往 く 道



 荒野を西へ―――

 厄介な寄り道も、危険な人助けも、そこにはきっと何か意味があるはず。
 無駄な一日、時間など在りはしない。
 だって―――


「そうでもなきゃ、やってられませんよ」
 ジープを繰りながら、声だけはのんびり聞こえる八戒の言葉。
「終わったら、俺たち何かご褒美出んの? な、三蔵。 なっな」
 しかし有髪の最高僧は己が飼い猿の言葉など、きれいさっぱり無視して片肘をついて煙草を咥えていた。

「何だろうなぁ、喰いモンかなあ。 今までに喰ったことないくらい美味いモンとか」
 もはや背後の小猿の頭の中は、食卓目いっぱいの飯、飯、飯だ。
「バ〜カ、褒美っつたら金銀財宝と決まってるっしょ」
「え〜、金なんか喰えねえじゃん」
「お前は、喰いモンの事しかねえのかよ」

 そんな、もう何度も聞かされた、耳にタコなんて生易しい表現でもなく、とにかくまともに返事をするのもバカバカしい、無意味な無限ループの会話。
 運転席の八戒は、苦く笑い。 隣の三蔵は眉ひとつ動かさなかった。


「何か静かな町だよな」
「これもやっぱ、妖怪の所為なのかな」
「無いとは言い切れないでしょうね」
 逗留を決めた宿の一室、夕食を終えた一行は思い思いのグラスを片手に、この先のルートを相談していた。 とは言うものの、このところ計画通りに進めたためしはないのだが。
「でも、こんだけ西に近づいてきてるのに、俺たちってばどこに牛魔王が居るのか知らないよね」
 悟空にしては随分と的を得た発言だ。
「そうですね。 何か聞いてますか三蔵」
 三蔵は応えない。
「三蔵……聞こえてますか」
 三蔵はゆっくりと面を上げた。
「三蔵、どっか具合でも悪いのか」
 悟空がその顔を覗き込む、大きな金瞳が心配そうに揺れている。
「……別に、俺は何も聞いてねえよ」
「三蔵……」
 悟空の視線から逃れるように、煙草を咥えると火をつけて思い切り吸い込んだ。
「今日はもう遅いですから、これでお終いにしましょうか」
 八戒の提案に、
「だな、久しぶりの布団だからよ、俺も寝てえわ」
 煙草を灰皿に押し付けながら、悟浄が立ち上がる。 八戒は地図を畳みながら、
「じゃあ、僕たちは隣に移りますね。 おやすみなさい三蔵、悟空」
「おやすみ、八戒悟浄」
「じゃな」
 言葉を交わし、手を上げて二人が部屋を後にした。
 沈黙が下りて、悟空が盗み見るように三蔵へ視線を向ける。 三蔵は煙草をもみ消して 「寝る」 とたった一言。
 ベッドへと向かうその背中へ、悟空は慌てて声をかけた。
「さ、三蔵」
 三蔵はゆっくりと振り向いた。 悟空は、まさか三蔵が振り向くとは思いもよらず、次の言葉が喉の奥へするりと落ちていった。
「……何だ」
 三蔵は無表情のまま、悟空を見ている。
「あの……その……一緒に寝て、いい」
 そして、決死の思いで告げた願いは、いともあっさりと叶えられた。
「好きにしろ」
 素っ気なく答えてベッドへ向かう。 悟空もその後を追った。

 同じベッドに入ってはみたものの、悟空は三蔵の顔を見られないでいた。

―――どうしよう……

 広くはないベッドに身を寄せながら、けれど悟空は三蔵へ背中を向けて小さく丸まっている。
 三蔵は気にした風もなく静かに呼吸して、悟空には寝ているのか起きているのか分からない。
 「一緒に寝たい」 「好きにしろ」 二人にとっては決まり文句。 常ならベッドへ入れば、悟空は自然と三蔵に身を寄せ三蔵は普通に、その身を抱き寄せた。
 今は、三蔵に触れることが怖かった。 もし、彼に拒まれたら。 普段なら考えもしない事が、今夜はいつまでたっても頭の中から出て行ってくれない。

 西へ近づくたびに口数が減った。 遠い目をして、道の先のさらにその先、悟空には想像すらもできないような、そんな事をそんな場所を目指しているように。
 隣に居るのに、触れることも出来るのに、三蔵の心だけが悟空から遠ざかっているようだった。
 三蔵を支えたい。 命を守ることはもちろん、三蔵の想いや心を支えたい。 悟空が誰にも告げず、自らに立てた誓い。 そのためなら、どんな苦難も耐えてみせる。
 それなのに、今夜は三蔵を見てその身に触れることが怖かった。
 このままでは、三蔵に気付かれる。 きっと、聞かせたくない声まで届いてしまう。 結局悟空は、ベッドを降りるために体を起こした。
 三蔵の方を見ないように、布団に手をついて立ち上がろうとした途端。
「どこへ行く」
 言葉とともに腕を引かれた。
「さ、三蔵」
 驚いて振り向いた悟空に、三蔵はもう一度同じことを言った。
「どこへ行く気だ」
「あ、あの……俺」
 つかまれた腕を振りほどくこともできず、悟空は下を向いて言葉を続けた。
「あの、やっぱりそっち移るから。 三蔵……その、疲れてるみたいだから。 二人だとベッド狭いし……だから、あの」
「行くな」
「えっ」
 一瞬、耳を疑った。
「三蔵……」
「行くな、ここ居ろ」
 三蔵を見つめる。 いつもと同じ、けれど初めて聞く三蔵の声。
「どこへも行くな、お前が居ないと……眠れない」
「っ……」
 引かれた体は、何の抵抗もなく三蔵の腕に収まり、悟空が背中を抱き返せば同じだけその腕が強くなった。
「三蔵ぉ」

―――ああ、この人は……俺の全てだ

 誓いを立てた。
 守ること、支えること、そしてけして離れないこと。
 今日その想いが今までより、強くなった。

「そばに居るよ、ずっとずっと一緒にいるから」
「当たり前だ」
 いつもと同じフレーズが、今夜は少しだけ頼りない声。
「三蔵……大好き」
 返事はなく、悟空が顔を上げるとそこには、静かに上下する胸と穏やかな寝顔。
 声もなく笑い、首を伸ばして掠めるようなキスをする。
「おやすみ、三蔵」
 もぞもぞと胸元まで下りてくると、当たり前のように抱き寄せられる。 悟空はすぐに眠りに落ちた。


 光の中を二人で歩んでいた。
 手を取り合い、先を行くでも後を追うでもなく、並んで同じ歩調で。
 時折、目を合わせて微笑みあって。


 そんな夢を、二人は共に見ていた。






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本日、Reincarnationは11歳になりました。
10年越えてしまいました。 早いです、長いです(笑)
そして、続いてきたのは間違いなく、ここを訪れていただいた皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます。
ここ数年は、更新らしい更新もなく、申し訳ない思いでいっぱいです。
きっと、この先もこんな調子だと思いますが……
でもでも、毎年言い続けていますが、止めるつもりは爪の先ほどもありません!
なので、これからも気長にお付き合いいただけると、嬉しいです。
11年、本当に本当にお世話になりました。 そして今日からまた、よろしくお願いいたします。
2014年11月19日 花淋 拝


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