強さと弱さと…大切なモノ



雪になったり、雨になったり。
酷く不安定な天気が続く季節の変わり目。

雪が降り始めてから悟空の様子が可笑しい。
食事の量も心なしか減ったような気もするし、終始どこか落ち着きがない。
初めは雪を見た事がないのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
まだ積もるほどではないが、薄らと白く染まった大地を見て金瞳を揺らす。

ふと、耳に届く音が消えた。

三蔵は視線を書類から窓へと移すと、僅かに眉根を緩めた。
朝から降り続いていた雨が、どうやら雪に変わったらしい。
それに深く息を吐くと、椅子の背に身体を預けた。
と、不意に

ガタンッ

奥から何かが倒れる音が響く。
その音に三蔵は片目を眇めると席を立った。
三蔵が悟空を拾ってきてもうすぐ二ヶ月。
悟空が来た頃にたわわに実をつけていた裏の柿木も葉を落とし、冬支度をしていた。
周囲の風景が徐々に冬に変わる。
自分が一番イヤな季節。
ぼぅっと窓の外を眺めていた金色の前を、ちらちらと白いモノが舞い落ちる。
どこか虚ろだった金瞳がはっきりと「ソレ」を認識した瞬間。
悟空は声にならない悲鳴を上げ、思い切り後ろへと倒れこんだ。

――ここはあそこじゃない。大丈夫、大丈夫。俺はもう…

「おい。何してる」

震える身体を抱き締めて蹲れば、不意に聞こえた三蔵の声。
はっとして振り返れば、不機嫌そうに戸口に立っていた。

「あ…さ、んぞ?」


絞り出すように出した声は妙に掠れていて、悟空は俯き唇を噛み締めた。
その姿に三蔵は小さく溜息を吐くと、ずかずかと大股で歩み寄るとどかりと悟空の横へと腰を下ろした。
それを呆然と見詰めていた悟空の額を思い切り小突く。

「いっ…」
「アホ面」

何だよと喚く悟空を無視し、三蔵は視線を悟空の手元に向ける。
小刻みに震えるそれと、雪に変わった途端の物音。

ああ…成る程。

と小さく息を吐き、ぽんと手を悟空の頭へと置いた。

「悟空。お前、雪が怖いのか」
「――っ!!」

大きく見開かれる金瞳に、三蔵はやはりと心内で思う。

「ち…違う!そんなことない!」
「嘘付け」
「違う!」

ばしっと小さな手が頭にのせられていた三蔵の手を振り払った。
そのまま勢いよく立ち上がると、悟空は三蔵へと感情のままに叫ぶ。

「俺はっ!俺はそんな弱くない!怖いとか、そんなの思うほど弱い奴じゃない!」

今にも泣きそうな顔で叫ぶ姿を三蔵は真直ぐ見詰める。

「…お前、少し前の俺みたいだな…」

ぽつりと呟いた言葉に意味なんてなかった。
ただ、なんとなくそう思ったから…。
震える両手をしっかりと掴むと、三蔵は紫暗を黄金へと向ける。

「悟空」

低く通る声で名を呼ぶ。

「悟空」

再び呼べば、悟空の顔が歪んだ。
「悟空、それは弱さじゃない」
「…っ……」
「怖いモノがあるからと言って、それはソイツの弱さじゃない」
「……う…だ」
「嘘じゃねぇよ」

ぐいと細い腕を引くと、向かい合わせに床に座らせた。

「よく聞け、悟空。怖いモノを認める事は勇気がいる」

怒るでも苛つくでもなく穏やかに紡がれる言葉に、悟空の気持ちが少しずつ落ち着いてくる。

「それを認められず目を瞑って、向き合う事もしねーのが弱さだ」
「……」
「受け入れず逃げ回る事は確かに簡単でラクだろう。だがな、それと同時に苦しみも付きまとう」

ビクリと震えた小さな身体。
三蔵は掴んでいた手を離すと、そっと悟空の幼い頬を両手で包んだ。
「お前が本当に強くありたいと思うなら、心の中にある恐怖を認めろ」
「みと…める?」
「そうだ。それから目を逸らさず、まずは受け入れろ。そして足掻け」
「………」
「あるがままに受け入れる。それが強くなるための第一歩だ」

ぽろり……大きな雫が丸い頬を伝う。

「…さん…ぞも、…ある?こわい……モノ」
「俺は……」

無いと答えようとして、再び耳に届いた音。
そちらに紫暗を向けると、口角を僅かに上げた。

「ある……な。ひとつだけ」
「……え…」
「雨だ。雨を見ると辛い事を思い出す。だから、雨が苦手だ。……で?」
「…で?」
「お前は?」

そう聞いてくる三蔵に、悟空は視線を窓に向ける。
「俺はさ…名前しか自分のモノがなくて、知らなくて…。他は目に見えるモノだけだった」

きゅっと胸元を握り締め、たどたどしく紡がれる言葉。

「雪が…降ると……その見えるモノ全部…真っ白に塗りつぶして…何も無くしちゃうんだ」
「…ああ」
「そしたら…本当に、俺だけで……俺と名前だけで…」
「そうか…」
「だから…俺……俺…」

顔を歪め必死に言葉を紡ごうとする姿に、三蔵は強く悟空の頭を引き寄せた。

「ゆっくりでいい。ゆっくり、認めていけ」
「さんぞ」
「認めることが出来たとき、それを乗り越える事も出来る」
「…う…ん……。ぅん…」

ぎゅっとしがみ付いてくる小さな背を、三蔵はぎこちなくも優しく撫でてやった。
暫らくして落ち着いてくると、悟空は照れ臭そうに笑い、三蔵から身体を離す。
そして、そのまましげしげと大きな金瞳が見上げてくる。

「何だ」
「ん?三蔵ってさ…たくさん、いろんなモノ、持ってるよな」
「は?」

突然の悟空の言葉に、三蔵は思わず妙な声を上げる。

「どこからそんな話になる…」

疲れたように肩を落とし、大きく溜息を吐いて袂から煙草を取り出した。

「だって、三蔵はさ。名前だけじゃなく、いろんなモン持ってるじゃん」
「………」
「きょーもんとか、煙草とか、銃とか……あとー…」

次から次へと出てくる三蔵の持ち物に、こめかみを引き攣らせ左手にハリセンを握る。
黙らせようと振りかぶった瞬間。
「思い出とか…、俺には無い物、いっぱい持ってる。だから、三蔵は強いのかな?」

寂しそうに笑う悟空に、三蔵は静かに腕を下ろす。

「別に俺は強かねーよ。それほどモノを持ってもいねーし」
「…うん」
「俺が本当に持ってるモノなんて、テメェと大して変わらん」

師匠に授けられたこの名。
形見の経文に金冠。
いつでも己のこめかみを撃ち抜く事の出来る、この小さな銃。
それ以外には、何も…


『貴方に大切なモノをひとつ……あげましょう』


記憶の中のその人の声に、三蔵ははっと悟空を見詰める。
きょとんと見詰めてくる黄金。

「悟空」
「なに?」
名は自分というモノを表す一生のモノ。
そして…

「お前…誕生日を知ってるか?」
「誕生日?」
「ああ…。」

小首を傾げた後、ふるふると首を横に振る。

「何するの?」
「その者の誕生を祝う日だ。」
「ふーん。何で祝うの?」
「生まれてきたことを感謝するんだ。」
「ありがとうの日?」

子供らしい言葉に、三蔵は思わず目許を綻ばせる。
それに気を良くしたのか、悟空は小さく笑みを浮かべた。

そう…名が己をかたどる一生のモノなら、誕生日は自分が生きている事を確認できるモノ。

「お前に誕生日をやるよ」
「え…。でも、俺…」
「別に本当に生まれた日じゃなくたっていーじゃねーか。どうせ毎年、年取るだけの日付だ」

その言葉に、悟空は大きく金瞳を瞠る。

「毎年…?」
「ああ」
「年…取るの?」
「そうだ。」
「俺も?」
「当たり前だろーが」

思わず溢れそうになる涙を、悟空は慌てて服の袖で拭う。

「それって…っ!俺が、俺の時間が動いてる証拠だよな!」
「ああ」
「いつっ!?それっ、いつ!?」

飛びつかん勢いのまま真剣に尋ねてくる姿に、三蔵は考える素振りを見せる。
そして、

「4月5日。」
「え……」
「4月5日。元は俺の誕生日だ。お前にやるよ、俺のモノひとつ」
「本当?……三蔵の…貰っていーの?」
「ああ」

泣き笑いのような表情を浮かべた後、悟空は涙を堪えるように顔を俯ける。
その小さな頭に手をのせると、小さな小さな声で、

「ありがとう」

と呟いた。
それに普段は決して見せる事のない笑みを浮かべると、三蔵は悟空を呼ぶ。

「ところでな。俺の誕生日をお前にやっただろ?」
「……う…ん…」
「それで俺には誕生日が無くなったワケだが…」
「えっ!?」

慌てる悟空の頬を軽く引っ張り、三蔵はニヤリと口角を上げる。

「テメェが決めろ。俺の新しい誕生日」
「お…俺が?」
「当たり前だろ」
「うん……と、…えーと…」
悩み始めた悟空を面白そうに見詰める紫暗。
どれくらい掛かるだろーな、などと思っていると、

「今日!今日にしよっ!」
「…今日?」
「うん!11月29日!」
「理由は?」
「三蔵が俺に誕生日をくれた日だから!」

にっこりと笑って言う悟空に、三蔵は紫暗を瞠る。

「今日がもうひとつの大切なモノだから!………ダメ?」
「…いや。」

ふっと口許を緩めると、悟空も嬉しそうに三蔵の腰へとしがみ付いた。

「なんか嬉しいな」
「…そうか」

ぐりぐりと額を擦りつけて来る悟空の頭を、三蔵は軽く撫でてやった。

「俺ね、これからきっと…ずっと、強くなるから」
「……」
「だから、見ててくれな!さんぞっ」

見上げた大きな黄金には、不敵な三蔵の笑みが映る。

「見ててやるよ。しっかりとな」





この子供が心に巣食う本当の恐怖を認めた時。
己はもう一度だけ、この手を差し出してやろう。

強くなれ…―――悟空

いつか一人でこの大地にしっかりと立つために。





「そういや、悟空。誕生日はそいつの我儘をひとつ聴く日なんだが?」
「えっ!?そうなの?」
「ああ。…さて、テメェに何をして貰うか…」
「うえっっ!マ…マジ?」
「俺の誕生日は今日なんだろ?」
「う…。そ、だけど…」
「食費がもったいねーから、飯抜き…とか?」
「ヤダ―――!!それだけは勘弁――っっ!」
「さて、どーするか…」
「さーんぞぉー(泣)」





失ったものは二度と元には戻らないから
だから、新しく「自分のモノ」を増やしていけばいい。

そうして、ゆっくりゆっくり、強くなっていけばいい。
手に入れたモノを、今度こそ失ったりしなように…。

願うならば、君と二人で…



-fin-


〜お礼〜

龍王御殿、マスター泉綺羅さまの、三蔵さまご生誕小説。
何が良いって、三蔵さまお誕生日をあげてしまうなんて、愛以外の何ものでもないです!
三蔵さまの優しさは、全部悟空のモノだという、三空好きには垂涎もののラブ甘小説じゃ在りませんか!
そして、太っ腹な泉さまは、お持ち帰りOKにして下っているのですよvv
速攻で頂きです!
泉さま、サイトアップを快諾していただきまして、ありがとうございます。

花淋拝