遠くから僧侶達の慌ただしい気配が伝わって来る。

『ったく何処探してんだよ・・・まぁ見つけてくれなくて良いんだけどな』

説法をサボった三蔵は、自分を探す僧侶達の気配を他所に、あまり人の寄らない寺院の裏手へと向かった。
足下で枯葉が乾いた音を立てた。
紅、黄、橙と、秋の庭は掃いても掃いてもきりが無くて。

『どうせなら全部燃しちゃってください。掃く手間が省ける』

そんな事を言ったのは何時だったか。
三蔵は木の根元に座り込むと、煙草を取り出して火を付けた。
幹に背を預け、ゆらゆらと立ち上っていく紫煙につられて空を見上げる。

「空・・・高ぇな・・・」

薄い雲を纏った秋特有の空の下。天気が良く日当たりも良いとはいえ、風が通り過ぎると少しだけ肌寒い。
それでも三蔵はそこを動こうとはせず、時折金色の木の葉が舞う晩秋の景色をただぼんやりと眺めていた。







  秋光の庭







「お師匠様、お茶を・・・お師匠様?」

何時ものようにお茶を運んで行ったものの、部屋の主は姿を消していて。
溜息をついてお盆ごとお茶を机に置くと、部屋の主の元へ行く為にそこを後にする。
何処にいるのかわかっているわけではなかったけれど、ただ足がその方へ向く。そして辿りついた場所に居るのだ、あの方が。

黄色く色づいた大きなイチョウの幹の向こうから細く煙が上がっている。
幹の陰から僅かに法衣の裾も見えていた。

「こんな所で一服ですか?お師匠様」
「あぁ江流、いらっしゃい。やっぱり江流とかくれんぼは出来ませんねぇ。すぐにみつかってしまいますから」
「本気でかくれんぼしてたわけじゃないでしょうね?」
「さぁ、どうでしょう?」

見つけられた事に特に驚きもせず、柔らかく笑ってキセルを燻らせる。
何時も何時も、子供のように無邪気に笑う人だった。

「空が高いですねぇ」
「え?」

その言葉につられて上を見上げると薄い雲をまとった秋の空が広がっていた。
何処までも高く高く広がる空。

「同じ空なのに不思議ですね。季節によってこうも表情が違うんですから」
「えぇ・・・凄く高いです、空」

空を見上げたままポツリと呟くと、続けて言葉が降ってきた。

「不変な物なんて無いのかもしれませんね。人の心も然り・・・でもね、江流」

名前を呼ばれて視線を移すと、優しく、そして真っ直ぐな瞳が見下ろしていて。

「怖がっちゃダメですよ。人の心はうつろい易いから・・・だからこそその時その時を、その刹那を大切になさい。無くす事に怯えずに・・・貴方だけの何かを見つけなさい。それに何時かきっと貴方も出会う筈ですよ。私が貴方と出会ったようにね」

自分にとっての大切なもの、大切な誰かなんて、そんな物は決まっている。
信じられる物は自分自身と、目の前のこの柔らかな存在だけだ。
言葉にはせずに見上げる自分を、お師匠様は柔らかく微笑んだままそれ以上は何も言わなかった。

「さぁ、それじゃあ江流のいれてくれたお茶を飲みましょうか」
「もうとっくに冷えちゃってますよ」
「それは・・・残念ですね」
「いれなおして差し上げますよ、お茶くらい」
「じゃあお言葉に甘えて」

そう言ってまた無邪気に笑う。つられて自分の顔にも笑みが浮かぶ。

「あ、江流」

呼びとめられて振り返ると、そこには自分に向かって差し伸べられた手があって。

「手、繋ぎましょう」
「はぁ??」
「良いじゃないですかー。昔は良く繋いでくれたのに・・・もしかして反抗期ですか?」
「・・・なんですかそりゃ・・・///」

がっくりと肩を落した淋しそうな様子に、ホントにこの人にはかなわないと渋々と手を差し出す。
するとそれを嬉しそうに握り締めて、子供みたいに腕を振って歩き始めた。
繋がれた手は大きくて温かくて、唯一信じられるぬくもりだった。








こつん、と肩に小さな衝撃を感じて三蔵は顔を上げた。
少し日が傾いた所為か、吹く風は肌寒さを増している。
左肩の重みに目をやると、そこには三蔵を見つけてそのまま一緒に居眠りをしているらしい悟空がいた。
どういうわけだか悟空は三蔵を見つけるのが得意で、説法をサボってばっくれた三蔵を最初に見つけるのも決まって悟空だった。
もっともその逆、三蔵が悟空を見つけ出すのも割りと容易い事だったけれど。

「おい起きろ、悟空」

寄り掛かる頭を軽く小突くと、小さく身震いをして悟空が目を覚ました。

「ん〜・・・あ、さんぞ〜おはよ」
「おはようじゃねぇよ。冷えてきたからもう行くぞ」
「えっ・・・ちょっと待ってよ!三蔵〜!」

自分だけさっさと立ちあがって歩き出した三蔵の背を、悟空は慌てて追いかけた。
背後から駆け寄ってくる悟空の気配と、そして突然手に触れたぬくもり。

「――っておい。何だよ?」
「手ぇ繋ごうよv」

驚いた三蔵が隣を見やれば、悟空がにぱっと笑っていた。

「三蔵の手、冷たいよな」
「悪かったな。なら離せ」
「いいじゃんか、こうしてるとあったかいだろ?」
「うぜぇんだよ」
「ケチ!減るもんじゃないじゃん!」
「俺のは減るんだよ、離せサル!」
「い〜や〜だ〜!!」

振り解こうとする三蔵の手を、悟空は意地になって握り締める。
手を繋ぐ、ただそれだけの事だけれど、悟空にはかなり重要な事のようで。
冷たい手を取って何が嬉しいのかと思うのに。
腕を上げればそのままぶら下がってきそうな悟空の勢いに、三蔵は渋々と折れた。

「チッ・・・そこまでだぞ?」
「うんっ!!」

嬉しそうに笑うと悟空は腕を振りながら歩き出し、自然と三蔵の手も大きく揺れた。
不意に思い出した様に悟空が言う。

「なぁなぁ、今度の三蔵の誕生日、晩飯にまた美味い物がでるかな?!」
「・・・さぁな。上手いモンが食えりゃなんでもいいんだろ、お前は」
「そーだけどさぁ。あ、誕生日のプレゼントはまだ秘密だからな!」
「聞いてねぇよ。つーか忘れてた」

三蔵は素っ気無くそう答えるけれど、けして忘れていたわけではない。
確かに三蔵には然程執着の無い日ではあったけれど、今では本人以上に執着する子供がいるから。
執着も、昔だったなら少しはあったのかもしれない。
たった一人でも自分との出会いを喜んでくれる人がいたから。

『もっとも今でも本気で喜んでんのは一人だけだけどな』

「三蔵??」
「なんでもねぇよ。おら、さっさと行くぞ」

どうかしたのかと見上げて来る悟空を見返す事なく、三蔵はだた少しだけ繋いだ手に力を込めた。


歩く二人の足下で枯葉が秋の音を奏でた。
一足早い暦を追いかけるように、景色も時期に冬になる。
不意に吹きぬけた黄葉の風に三蔵が首を竦めると、小さな手が握り返してきて。
夢の名残を残す手に、繋ぐ小さな手が夢よりも確かなあたたかさを伝えていた。






END






〜お礼〜

三蔵さまご生誕小説。
お師匠様とのやり取りが、とても微笑ましいです♪
そして、そのお師匠様から貰った、優しさを全部、悟空へと注いでいる三蔵さま。
本当に読んでいて、気持ちが温かくなるお話です。
たつは様、ご無理を聞いていただいて、ありがとうございました。