I believe
 
 からりと気持ちのいい天気ではないけれど、梅雨明けはそう遠くないだろうと期待が持てる近頃。
 執務室で筆を取っていた三蔵は、外から聞こえてきた子供の声に顔を上げた。筆を置き懐を探って愛煙を一本咥えると、ふらりと立ち上がりそのまま執務室を抜け出す。
 声を目指して本堂を折れると、悟空と子供たちが大きな笹を前に歓声を上げていた。
「ケンカしないで仲良く書くんだぞ、大きい子は小さい子の短冊も吊るしてやってな」
 そんな悟空の言葉に、三蔵は口角を上げる。 一昔前なら輪の中心にいた彼が、今は一番外側にいて子供たちを眺めていた。そしてそんな何気ない風景の中に、ともに過ごしてきた時間を感じることができる。
 短い腕を精一杯伸ばして自分を求めた小さな子供。
 一人が寂しいと泣き、二人が楽しいと笑った子供。
 自分の中に特別な感情があると知った時、そして養い子から同じ想いを返され時。

 西への旅路は、互いの肉体を傷つけ心を病んだ事もあったけれど、二人を結んだ糸はけして切れることは無かった。
 たった一人巡り逢った、唯一無二の己が半身。
 激流に飲まれていた三蔵の精神(こころ)を凪いだ清流へと変えた奇跡の人。向ける笑顔は変わらず清かな花のようだと思う。
 
「さんぞー様」
 下から聞こえた声に視線を落とす。小さな男の子が手に短冊を持って、三蔵を見上げていた。
「何だ」 三蔵は自然に膝を折って子供の目線に降りてくる。
「あのね、悟空兄ちゃんはもうお願い事は叶ったから書かないんだって」
 膝を折ったままの姿勢で悟空を見れば、こちらを向いてニコリと笑う。小さく頷いたのを見て、三蔵は視線を子供へと移した。
「悟空の分まで、願い事を書けばいい」
「でも…さんぞー様は?さんぞー様はお願い事書かないの?」
 首を傾げた無邪気な質問に、三蔵は微かに苦笑いして、「俺の願い事も叶ったから、短冊は書かないな」と答えた。
「叶うの?ほんとーに七夕にお願い事すると、叶えてくれるの」
 子供の輝く瞳が、いつかの養い子と重なる。
「ただ書くだけじゃ駄目だな」
 三蔵は立ち上がって子供を見下ろした。
「願い事ってのは叶うと信じる事、叶えてみせると努力する事が肝心だ」
「ど、りょく?かん、じん?」
「がんばる事だ」 そう言うと瞳を細めて、子供の頭をくしゃりとかき混ぜた。
「がんばること…うん分かった、さんぞー様!ぼく、がんばる」
 満面の笑顔で、子供はまた輪の中に戻っていく。代わって悟空が三蔵の隣へ歩み寄った。
「お願い事は無いの?三蔵様」
「そういうお前はどうなんだ」
 「俺?」と首を傾げてから、悟空はふわりと笑って言葉を続ける。
「本当に叶えてほしかった事は叶ったし…欲しいものは、自分で手に入れろ。だろ」
 ぐっと握った拳を胸の高さへ上げる。
「雨、降らないといいな」 
 呟いて悟空が寄り添うと、三蔵がそっと肩に腕を回した。



 夜になって吹き出した風が雲を飛ばし深い藍の空には幾億の星の瞬きが広がり、寝室から庭へ出た悟空が広い夜空を見上げた。
「明るいと思ったら今日は満月だったんだな」
 解いた後ろ髪を風に躍らせながらゆっくりと瞳を閉じる。身体が軽くなって今にも大空へ飛び立てそうな気がした時、
「どこへ行く気だ」
 不機嫌な声と力強い腕、包み込む仄苦い匂い。
「三蔵…」
「目を離すと、すぐこれだ…お前は」
 三蔵の苦い声に、悟空は忍び笑いを浮かべる。
「見て三蔵、今日は満月だ」
 再び金瞳を空へ向けた時、ふわりと悟空の身体が浮かんだ。
「三蔵?」
「満月で明るいからな、織姫と彦星に見せ付けたいのならここでも構わねえぞ」
 隠れた言葉の意味を察して、悟空の頬が朱に染まり、それからゆっくりと三蔵の首に腕を回して囁く。
「二人の邪魔しちゃ悪いじゃん…」 
 その言葉に触れるだけのキスを返して、三蔵は悟空を抱き上げたまま寝室へ消えていく。

 空はいつの間にか月を雲で隠し、代わりに星の川面を輝かせていた。


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七夕と満月。
二人のためにあるようなシチュでしょう(笑)

09/7/7 花淋拝

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