もう本当に声を大きくして叫びたい。
 俺の三蔵は、すっごくすごーぉく優しい人なんだよっ!―――と…


My Family


 新年のお勤めは大晦日からの夜通しで、お坊さんにはとても大切だけど、でも結構ハードだったりする。
 寺は小さくても稀代の最高僧三蔵法師が御座するここは、訪れる参拝者がけして少なくはない。
「面倒くせぇ…」
 はいつもの口癖。でもその一言で片付けられない事は、三蔵自身がよく解っていること。だから、仏頂面を三割り増しにしながらも、年越しの祈祷は、毎年三蔵の手で行われていた。去年まではね。

「なあ…」
 もう何度目かな、この呼びかけは。そして、隣に座る三蔵のチラ見も何度目?でもって、何度目かの同じ質問。
「本当に、行かなくていいの」
 対する三蔵の 「行かねえ、俺は僧正じゃねえからな」 と呆れを含んだ声が応える。
「それはそうだけど…さぁ」
 ああ、もう。さっきからグルグルと同じ会話。が、どうして続いてるのかというと。


□ □ □


「え?今年は大晦日しか出ないの?」
「当たり前だ、俺もうここの僧正じゃねえ。新年の祈祷は俺から代わった愁由がやるに決まってんだろ」
「それはそうだけど…三蔵もしかして、愁由に僧正を任せたのって、それが理由じゃないよね」
「てめえ、人を馬鹿にしてんのか」
「ややや、とんでもない」
 この春、三蔵は自ら興したこの寺の僧正の座を愁由に譲った。俺たちが西へ旅立つ前から、傍使えとして三蔵に仕えていた愁由を、三蔵はとても信頼している。もちろんそれをはっきりと口にした事はないけど。
 愁由は性格が穏やかで、子供からお年寄りまで誰にでも優しい。三蔵とは正反対で、でも三蔵と同じくらい周りから頼りにされてる。
 寺を興したばかりの頃から、愁由や怜玄はそれこそ寝る間も惜しんで三蔵を支えてくれた。
 悔しいけど、寺のことは俺じゃ全然ダメだからね。町外れの小さなこの寺に毎日人々の笑顔が絶えないのは、三蔵だけの力じゃない。
 だからこそ、三蔵は寺が落ち着いた時期を計って、愁由と怜玄にこの寺を任せようとしたのかもしれない。
 三蔵の優しさは本当にわかり辛いけど、きっとその想いは二人にも伝わっているはずだ。


「まあ、愁由だから心配は無いかぁ」
 早めの夕食の準備をしながらポツリと呟く。年越しの食事はいつも忙しない、それが済めば三蔵は大晦日の祈祷で本堂に詰めっぱなし。
 長安の冬は厳しいから、真夜中の本堂は屋外と変わらない。目の前で護摩を焚いたって、その寒さが尋常じゃない事くらい俺だって解る。
 でも寺の行事に俺は全くの役立たずだから、出来る事といえば戻ってくる三蔵を温かく迎える為に部屋を整えておくだけ。「眠かったら先にベッドへ入ってろ」 って三蔵は言うけど、どんなに眠くても三蔵を迎えるのは絶対に俺の役目なんだ。
「行ってらっしゃい」
「ああ」
 八戒お手製のお蕎麦で夕食を済ませ、三蔵は本堂へ向かう。その背を見送って、自分と二匹の息子犬を風呂に入れてから、俺はお茶を片手に静かな大晦日の夜を一人で過ごした。
「今年もいろんな事、あったなぁ」
 これまでだったらあり得ないことだけど、今は一人ぼっちが寂しくない。もちろん五百年の暗闇も辛い戦いの記憶も、けして忘れる事はないけれど、それすらも霞の向こうへ追いやってしまう程、毎日の暮らしが充実してるって事だ。
 大好きな三蔵と仲間に囲まれて、「幸せ」ってこういう事なんだよね。
 いつの間にか、外から除夜の鐘が聞こえてくる。
「琥珀、淡雪」
 二匹の息子たちを足元に呼んで、
「年が明けるぞ、今年もいい年にしような」
 その頭を撫でながら呟けば、元気な返事が返って来た。
 さあ、もうすぐ三蔵が帰ってくる。「おかえりなさい」と抱きついて、冷たくなった法衣ごと俺があっためてあげよう。くふんと笑いを一つ落として、ソファから勢いよく立ち上がった。


□ □ □


「おかえりなさい、三蔵。寒かったろ」
 年が明けて間もなく、三蔵が冷えた空気を纏って帰ってきた。予想通りの冷たい身体にギュッと抱きついたら、「冷たいだろ」 と苦笑いの声。
「うん、冷え冷えだ」
 だから、俺も笑って応えた。
「お疲れ様。それから、明けましておめでとう三蔵、今年もよろしくな」
 真っ直ぐに菫色の瞳を見つめた。
「―――ああ、今年も頼む」
「うんっ!」
 透き通るような三蔵の微笑み。それから冷えた手が俺の頬を包み込む、目を閉じて踵を上げると、触れた三蔵の口唇はやっぱり冷たかった。


 薄闇の中、キシリとベッドが軋む。衣擦れの音と小さな足音、細く目を開けた先に一筋の明かり、それがゆっくりと閉まっていく扉と共に、また部屋の中を薄闇に戻す。
 俺は布団の中で声を上げずに一人笑った。
 夜明け前の気温が下がる時、本堂で続けられている祈祷は、体力的に精神的に今が一番キツい時刻。
 隣で眠っていた三蔵がどこに行ったかなんて、探さなくたって分かる。三蔵はそういう人なんだ。

―――ああ、俺の大切な人は、不器用だけどとても優しい人です

 そうか、家族ってこういものなんだ。そして布団から顔を出し、仄暗い天井を見上げながら、すっかり冴えてしまって頭で考えたのは、今、俺には何が出来るかなって事。う〜んと眉を寄せて、それから。


「おはよ」
「悟空様!」
 僧院の厨房へ入っていくと、賄いの僧徒が驚いたような声を上げた。どうも、「悟空様」って呼ばれるのは慣れない。
「このような夜も明けきらぬ刻限に、どうなされました」
 この丁寧な言葉遣いもやっぱり苦手。
「うん…新年の朝餉くらい、みんなで食べようかなって思って。俺にも手伝わせてくれる?」
「そ、そのような…三蔵様や悟空様まで、我々と食事を共になされるというのは」
 予想通りの反応だけど、ここで引いてちゃ何も始まらない。
「でもここはさ、三蔵だけの寺じゃないだろ。みんなが三蔵や愁由を助けてくれるから、お参りしてくれる人たちがたくさん出来たんだよ。ここに住んでる者全員が家族みたいなもんじゃないか」
 それでも、賄い係は顔を強張らせたまま。そんな時。
「悟空?」
「あ、怜玄。よかった良いトコに来てくれた」
 厨房に入ってきたのは、愁由の片腕。怜玄はこの寺で三番目にエライ人。
「驚きましたよ、悟空。三蔵様が一番下座に座して御手を合わせておられるのですから」
「はは、三蔵は恥ずかしがりやだからね」
 俺の言葉に 「三蔵様の事を、そのように言えるのは悟空だけですよ」 と怜玄は笑った。そして、俺はここに来た理由を話し始め、彼はいつもの優しい顔で俺の申し出を受け入れてくれた。
「ありがとう悟空。僧正様もきっと喜んでくださる」
「そうかな…そうだといいな」
 湯気の立つ鍋を前に、俺と怜玄は二人で笑いあった。


□ □ □


「お前にしちゃ、気が利いたな」
「へへへ」
 すっかり陽が昇った新年の朝。みんなとの食事を終えて庵に戻ってきた俺たちは、ソファで寄り添ってコーヒーを飲んでいた。
「でもさ、みんなちょっと緊張してたよな」
 愁由や怜玄以外のお坊さん達の顔が、微妙にヒクついてたのを思い出して苦笑いを零す。
「ま、慣れろといっても無理な話だがな」
「だね」
 そんな会話をのんびりと続けながら、柔らかい陽射しが差し込むリビングで、新しい年の最初の一日を大好きな三蔵と一緒に過ごす。
「今年はどんな年になるのかな」
 旅をしていた頃は明日の事さえ不確かな日々だったけど、今はどんな未来だって夢見る事が出来るんだ。
「旅でもするか、南に」
「ええっ!? 旅ぃ?」
 ソファに沈んでいた身体が飛び上がった。俺の心を読んだような三蔵の言葉に、思わずその顔を覗き込む。
「あいつ等抜きでな」
 あいつ等って、八戒と悟浄の事? 首を傾げた俺に、三蔵はニヤリと口の端を上げた。西から戻るときに交わした、他愛ない約束。三蔵はそういう小さな事もちゃんと覚えてくれている。
「旅かあ…うん、それも楽しそうだな」
 二人だけで、目的も場所も決めないそんな旅もいいかもしれない。密かで楽しい計画。その時だった。

―――ピンポーン

 来客を告げるチャイム。途端に三蔵は、あからさまな渋面。
「三蔵ぉ、分かりやすいぞ」
 鼻を鳴らす三蔵に苦笑いして立ち上がる。誰が来たのかは十分承知。
 その廊下を玄関に向かいながら、
「今年も変わらないか」
 呟いて扉を開いた。
「明けましておめでとうございます、悟空。今年もよろしくお願いしますね」
 大きな風呂敷包みを抱えた悟浄を従えて、八戒が笑う。その肩で、ジープが一声鳴いた。
「明けましておめでとう、八戒悟浄。今年もよろしくな」
 リビングに揃った四人は、きっとずっと変わらない。


「正月っから、シケた顔してんなよ。三蔵サマ」
「正月早々、何しに来やがった。河童」
「まあまあ、二人ともお正月なんですから」

 八戒と悟浄と。愁由と怜玄、そして寺のみんな。
 三蔵が動かしてくれた俺の時間は、みんなとちゃんと繋がってる。

―――本当の幸せは、何気ないところに在るものなんだ



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謹賀新年(今さら…orz)
今年は、もう少し更新頻度が上げられるように、努力します。
どうぞ、お付き合いくださいませ(ペコリ)
花淋 拝

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