」
 荷物を抱え直すと、足取りも軽く宿を目指した。少しして悟空が思い出したように、八戒を見上げると、
「俺は、八戒の手も悟浄の手も、大好きだよ」
 太陽のような笑顔を向けた。
「ありがとうございます。僕も悟空の手、大好きですよ。ああ…三蔵の手もね」
 二人分の笑い声が、青空へ吸い込まれていった。


 浄八?八空?んん…
 悟空が三蔵の手を好きだと言わないのは、そんな事は当たり前だという事で…




お礼閑話【手〜悟空編〜】

 銃を握る手は、頼もしい。
 ハリセンを持つ手は、ちょっと遠慮したい…
 煙草を吸う時は、カッコイイ。
 どの手も好き。
 もちろん手だけが、好きなわけじゃないけど…

 でも、一番好きなのは――
 あの時、差し伸べられた手。俺に世界を与えてくれた…

「三蔵の手は、大っきいな」
「お前はいつまでたっても、デカくならねえな」
 特等席(三蔵のヒザの上)に座って、俺は三蔵の手で遊んでいた。
 男にしては色白で、でも誰よりもこの手が強い事を、知っている。
「三蔵の手は冷たくて、気持ちいい」
「お前の手は、お子様体温だな」
「むー、でも手が冷たい人は、心があったかいって、三蔵の事だよな」
 笑って言えば、三蔵はちょっと困った顔をした。でも、それから、
「お前は身体も、心もあったかいな」
 きゅうって抱きしめられて、俺、嬉しくって死んじゃうかと思った。
「三蔵も、あったかいよ。心だけじゃなくて、全部」
 大好き。と続けようとしたそれは、降りてきた熱い熱い口唇に塞がれて、言葉にならなかった。

 頭を撫でてくれる手が好き。
 頬を撫でてくれる手が好き。
 三蔵の全部が、大好き!!




お礼閑話【誓約】

 憶えているのは、深紅に染まった視界。
 ああ、またこの夢か…
 そう思った時、血塗れた己の身体に気付いた。
「死ぬのは…俺か」
 だが、不思議と恐怖は無く。心を掠めたのは悟空を置いて逝く、という事。
 奴はどんな顔をするだろう…
 泣くだろうか、それとも…怒るだろうか。
「二度も置いてきゃ、さすがに怒るか…」
 そんな事を思いながら、何かが俺の中で引っ掛かった。
「二度も…だと」
 俺は…以前も、アイツを一人にした事が、あるのか?

――イヤだよ、―ぜん…俺を…一人に、しないで
――すまない悟空…だが、必ず…迎えに、くる……お前を、一人には…しない

「待ってろ、必ず…迎え、に」
 霧散した光の中、ゆっくりと目を開ければ、そこは昨夜と同じ宿の一室。
 重い頭、疼く胸。夢を見ていた様な気がするが、内容は思い出せない。
「くそっ」
 呟いた声は意外と大きく、自分ではない身体が、ふるりと震えた。そこで漸く、悟空を抱いて寝ていた事に気付く。
「さんぞぉ…」
 とろりとした蜂蜜色の瞳が、俺を見上げて笑った。そんな悟空を思い切り抱きしめる。
 どんな夢かは忘れた。
 だがこれだけは憶えている。もう二度と、コイツを一人にしてはならない。と…
「離さねえ…」
 それが出来ないのなら、今度はコイツも連れて逝くだけだ。
 これは誓い。誰にも告げることの無い、俺だけの。

 そうして俺は、腕の中で苦しいだの、どうしただのと喚く猿を黙らせるため、その細い身体を再び組み敷いた。