―――Happy Birthday to You♪

 八戒が教えてくれたその歌は、一年でたった一度だけうたう歌。
 大切な人のために……大好きな人のために……

 歌と一緒に、俺の気持ちが届けばいいな。


Happy Birthday to You


 外の空気が冷たくなって、風が吹くと思わず首をすくめてしまう季節。
 また今年も近づいた。 一年の中で一番大切な一日。

 たったったっと規則正しい足音。 扉の前で止まって小さく呼吸、ノックをしようとしていきなり開いた扉に、おでこをぶつけた。
「イテっ! イテテ」 
「悟空! 大丈夫ですか、申し訳ありません」 驚いたのは傍仕えの方だ。
 腰を折って覗き込んだ愁由に、おでこを撫でながら大丈夫と笑って、悟空は執務室に入っていく。
「三蔵。 八戒んとこ行ってくるな」 と、いつもの一言。
 咥えていた煙草を灰皿に押し付けながら、三蔵は悟空に向かってお決まりの一言。
「遅くなんじゃねえぞ」
「うん。 じゃない、はい」
 悟空の返事もお決まりだ。 「行ってきます」 とニッコリと笑い、くるんと向き直って扉へ向かう。
「気をつけて。 暗くならないうちに帰ってくださいね」
 緩んでしまったマフラーをしっかりと巻き直しながら、愁由は柔らかく笑った。
「うん。 行ってきます」
 そう言って、悟空は執務室を出て行った。
「毎日毎日。 何がそんなに楽しいんだか」
 三蔵の呆れた声音の、けれどほんの微かな苦さを感じ取って、愁由は何も言わずに頭を下げて部屋を後にした。


「こんにちは。 八戒、悟浄」
「いらっしゃい、悟空」
「よお」
 悟空を迎え入れてくれた、悟浄の家のリビング。 続きになっているキッチンには、すでに準備が整っていた。
「それじゃあ、始めましょうか」
「うん。 お願いします」
「はい、こちらこそ」
 エプロンをつけて、ぺこりと頭を下げた悟空と八戒は。それぞれ材料を手に取った。

 三蔵の誕生日の10日ほど前。
 『三蔵の誕生日にこういうの作ってみたいんだけど』
 悟空が八戒に見せたのは、町の洋菓子店の広告だった。 数種類のケーキやデザート。 その中で悟空が指差したのは、真っ白なクリームと真っ赤なイチゴが乗った、デコレーションケーキ。
 『お金持ってないから買えないけど、もしかしたら八戒なら作れるかと思って……』
 そう言われた八戒はケーキの広告と、悟空の顔を交互に眺め。 そして、『三蔵は、甘いものはあまり食べないんじゃないですか』 という言葉を飲み込んで、『それなら、僕と一緒にがんばってみましょうか』 と笑った。

「じゃあ、始めましょうか」
 そう言って、八戒はボウルに卵を割りいれた。
 三蔵の誕生日にケーキを作ることになって、悟空は連日悟浄の家を訪れ八戒と相談を重ねた。
 八戒の予想通り、三蔵はあまり甘いものは口しないという事が分かったが、嫌いという訳では無いというので生クリームではなく、甘みを抑えたチョコレートクリームを使ったケーキを作ることにした。
 誕生日当日の今日、朝から作って夕食の時にお祝いをするという事になっている。 もちろん、今日は悟空と三蔵だけのお祝いだから、八戒たちは明日、冷やかし半分で三蔵の元を訪れる計画になっていた。
 そして当然、三蔵はこの事を知らない。 いや、知ってはいる。 けれど、黙っているだけだ。 どうしてなんて、聞かなくても分かっている。 三蔵とはそういう人間なのだと、八戒や悟浄も承知している。

「チョコレートは、ゆっくりかき混ぜてしっかり溶かしてくださいね。 悟空」
「分かった」
 ふだんのおしゃべりからは想像もできないが、悟空は口を真一文字に結んで、真剣に鍋の中身を凝視している。 様子を見に来た悟浄が、その真剣さにからかう気にもなれずに、肩をすくめてリビングへ取って返したくらいだ。
 悟空がその全てで三蔵を恋い慕う姿は、微笑ましくもあり二人にとっては眩しくもあった。


「出来た……」
「頑張りましたね、悟空」
「八戒……ありがとう」
「なかなかの出来じゃねえか」
 後ろから覗き込んだ悟浄は、悟空の頭をかき混ぜた。
「へへへ」
 誇らしげに笑った悟空を隣に、八戒はそのケーキを綺麗にラッピングしていく。
「ジープで送りましょうか?」
「大丈夫、まだ明るいから歩いて帰るよ」
 ケーキの箱を受け取りながら悟空が言うと、八戒も頷いて箱を手渡した。
「気をつけてくださいね」
「うん」
 玄関で二人に見送られた悟空は、両手でしっかりと箱を抱えると、小さく頭を下げた。
「八戒悟浄、ありがとう」
「気をつけて帰れよ」
「明日、お邪魔しますね」
 別れの挨拶の後、二人は小さな背中が見えなくなると互いに笑いあって、家の中へ入っていった。


■  □□  ■  □□  ■


 宵闇が外を覆う頃、寝室の自分のベッドの上で、悟空は膝を抱えていた。
 悟浄の家からの帰り道。 そのちょっとした出来事に、思いが留まってしまう。
 自分の行為に後悔はしていないけれど、それでも「もしも……」と、思わずにはいられなかった。
「どうしよう……」
 悟空は傍仕えが夕食の時間だと呼びに来るまで、薄暗い寝室で一人途方に暮れていた。

「何かあったのか?」
 普段に比べて格段に静かな食卓で、三蔵は大人しく箸を動かす悟空に声をかけた。
「え、あ……何も、何もないよ」
 弾かれたように上がった悟空の表情に、それが嘘だと三蔵にはすぐに解ったが、あえて追求する事もしないで、「そうか」と食事を続けた。

 夕食が済むと、悟空はやっぱり何も言わずに寝室へ向かい。 その後姿を三蔵は黙って見送った。 
 何かがあったことは明白だが、だからと言って無理には聞かない。 
 自分で解決できる事は自分でする。 立ち止まって考えて、歩き出すまで。 つまづいても転んでも、自分で起き上がれるのなら手は貸さない。 それが三蔵の悟空に対する優しさだ。 手を引かれることなく、いつか共に並んで歩んでいけるだけの強さを、悟空が身に着けるために。
 三蔵はソファに身を沈め、新聞を開いて活字を追い始めた。
「三蔵様、よろしいでしょうか」
 傍仕えのノックがしたのは、それから暫くたってからのこと。 入室を許可すると、愁由はいくらか潜めた声で来客を告げた。
「お会いになられますか」
 問いかけに無言で立ち上がると、三蔵は部屋を後にした。


 愁由が両手で抱えたカゴには溢れるほどの秋の実り。
 三蔵の元を訪れた男は、ヒザを折り額を地面につけて子供の無礼を詫びた。 三蔵にしてみれば、それが無礼だとは欠片も思わなかったのだが。

 悟浄の家からの帰り道。 悟空は泣いている子供を見つけた。
「どうしたんだ」 当たり前のように声をかける。
 子供は泣きながら、病気の母親に美味いものを食べさせようと必死に貯めた小遣いを、いわゆるいじめっ子グループに奪われたと話した。
 このままでは家に帰れないと涙をこぼす子供に、悟空はためらうことなく持っていた箱を差し出した。
「これ持って、早く帰りな。 また変な奴らに見つかるなよ」
 涙に汚れた顔が困ったように見上げるのを、悟空は笑って早く帰れと促す。 自分を振りかえりながら帰っていく子供見送って、一度大きなため息を吐くと悟空は走り出した。

「三蔵様への捧げ物を貰ってくるなど、とんだ無礼を働きまして。 なんとお詫びを申しあげたらよいのか……こいつには厳しく言ってきかせますので、どうかお許しを」
 子供が持ちかえった箱を開けるとそこには「三蔵、おめでとう」の文字が入った菓子。 三蔵が誰の事を指すのか、知った途端父親は子供を叱り飛ばし、菓子の箱とカゴいっぱいの山菜を持って、寺院の門をくぐったのだ。

 頭を上げない父子を見下ろして三蔵が静かに口を開いた。
「その菓子は持って帰れ」
「しかし、そのお品は三蔵様の……」
 顔も上げずに言葉を紡ぐ父親へ三蔵は続けた。
「それは、悟空が母親への見舞いとして送ったものだ。 突っ返すというのは、悟空の厚意を踏みにじる事になる」
 三蔵と名前の入った菓子を渡した悟空も悟空だ。 だが、怒りも呆れもない。 悟空の優しい気持ちが三蔵を温かくする。
「泣いている子供を哀れんだ訳じゃねえ。 アイツは困っている奴を見過ごせねえだけだ、味の保障は出来ねえが持って帰って母親に食べさせてやれ」
「三蔵様の仰るとおりですよ。 悟空の気持ちを汲んであげてください」 そう言って愁由は菓子の箱を子供へ手渡した。
「三蔵様……ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
 父と子は揃って深々と頭を下げた。

「悟空が沈んでいた理由はこれだったのですね」
 戻ってきた悟空の落ち込んでいた原因を知り、そして少年の清かで優しい心根に愁由の顔が綻ぶ。
「アイツにしては上出来だな」
 呟いた三蔵もその紫暗を細めた。


■  □□  ■  □□  ■


「悟空」
 寝室で丸くなっていた悟空の隣へ三蔵は腰を下ろすと、その濃茶の頭をかき混ぜて引き寄せた。
「三蔵?」
 戸惑った声を出す悟空に構わず続ける。
「子供が父親と礼を言いに来たぞ」
「えっ」
 驚いた悟空は、三蔵の穏やかな瞳に出会う。
「三蔵……ごめんなさい。 三蔵に渡すプレゼントなのに、俺……」 悟空の鼻の奥が熱くなった。 必死に歯を食いしばる。
 そんな悟空に三蔵は目を細めて、
「良いことをしたな。 悟空」
 まろい頬へ唇を寄せた。
「何よりのプレゼントだ」
「三蔵……」
 金色の大きな瞳からポロリと一粒涙が落ちる、三蔵に抱きついてしゃくり上げると、三蔵はその身体を抱き返しながら小さな背中を撫で続けた。

「三蔵……八戒にね、教わった歌があるんだけど聞いてくれる」
 暫くして落ち着いたのか、赤みの残る金瞳で見上げる悟空に、三蔵は小さく頷いた。 腕の中で、悟空の声が響く。
「ハッピバースデー、トゥユー……」 頬を薄紅に染めて悟空が歌い出す。
「誕生日おめでとう、三蔵。 大好きだよ」
 三蔵の腕の中でヒザ立ちになると、悟空は額の紅いチャクラに口付けを贈った。


 安らかな吐息をこぼす幼い寝顔を眺めながら、三蔵はゆっくりと悟空の髪を梳いていた。
 毎年、悟空から贈られる誕生日プレゼントは、三蔵の心に温かい火を灯していく。 口には出さないけれど、この日が一年の中で特別な一日になったのは、悟空と出会ってからだ。
 そのやんちゃぶりに頭を抱える事も少なくないけれど、純粋で真白の心をもつ悟空が傍にいるだけで、ささくれた気持ちが癒されていく事も事実だ。
 怒りや悲しみだけが生きていく糧ではないと教えてくれた悟空の存在は、確かに三蔵の中の何かを変えた。
 その変化に戸惑う事もあったけれど、きっともう手放せない。
「お前が居るだけで十分だ」
 特別なプレゼントを贈られなくても、自分は毎日たくさんのものを悟空から貰っている。 言葉にはしないけれど、悟空に出会えたことが自分にとって何よりの贈り物だ。
 
 金鈷から覗く額に唇を押し付けてその身体を抱き寄せる。 意識が落ちる間際、悟空の輝く笑顔が見えた気がして、三蔵の口元が微かに上がった。



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大幅に遅刻した、三蔵サマ生誕ss。
久しぶりに寺院に居る頃の、ちっこい悟空のお話。 甘えっこでやんちゃで、そして三蔵がダイスキな悟空と、気分はすっかり父親(笑)な三蔵サマ。
ラブというより、ほわんとした気分になっていただければ、是幸い。

遅くなったけど、今年もお祝いできて良かったデス。

2012/12/16 花淋 拝

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