#01 出逢い

 ある日、仕事帰りの三蔵は道の脇で、不思議なイキモノと出逢いました。

 姿形は人間なのに、その小さな頭の上には、ふわふわとどこから見ても「うさぎの耳」が、半ズボンに隠れたお尻には、これまたどこから見ても「うさぎのしっぽ」が付いておりました。
 しかし、三蔵が何より強く惹かれたのは、くるくるとよく動く大きな大きな金の瞳でした。

 つかの間見つめあって、先に口を開いたのは、そのイキモノでした。
「俺を拾ってくれる?」
 下から見上げられて、三蔵は確かに自分の心臓が、とくんと鳴ったのを聞きました。
 そして ――

「お帰りなさいませ、ご主人…様」
「ああ」
「あの、そちらは」
「さっき、拾った」
 大きな屋敷の扉を抜けて、自分の手を引いたままのその人を、少年はずっとにこにこと眺めていた。やがて、広い部屋に入ると、その人はくるりと少年に向き直りました。
「お前、名前は」
「俺?俺はね、悟空!」
 少年の元気な声と共に、頭の上で白く長い耳がピンと跳ねました。

 こうして、白うさぎ(?)の悟空と、三蔵様の奇妙な二人暮しが、幕を開けたのでした。





#02 ふにふに

 道端で拾った「白うさぎ」の悟空は、自分の事は何一つ知らないと語った。

「本当に、何も知らないのか」
「うん…気付いたらあそこに居て、でも誰も気付いてくれなくて…ご主人様が初めて、俺を見つけてくれたんだよ」
「ご主人様?」
「さっきの人がそう呼んでた。違うの?」
 そう言って、首を傾げる仕草に、おもわず目を奪われる。
「俺の名は三蔵だ」
 答えた自分の声が上ずっている事に、苦笑が漏れた。
「さんぞー…って呼んで、いいの?」
「好きにしろ」
「うん!」
 とくん。と、また心臓が鳴ったような気がした。それを隠すように三蔵は、悟空を引き寄せると、
「そういやお前、この耳は本物か」
 ついと、引っ張れば悟空は「イタイ」と、顔を顰めた。
 三蔵は面白がるように、今度はそのしっぽを掴む。思いがけない肌触りの良さに、彼の手がやわやわと動き始めた。その途端、
「んっ…」
 小さな手が、三蔵のシャツを掴んだ。
「悟空?」
「ぁん…さんぞ…しっ、ぽ…ふにふに…しちゃ…ダメ」
 悟空の顔は朱く、とろりと溶け出しそうな蜂蜜色の瞳が、三蔵を見上げる。半ズボンから覗く足が、ピンク色に染まっているのを見て、彼は慌ててしっぽを離したが、悟空はすっかり力が抜けてしまい、その細い身体を三蔵に預けてしまっていた。
「ん…さんぞー、あったかい」
 囁くようなそれを最後に悟空は穏やかな眠りに落ちて、その身を腕に抱きながら、三蔵はほんの少しだけ、この白うさぎを拾った事を後悔したのだった。





#03 本気?

「で、出社しない理由がこれですか?」
 深緑の瞳が苦笑いを浮かべて、八戒は目の前の二人を見つめた。
「連絡もなしに1週間も休むから、何かあったのかと思えば…もう少し、自分の立場を考えたらいかがですか」
「俺が居なくても困ってねえだろ」
 悪びれた様子を欠片も見せずに言うのだから、まったく話にならない。
「何処で見つけたんですか、こんな可愛い子」
 三蔵の背後にピッタリとくっ付いて、こちらを伺う大きな金瞳と真白の耳に、目を向けた。
「道端で拾った」
「拾った。って、貴方、犬や猫じゃないんですから」
「せぇな、コイツが拾ってくれって、言ったんだよ」
 にわかには信じられないが、これ以上は何を聞いても無駄だと言う事も、よく解っている。八戒はあっさりと話を切り替えた。
「とりあえず、この書類だけは目を通して指示をお願いします」
 差し出された茶封筒を受け取りながら、デスクへ向かう三蔵。その後を追おうとして少年は、今の今まで黙っていたもう一人の手に捕まった。
「この尻尾、本物?」
 片手で腰を抱き寄せ、大きな手が真白の尻尾を掴む。
「お、いい手触り♪」
 にやりと口の端を上げ、尻尾を掴む手が不埒な動きをする。
「い、いや〜…あ、さん、ぞぉ……あぁん」
「は?」
「え?」
 その途端、
「貴様は悟空の半径5mには近付くな!18禁地球外生物」
 エイリアン?扱いされた青年も、八戒も、その態度に呆気に取られ、三蔵はと言うと悟空を抱き上げ、そのまま奥の寝室へ消えていった。
「な、何だった?今の」
「さぁ…僕にも」
「アイツ…本気(マジ)?あのうさぎちゃんに」
 半信半疑の発言が確信に変わるのは遠くない先の話。





#04 睡眠不足

 睡眠は、生きていく上で重要な要素の一つだ。
 が、
「一人じゃ、寂しい…の」
 元気のいい両耳をしどけなく垂らして、舌足らずに強請られたら、否と言える訳が無い。
「えへ、さぁんぞ…おやすみぃ」
 擦り寄る細い肢体は、拷問だ――――

 どうして振りほどけないのか。と、思う。
 考えれば考えるほど、自分の行動に頭を捻ってしまう。

 少年の呼ぶ声に、笑顔に、触れる熱に…自分が感じる、心地好さ。
 けれど、それが確実に三蔵の睡眠時間を奪っていく。

「さん、ぞ…」
「――――っ!」
 忍耐とか、理性とか、タブーとか…モラルと言う言葉で括られるものを、全て放棄できたら、ここから開放されるだろうか。
 脳から指先に指令がいって、三蔵のそれが悟空の頬を滑り口唇をなぞる。
 ふっ。と、悟空が笑った。
 その途端、三蔵の口元が歪んだ。
「ダセぇ…」
 呟いて息を吐いた。

 毎朝、自分に向けられる太陽ような笑顔。
 失いたくない。と、心の底から思った。
 与えられる耽美な温もりに、ただ目を閉じて身を委ねてみる。
 気まぐれな微睡みが、ゆっくりと三蔵を包み込んだ。





#05 勘弁してくれ

 朝の目覚めは快適が当たり前だ。
 が、
 ここ数日の三蔵は、けして快適な目覚めとは言えない。
「ふにゃ…さんぞぉ」
 寄り添う少年を起こさないように、細心の注意を払う。

 もし、三蔵という人物を知る人がその事実を知れば、口を揃えてこう言うだろう。
「世も末だ」
 あの玄奘三蔵が、他人に対して気を使うなど、それはもう奇跡に近い事だ。(と、言われているのは三蔵本人も預かり知らぬ事だけれど)

「だりぃ…」
 はっきりとしない頭。無造作に髪を掻きあげて、何気なく傍らの…添い寝の相手に視線を移してしまった。
「っ!!」
 安らかな寝息を零す少年の、シャツから伸びる細い下肢。
 着たきりすずめで拾われた悟空は、当然着替えなどある訳も無く、寝るときは三蔵の夜着を借りていた。
 大きすぎるシャツの、上衣だけを身に付け三蔵の隣へ潜り込む。
 ボタンを留めても襟から肩を覗かせ、尻尾の所為でシャツの裾がはだけ、小さな丸みが見えると。それはもう…
「誘ってんじゃねえよ…」
 朝から深いため息を吐いた。

 そして、手を伸ばしたのはけして触る為ではなかったけれど、シャツの裾を下げようとした指先が、可愛い丸みの感触を伝える。
 マシュマロのように柔らかく、吸い付くような肌触りの良さに、三蔵の大きな手がお尻から太ももへと、滑っていく。
「……ん…ぁん」
 その時、少年の口から漏れた震えるような吐息に、我に返った三蔵は引き剥がすように手をどかし、上掛けを悟空の肩までしっかりと掛け直すと、ベッドを出て真っ直ぐにバスルームへ向かった。

「身が持たねえ…」
 無意識に漏れた、それは彼の心の底からの叫びだった。