スイートホーム 街中を歩けば、どこもかしこも製菓会社の思惑にまんまと乗せられた輩が店頭に群がっている。ただでさえこの時期はイラ着くのに、その光景が更にそれを悪化させる。 別にその辺の店に群がっている人々のせいではなく、その中に居るであろう恋人の姿を想像して、なのだが・・・ 纏う空気の温度を氷点下にまで下げながら恋人の待つ家へと歩いていく。 駅から三つ目の信号を左折して100メートルほど歩いたところにある、マンションの1039号室。そこが三蔵とその恋人が住む家。 オートロックのキーを開け、ドアの中へと入っていくと、管理人の年老いた男が「おかえりなさい」と声を掛けるが、それに一度たりとも返事などしたことがない三蔵は、今日もまた無言を通し、頭痛を訴える頭を抱えながらエレベーターに乗り込んだ。 部屋に入ったら嗅ぎたくも無い甘ったるい匂いを想像して。 程なくして目的の階へと着いてしまったエレベーターを降りると、部屋へ向かう足取りが、幾分遅くなる。 けれど仕事で疲れた疲労を癒してくれるのは、出迎えてくれるであろう愛しい恋人の笑顔なのだから、早く帰ってその笑顔を見たい。だが・・・・・・今日だけは帰りたくない、と思ってしまうのは、やはり今日の誰が決めたか知らないイベントのせい。 「息を止めて部屋に直行すりゃいいか」 などと一人通路で呟くと、玄関のドアノブへと手を掛けた。 多分、中と外から同時だったのだろう。普段より数倍も軽く開いたドアから、やはり想像していた通りの笑顔が出迎えてくれる。その笑顔を見た途端、甘い匂いだの息を止めてだのと考えていたことが一度にどこかへ吹っ飛んでしまった三蔵は、思わずその小さな体を抱きしめそうになる。・・・なったのだが・・・ふわっと鼻腔をくすぐった甘い匂いに、吹っ飛んでいたものが再び蘇ってしまった。 「・・・三蔵?」 いつものように「おかえり」と出迎えをした悟空だったけれど、自分が傍に行った途端に機嫌が悪くなってしまった三蔵に、どうしたのかと首を傾げる。 だけれど三蔵は無言のまま自室へと消えてしまった。閉じられたドアを見つめたまま、普段なら抱きしめてくれて、頬にチュッとキスをしてくれるのに、今日はしてくれない。なぜだろうか、と考えるけれど答えが見つからない。 見つからない答えは考えたって仕方ない、と玄関のドアを閉めると三蔵の部屋の前まで行って、ノックする。 「三蔵。なんかあった?」 三蔵からすれば、まるで見当違いな問い。だがそれに悟空は気づかない。 もう一度三蔵を呼ぶ悟空だけれど、やはり何も返事は返って来なくて、これでは解決するものも解決しないじゃないか!と怒りが込み上げてきた。 「もー!三蔵のばかっ」 ドアの外から聞こえた悟空の怒声に、三蔵の眉がピクリと動いた。 「誰がバカだと?」 ドア越しのドスの効いた声に、悟空が一瞬固まる。が、そんな声で言われたって自分の怒りが収まるわけ無いじゃないかと、息を吸うと一気に言った。 「ただいまもキスもしてくれないで黙ったまま俺残して部屋に行っちゃって!!三蔵のバカっ!」 ・・・いい度胸じゃねえか、サル。 「バカにバカとは言われたくねぇな。バカ猿」 「だって三蔵が何も言ってくれないんじゃないかっ」 「言わなきゃわかんねーのかっ!だからてめーはバカだって言うんだよっ」 やっぱ俺が原因? 三蔵の言葉に悟空がハタと考える。 ・・・昨日の夜は、とか、今朝は、とか・・・色々思考を巡らせ考えるけれど、やはり三蔵を怒らせる理由に思い当たるものなど何も無い。 だけれど、こんな口げんかがしたいわけじゃないのだ。 今日はバレンタインだから。自分が初めて作ったチョコだから・・・とそこまで考えて、ようやく三蔵が怒っている原因が理解出来た。 「・・・・・ごめんなさい」 さっきまでの勢いは何処へ行ったのかと思うくらい大人しくドア越しに謝る悟空。 きっとしょぼくれた顔でもしてるのだろうという事は、簡単に想像が出来る。 自分だって別に口げんかがしたいわけでもないし、悟空を泣かせたいわけではない。しょーがねぇなと溜息を一つ吐くと、ゆっくりと悟空へと言い聞かせた。 「俺は別にお前が何を作ろうが文句は言わないし、怒るつもりもない。だがな、この甘ったるい匂いだけは許せねぇ。この匂いが消えたら呼びに来い」 三蔵が聞いたら怒るだろうが、これは単なる三蔵の我儘だったりする。しかも悟空と二人だけで居る時限定の。実際、悪友二人が一緒に居る時には、機嫌が悪くなるけれど、それを一度も口に出して言った事など一度も無いし、それに、甘い匂いが嫌いだと言っているけれど、それは洋菓子に限っての事。その証拠に、善哉などの和菓子の甘い匂いには文句など言ったことが無いのだから。 悟空は急に三蔵が可愛くなってしまい、思わず頬が緩んだ。 ---どーしよ、すっげー三蔵が可愛く見える--- 溢れんばかりの笑いを堪えながら、ドア越しに「匂い、消してくるから待っててね」と告げて、急いでリビングとキッチンの窓を開け広げた。 そして数分後、甘い匂いが消えたことを確認すると、三蔵の部屋のドアをノックした。 「三蔵、もう大丈夫だよ?」 返事を待たずにドアを開けると、眉間にシワを寄せている三蔵が振り向いた。 その顔と言ったら、子供が拗ねているようで、悟空は愛しさをめいいっぱい込めて微笑んだ。 「悟空」 呼ばれるまま三蔵の傍まで近づくと、その腕の中に包まれてしまった。そして、さっき言えなかった言葉を、今度はキチンと伝えた。 「おかえりなさい、三蔵」 「ああ」 「大好きだよ」 「知ってる」 そうして自然と重なった唇が、先程の香りよりも甘いものを互いの中に贈った。 END 著 志桜 紫乃魅 紫乃魅さまのバレンタインFreeを、頂いてまいりました。 もうもう、な〜んて甘いお話なんでしょう。 拗ねる三蔵なんて、ツボにハマりまくりですo(≧▽≦)o 紫乃魅さま、いつも素敵で甘いお話をありがとうございます!! |