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パチパチと焚き木の弾ける音が辺りに響き、炎が暗闇をオレンジ色に染める中。
一行は少し開けた川縁で、三日目の野宿体制に入っていた。
「野宿もさすがに三日目になるとあれだなぁ・・・八戒〜、明日は街につけんのかよ?」
「ええ、順調に行けば結構大きな街につけると思いますよ。あくまでも順調に、ですけど。それに食料ももう底を尽くし、辿り着かなきゃ悟空が餓死しかねませんしねぇ」
焚き木をくべながらダルそうに訊ねてくる悟浄に、八戒はささやかながらの夕食の準備をしつつ笑いながら答えた。
「そういや悟空はどうしたよ?腹減った腹減った騒いでたけど?」
「さっき三蔵にくっついて散歩に行きましたよ」
「ったく、ちっとは手伝えってーの」
ブツブツと文句を言う悟浄を横目に、八戒はテキパキと手を休めることはない。
「まぁ悟空は焚き木拾ってきてくれましたし、三蔵は・・・三蔵ですからねぇ。期待するだけ無駄ですよ?」
「それもそうか、唯我独尊の三蔵法師様だしー?しかもサルにはベタ甘だしなー」
「三蔵がいたら鉛玉が飛んできますよ?それより帰って来るまでに出来上がってないとまた大騒ぎですから。ちゃっちゃとやっちゃいましょう」
「へーへー、わっかりやしたー」
文句を言いながらも手伝ってくれる悟浄に小さく笑って、八戒は二人が歩いていった方に視線を向けた。
一応早めに戻って来るようにと釘をさしたものの、ここ暫くは相部屋続きの後の野宿続き。二人で散歩に行って果たしてちゃんと戻ってくるのかどうか・・・八戒に一抹の不安が無いわけでは無い。
だからといって呼びに行くような無粋な真似が出来るわけもなく。
兎に角用意している夕食が無駄にならない事を祈るのみだった。
恋歌
完全に日没を迎えても、西の空は微かに夕日の名残を残している。
けれど辺りは既に闇に包まれていて、三蔵と悟空は月明かりを頼りに川沿いを歩いていた。
三蔵の煙草の火が赤い蛍火のように揺れている。
「なぁ三蔵ー。何処まで行くんだ?」
三蔵の後を歩きながら悟空はキョロキョロと辺りを見渡した。
野営の場所から上流へ向かって歩いていくと川縁に草や潅木が目立ち始め、本流より川幅の狭い支流へと差しかかった。
三蔵はそのまま支流沿いに歩いていく。
「なぁ三蔵ってばぁ」
少し膨れっ面で黙ったままの三蔵の袖を引けば、急に立ち止まったその背にぶつかりそうになる。
足下に煙草がぽとりと落ちて、赤い小さな火の粉が舞った。
「ほら、いたぞ」
「急に止まんなよ・・・いたって何――・・あ!」
何が?そう聞こうとした悟空の目の前を、ふわりと緑がかった小さな光が通り過ぎて消えた。
けれど消えたその先で再びその光りがふわりと灯る。
よく見ればその小さな灯りは一つではない。
三蔵がカサリと草を鳴らすとその足下からフワフワと幾つかの光りが舞い上がり、それに呼応する様に周りで一斉に光りの乱舞が始まった。
「う・・・わぁ!すっげぇ・・・!蛍だ!」
悟空が感嘆の声を上げるのも無理はない。
これほどの蛍の乱舞を三蔵も想像はしていなかったから。
この時期であれば寺院近くの小川でもよく蛍が飛んでいて、悟空にせがまれて散歩がてらに見に行ったものだ。
人の手の入っていないこの川縁と、風も無く少し蒸し暑い夜なら幾らかは見られるかと思ったのだが。
しかし目の前で繰り広げられている光の乱舞は三蔵の予想をはるかに越えていた。
一体どれほどの蛍が飛び交っているのか。暗闇の中でふわふわと揺れながら灯っては消え、消えては灯る様はまさに幽玄。
「三蔵、これ知ってたのか?」
「そういうワケじゃねぇが・・・まさかこれ程とはな」
三蔵が隣を見やれば呆けた様に蛍を見つめている悟空の髪に小さな光りが灯った。
それを軽く手の平に閉じ込めて差し出すと、悟空は壊れ物を扱う様にその光りを受け取った。
「キレー・・・蛍ってさ、光が強くて飛んでるのがオスで、下のほうにいるのがメスだったよな?」
「おまえにしちゃ物覚えが良いな」
そんな事を教えた記憶はあるが、覚えているとは珍しい事もあるものだと三蔵が考えていた時、不意に悟空が三蔵の髪へと手を伸ばした。
そして。
「ダメだよ、これは俺のだもん」
そう言った悟空の手の中にはもう一匹の蛍。
そうして両手で作った囲いの中で、二つの光りが交互に光を放っている。
「・・・・・この光って・・・求愛なんだろ?だから三蔵には止まっちゃダメ」
慣れたとはいえ暗闇の中、そんな事を言う悟空の表情が何処か艶のある物に見えるのは、この蛍達の身を焦がす光の所為だろうかと。
その頬に手を添えれば熱を帯びていくのがわかる。
「虫が人間に求愛するわけねぇだろ。てか、誘ってんのか?コラ」
「///ってねーよ!だって俺外でやんのやだもん!///」
「・・・・・・お前な・・・・・」
きっと茹蛸の様に真っ赤になっているであろう悟空に苦笑しながら、三蔵は触れるだけの口づけを落とす。
緩んだ悟空の手の平から二匹の蛍が飛びたった。
「――あ、逃げちゃった」
「もう返してやれ」
「うん、そだね」
二つの光りはふわりふわりと舞いながら、刹那ともいえる光の輪の中に戻っていく。
それを二人で見届けて。
帰るぞ、と背を向け歩き出した三蔵の指に悟空が自分のそれを絡めた。
「なぁ三蔵。次の宿で二人部屋取れたらさ、三蔵と・・・」
「取れたら俺と・・・なんだ?」
言いながら三蔵の口の端が上がる。
それに気がついた悟空の頬がぷぅっと膨れて。
「なんでもねーし!///」
そう言って黙ってしまった悟空を『やっぱガキだな』と三蔵は咽喉の奥で笑った。
「お前の好きにすりゃあいいだろ」
絡める指先に軽く力を込めてそう言ってやれば。
「・・・好きにするもん///」
悟空は小さな声と指先に込める力で答えてくる。
何時も仕掛けるのは大抵三蔵の方で。
『一緒の部屋がいい』とそう言いたいらしい、珍しい悟空からの精一杯の誘いに随分と育ったもんだ、と。
けれど慣れたようで何時まで経っても慣れ切れない、その初々しさが三蔵の好む所でもあって。
三蔵は絡める指先を持ち上げて、自分より小さなその手の指の節にカリッと軽く歯を立てた。
「今すぐ喰ってもいいんだけどな」
「さっ・・・さんぞっ!?///」
「まぁ、あいつ等も待ってるだろうから。ここは退いてやるよ」
余裕たっぷりで意地悪く笑う三蔵に、悟空はただただ真っ赤になり。
唇で触れれば伝わる確かなその熱に、飛び交う幻想の光りに眩暈を覚えながら、三蔵はもう一度その熱を確かめる様に口づけた。
そんな二人が立ち去った後、水の流れる音だけが響く宵闇の中。
声を持たない蛍達の光りの乱舞は続く。
水面に草の葉に光を落とし、身を焦がしながら舞うのは刹那の恋歌。
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