今まで生きてきた時間の半分以上を貴方と過ごしてきたけれど、まだ俺の知らない貴方がたくさんあったんだね。
 それを一つ発見するたびに、貴方への思いが強くなるよ。


9・11・24


 大学院を出た三蔵は、八戒や悟浄と一緒に思い切り良く会社を興した。

 その小さな設計事務所は、名前を売る為の手当たり次第のコンペ参加が功を奏して、今ではそこそこの仕事が切れることなく入ってくるようになっていた。
 始めの頃は何日も事務所に泊まり込んで徹夜して、三人とも倒れちゃうんじゃないかってすごく心配だった。
 俺に出来る事といえば食事を作るくらいで、まあその食事だって不恰好なおにぎりと薄かったり濃かったりするお味噌汁という、なんとも頼りないものだったけれど。
「美味しいですよ。 悟空の気持ちがたくさん入っていて」
 八戒の言葉と、悟浄の笑顔、頭を撫でてくれた三蔵の手のぬくもりはいつまでも心に残っている。



 BGM代わりにつけていたテレビはいつの間にか「バレンタイン特集」とやら、ああ、もうそんな季節なんだと思いながら、ノートを滑っていたペンを置いて冷めてしまったコーヒーを一口。
 三蔵は新聞を広げたまま。久しぶりの休みだけど、俺のレポート提出の所為で遊びにも行けない。小さくため息をついてテレビに目を向けた。

『……この国では、男性からバラの花をプレゼントしています。
  9本は「永久に、貴女を愛します」
  11本は「いつ、いかなる時も貴女を愛します」
  24本は「24時間貴女を愛しています」
 花はやっぱり、赤いバラが一番人気があるそうです……』

「赤いバラかぁ」
 花屋の前でレポートするその画像に思わず呟いた。
「男の懐事情に合わせた戦略だな」
 新聞を見ていたはずの三蔵の一言に、
「うわ、三蔵ムードねえ」
 顔をしかめる。
「お前は赤いバラってイメージじゃねえな」
「う〜ん、花は嫌いじゃねえけど…もっと明るい色がいいなぁ、黄色とかオレンジとか」
「ま、お前に花ってのもな」
「なんだよ三蔵、失礼だな」
 なんて、そんな他愛ない会話はその場限りだと思っていたんだ。

「今日も遅いのか?」
「ああ、多分な」
「そっか…」
 同じ部屋に暮らして、三蔵は俺より早く出る。玄関先で見送りながら、この頃いつも帰りが遅い三蔵がちょっと心配。本人は気付いて無いかもしれないけど、顔色だってあんまり良くない。
「お前、レポートはどうなんだ」
「俺は大丈夫だよ」
「そうか…戸締りはしっかりしろよ」
「うん、いってらっしゃい」
 触れ合うだけの軽いキスを一つ。カシャンと音を立ててしまった扉を見つめながら、俺は深いため息をついて、自分も出掛ける用意を始めた。



 2月14日。その日は朝から冷たい雨が降っている。
 忙しい三蔵は、昨夜もその前も事務所に泊まり込んで、休みの朝は一人ぼっちで迎えた。
「三蔵…ちゃんとメシ喰ってるかなぁ」
 きっと三蔵だけじゃない、八戒も悟浄も徹夜のはずだ。俺にとって、二人も大切な友達。というより、兄さんかな。だからやっぱり心配。
「弁当、作ろっか…」
 休みだから時間もあるし、今からなら昼飯に間に合うかも。
 俺はコートを羽織ると、傘を掴んで部屋を飛び出した。

「よし、完成」
 テーブルに並べた弁当箱には、おにぎり、から揚げ、卵焼きという定番から、ポテトサラダにデザートまで詰め込んだ。
「コンビニでお茶買っていけばいいよな」
 そんなひとり言を言いながら、俺は弁当箱をショッピングバッグへ収め上着に袖を通そうとした。
―――ピンポーン
「ほえ?」
 玄関で鳴ったインタホンに受話器を取ると、「お届けものです」の声。
 扉を開けて驚いた。そこの立っていた人は、大きな花束を抱えている。
「あの?…」
「すいません、先に受け取ってもらえますか」
「え?全部」
「そうです」
 セロファンのガサガサいう音とともに受け取った花束。
「で、サインを…」
「あー、ちょっと待って」
 俺はとにかくそれを抱えたまま一度リビングへ戻ると、テーブルにその花束を置いてから、ハンコを持って玄関へ引き返した。
「ご苦労様でした」
 リビングに戻った俺を迎える大きな花束。受け取りに書かれた送り主は三蔵。
「なんだって花束…」
 言いかけて思い出したあの時の会話。

『お前は赤ってイメージじゃねえな』
『赤よりはオレンジかな…』

「まさか」
 花束全体を覆うセロファンをはがして数えたそれは、9本と11本と24本の鮮やかなオレンジ色のバラ。
「何、だよ…三蔵」
 あんな興味なさそうな顔してたのに。
「こんなにたくさんあっても、花瓶…ない、じゃん」
 目の奥が熱くなった。忙しい毎日なのに、俺、こんなに想われてんだ。
 とりあえず浴室にバケツを置いて、水をはったそれに花束を一時避難。
「花瓶、買わなくちゃな」
 浴室に広がる清しい香りに笑って、今度こそ出掛ける準備を始めた。



 俺の知らなかった貴方の一面を見つけるたびに嬉しくなるよ。
 イベント事に無関心なクセに、意外とロマンチックなところ。
 新しい貴方を発見する度に、もっともっと貴方を好きになる。

「来月は、何を返そうかな」
 この先の楽しい事を思って、俺は水溜りを飛び越えた。



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今年は寒い日が続きますねえ。
久々のパラレルは、ほとんど悟空だけしか出てない(あれ)話になりました。

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