優しい言い訳 旅の途中、小さな宿の硬い布団の上で密かに愛を交わす。 細い身体を抱きしめ、熱い楔をその内に埋め込んでは、零れる甘い声に耳を傾け、共に高みへ駆け上がる。 熱を含んだ吐息混じりに、自分を呼ぶその顔が幸せそうに綻んで、それから大きな金瞳がゆっくりと閉じていった。 どろりとした熱の塊を感じて、三蔵は唸るようにして瞼をこじ開けた。 「悟空……」 己の首筋のじっとりした汗と、傍らに眠る悟空の表情に眉間の皺が深くなる。 金鈷から覗く額に浮かぶ汗、意識の無い熱を孕んだ呼吸は忙しなく早い。 三蔵はベッドを抜け出すと、浴室から持ってきた水をはった洗面器をサイドテーブルに置いた。 絞ったタオルで汗をふき、首筋をゆっくりと撫でていくと悟空の瞼が僅かに震える。 「……ん、ぞ」 空気を震わせる力も無いほどの微かな呼びかけに、けれど三蔵は穏やかな瞳を悟空に向けた。 「大丈夫だ」 ベッドサイドに腰掛け温まってしまうタオルを何度も濡らして、悟空の汗を拭っていく。 朧げだった金瞳に光が集まって、瞬きを繰り返した悟空が、 「おれ……ちゃ、んと気をつけ……て、たのに……なんで」 顔を歪ませて三蔵を見上げた。 自分の身体は自分で管理しろ。 怪我をするのはお前の勝手だが、俺たちに迷惑をかけるな。 厳しい言葉には違い無いけれど、三蔵の一言には温度がある。 それは、不器用だけれど紛れもなく悟空に対する愛情の表れだ。 そして、悟空もまたそんな三蔵に応えるべく、自らを戒めてきたはずなのに。 「ごめん……三蔵、ごめん……なさい」 金瞳に盛り上がった涙の粒に苦く笑って、三蔵は言葉を繋いだ。 「怒ってなんかねえよ。 その熱は風邪じゃねえからな」 三蔵の言葉に悟空は僅かに首を傾げた。 「疲れが溜まってるだけだ。 身体の方が休息を欲しがって発熱したんだ」 「それって……」 「簡単に言やあ、強制休養だな」 その、笑みを含んだ声に悟空の口元が上がる。 綻んだ顔に頷いて、三蔵の手がそっと悟空の頬を撫でた。 「だがな悟空、そろそろ無理と無茶を理解しろ」 「無理と……無茶?」 霞が掛かった悟空の頭では、理解不可能な言葉。 三蔵は小さな子供を諭すような口調で続けた。 「力を振り絞ればあと一歩が届く。 そんな時にするのが「無理」だな。 「無茶」ってのは、どんなに足掻いたって届かねえのに、突っ込んでいく事だ。 お前はそっちの方が多いからな。 怪我をしねえのが不思議なくらいだ」 一度言葉を区切って続ける。 「悟浄と張り合うのもいいが、たまには押し付けてみろ。 戦うのはお前一人じゃない」 「三蔵……」 見上げた先の紫暗は、優しく笑んでいる。 それだけで、悟空の中の熱が引いていくような、胸のつかえが溶けていくような気がした。 「無理と無茶……うん……、分かるよ三蔵。 俺一人が頑張る訳じゃないんだな」 悟空の言葉に、見つめる瞳が頷くように細められた。 「明日は一日、大人しく寝とけ」 三蔵の一言に言い返そうと口を開いて、けれど悟空の口から出てきた言葉は、 「うん……そうする」 その返事に、それでいいとばかりに三蔵が胡桃色の頭を掻き混ぜた。 「ほら、目を閉じろ」 「ん……ねえ、三蔵も」 小さな欠伸と共に甘えた声で悟空が強請る。 ひくりと片眉を持ち上げた三蔵が、しかし無言でその横に滑り込む。 悟空はさも当たり前のように、彼の胸元に擦り寄って歳不相応な笑顔を浮かべた。 「ガキ丸出し」 三蔵のその言葉は、まるで負け惜しみだ。 二人きりの時の悟空の可愛いわがままに、自分が抗えない事を彼はもう随分前から自覚している。 それでもいいと思っているのだ。 悟空が味わった五百年の孤独を消し去ってやる事は出来ない。 それならば、その孤独を忘れるくらい一緒に居てやればいい。 悟空に対する三蔵の愛情は、厳しいだけでも甘やかすだけでもない。 「三蔵……」 今に引き戻されるように胸元を引かれ、三蔵は視線を悟空へ向けた。 「いっこ、聞いてもいいかな?」 ためらいがちの悟空の声に、黙って先を促しす。 「この頃、何で一緒の部屋になってくれるの?」 悟空にしてみれば三蔵との同部屋は大歓迎だが、それはいつも、自分が望むからだ。 それでも三蔵がその願いを聞き入れるのは、数回に一度。 それがここ最近は八戒から鍵を受け取ると、必ず 「行くぞ、悟空」 と声が掛かる。 今夜のように身体を繋げる事もあるし、静かに三蔵の腕の中で眠りにつく時もある。 そして次の朝、三蔵は悟空が目覚めるまで、その部屋に居るのだ。 ここまでくれば、さすがの悟空も不思議に思って当然といえる。 「なぁ……さんぞ?」 マズい事を聞いてしまったのだろうか、悟空の声に不安の色が混ざる。 「……別に、寺に居た頃は同じ部屋だったじゃねえか」 「それは、そうだけど……」 怒ってはいないようだが、三蔵の返事に悟空は微かに口唇を尖らせた。 「嫌なら、お前と同じ部屋で寝るのは、今夜が最後だ」 「ええっ! それは絶対にイヤだ」 悟空の慌てぶりに、三蔵の口元が上がる。 「もう、いいから目を閉じろ。 熱が下がらなくて辛くなるのはお前の方だぞ」 深茶の頭をかき混ぜて、三蔵が眠りを促す。 悟空は素直に目を閉じた。 三蔵の手が作り出すリズムに誘われるように、悟空の呼吸がゆっくりと落ち着いていく。 ベッドサイドの薄明かりに浮かぶその寝顔は、あまりに歳不相応にあどけない。 ―――どうして、一緒に居てくれるの? さすがに気付いたか。 三蔵はくつりと笑った。 出逢ってからともに過ごした長さを考えれば、離れていた時間など取るに足りない。 それでも、その僅かな間も己の心に聞こえてきた悟空の叫びに、三蔵は焦燥を覚え不甲斐ない自分に怒りを抱いた。 そして、悟空の悲痛な声は再会してからも止むことなく、彼の心を苛んでいた。 ―――旅をやめる…… 苦しんで、そして歯を食いしばって耐えていたのに、悟空にその言葉を言わせてしまったのは自分だ。 そこで漸く気付いた事がある。 強くなるしかないのだ。 歩みを止めず、何があろうとも前に進むしかないのだ。 と、それこそが悟空を失わない為の唯一の方法。 三蔵の中から、迷いが消えた。 「太陽みたいだ」 出会って間もない頃、悟空から言われた言葉。 けれど今、三蔵の進むべき道を照らしているのは悟空だ。 傍を離れたくないと思った。 どんな表情も見逃さず心に焼き付ける。 離別(わかれ)の時を思ってではなく、ただ強く在るために。 「お前みたいなのに、持ってかれるとはな……」 苦笑いとともに囁く声。 その菫色の瞳は慈愛に満ちている。 「まあ、それも悪かねえか」 今夜に限っては常よりも熱い、悟空の頬をそっと撫でてやると、眠っているはずのその顔がほわりと微笑む。 大丈夫。 明日はきっと熱も下がって、お決まりのフレーズを口にするに違いない。 だから自分も、いつものように一発を見舞ってやろう。 「まあ、我ままの一つくらいは聞いてやってもいい」 低く呟き、悟空の身体を抱き寄せて目を閉じる。 瞼の裏に、悟空の笑顔が見えた気がした。 copyright(c)karing/Reincarnation 夏のブログに書き出しを乗せたまま、今に至る(汗) 「熱を出す小猿」シチュで、いくつ話しが書けるかなぁ〜なんて、無謀な事を思うこの頃…… 悟空の「旅をやめる」発言は、ss「Next stage」でドウゾ |