| おはなのおはなし〜夏の章〜 |
#11 匂い立つ君 昼間の暑さを残す湿った風に頬を撫でられて、悟空の意識が上がる。 「あちぃ…」 眠る仲間を起こさないように呟いて、汗で張り付いたシャツを摘み上げた。その時、ふと風の中に微かな甘い香りを嗅ぎ取って、悟空は誘われる様に立ち上がった。 月明かりの木立の中を、濃くなっていく香りを追って歩いていけば、目の前に現れた光景に、思わず息を呑んだ。 「きれ…」 月光に浮かび上がる大輪の華。真白の花弁を幾重にも纏って、誇らしげに咲き立つその姿が、自分のよく知る人物と重なった。 「三蔵…みてぇ」 思ったままを言葉にする。 「月下美人ってんだ」 呟いた言葉に思いがけない返事が返って、悟空の心臓が跳ね上がった。 「さんぞ…」 草を踏む音が自分の隣で止まって、悟空は顔だけを彼に向けた。 「月下美人っていうの?この華」 「夕方から咲き出して、夜半に満開になる華だ」 三蔵の説明を聞いて、悟空の視線が再び華に向けられる。 「綺麗だね…三蔵みたい、だよ」 微笑を浮かべた少年の表情に、三蔵は小さく舌を打って、その身体を引き寄せた。 「さ、さんぞ?」 「俺が居んのに、華なんかに見とれてんじゃねえ…」 普段のテノールに、少しだけ拗ねた声音を感じて、悟空はその口元を綻ばせた。 「うん…そだね」 そっと腕を背中に回すと、自分を抱きしめる腕も強くなる。 甘やかな空気の中で、青白い月明かりだけが、一つになった影を長く地上へ伸ばしていた。 #12 暖かい腕 「三蔵…」 窓の外から聞こえる町のざわめき、差し込む陽の光がいっぱいに広がるその部屋で、不規則な息遣いが続いていた。 ―――コンコン 扉を叩く音がやけに大きく響いて、悟空は思わず身を硬くした。そうして、ゆっくりとした歩調で近付き、静かにそこを開ければ、その先にトレイを持った深緑の瞳を持った青年が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。 「八戒…」 「三蔵はどうですか?」 その問い掛けに、まるで自分の身体が病んでいる様に、悟空は力なく首を振った。 三蔵が床に伏せて四日。タチの悪い夏風邪は腹に入り込んで、激しい嘔吐を招いた。 医者にかかる事を頑なに拒んだ三蔵だったが、最後は悟空の泣き顔に、渋々医師の診断を受け、宿へ戻るなり布団を被ってしまった。 そして、悟空だけがその部屋へ入る事を許された。 「月桃茶です。今は水分を十分摂る事が大切ですから、それにこのお茶は吐き気を抑える作用がありますからね」 そう言って差し出したトレイを、悟空は「ありがとう」と笑顔で受け取った。 「三蔵、起きられる?八戒があったかいお茶持ってきてくれたから飲も」 悟空の言葉に、今度ばかりは素直に従った三蔵。手渡されたマグカップの中身を一口すすると、露骨に顔をしかめ、 「不味い…」 その口調が少しだけ、普段の三蔵に戻っている事に、悟空がくすりと笑みを零した。 結局は中身を全て飲み干した三蔵は、空になったカップを悟空へと渡しながら、ボツリと呟いた。 「寝る。お前も…寝ろ」 どこで、とは、聞かなくても言わなくても―――解った。 「うん…」 暫く経って、金糸の間から覗く寝顔が落ち着いた事に、悟空が安堵の吐息を漏らす。そうして、常とは逆に愛しい人を抱きこみ、彼の額に小さな口付けを送ると、悟空もまたゆっくりと瞳を閉じた。 月桃(げっとう)茶、実はしょうが味で花淋はあんまり好きぢゃない。。。 良薬口に苦し… お腹壊したのを三蔵サマにしたのは・・・なんとなくデス #13 嫉妬 花に囲まれて笑う悟空の横顔。時折浮かぶ遠い眼差しは、何かを懐かしむかの様に…誰かを探しているかの様に、じっと水面に向けられていた。 蓮池の前から一歩も動かずに。 いつからだろう、そんな悟空の姿に苛立ちを覚えたのは… いつだって養い子の前を歩くのは自分なのに。養い子が追いかけてくるのも、自分だけのはずなのに。 声無き声は、今この瞬間でさえ三蔵だけを呼ぶのに、その金の双眸に映るのは自分ではないのだ。 「くそっ…」 吸っていた煙草を投げ捨て、養い子の細い腕を引いた。 「いい加減にしろ」 だが、三蔵のその怒りの理由が解らず、悟空は金瞳を丸くするだけ。その態度に、 「お前が見てるのは花じゃねえだろ。何を見てる、誰を見てやがるんだ」 三蔵の言葉に悟空の肩がひくんと震え、けれど次の瞬間、少年は花が咲いたように微笑んだ。 「三蔵だよ…俺が見てるのは、いつも…三蔵だけ」 何も言えなくなった。どんな顔をすればいいのかも、分からなかった。 だから―――抱きしめた。 「さんぞ、苦しい、よ」 「うるせぇ」 「三蔵、照れてるの?」 「んな訳ねえだろ」 「照れてるんだ、三蔵」 「黙れ」 三蔵の腕の中で、くすくすと笑いを漏らす悟空の視界が、不意に金色に染まった。 驚いて、それからゆっくりと瞳を閉じて、三蔵の首に腕を絡めた。 時が止まった二人の間を、音も無く流れた風が、水面に浮かぶ花弁をそっと揺らした。 三ちゃん早とちりでヤキモチ妬くの巻 #14 愛娘(クーニャン) 「三蔵見て、俺カワイイ?」 執務室に飛び込んでくるなりの一言。ハリセンを振り上げた格好のまま、最高僧サマは石化した。 「三蔵?どうしたんだ、さんぞー」 数瞬の後、復活した彼は改めてそれを握り直し、 「…の、バカ猿がーっっ!」 渾身の力を込めて振り下ろした。 「うぎゃぁぁぁっ!」 目から火花を散らして、養い子は頭を抱え尻モチを着く。 「何すんだよ!三蔵」 「喧しいっ!何だそのトチ狂った格好は」 凄んではみたものの、養い子の姿は到底正視できるものでは無かった。 「だって…このカッコすれば、美味いモンくれるって、ごじょーが言うから」 そう言って、ポケットから丸まったチラシを、三蔵に差し出した。 『第○○回 納涼仮装大会』――優勝者には、「悠海楼(ゆうかいろう)」の豪華点心セット―― と、街随一の老舗店の名が記してあった。 「んなモンに踊らされやがって…」 眉間の皺を濃くして、チラリと養い子の姿を盗み見る。 金の縁どりをあしらった、赤いサテンのチャイナはどう見ても女物で、長い胡桃色の髪は両耳の上で綺麗に丸まり、片方には真っ赤な異国の花ハイビスカスが刺してあった。 正視出来ない。とは、余りの可愛さ故であった。 クソ河童、ゼッテー殺ス――― 物騒な誓いを胸に、落ち着きを取り戻すために、愛煙を咥えた。それなのにだ… 「なあ、三蔵…コレ似合わない?」 そんな事を言いながら、養い子は保護者の傍へより、小首を傾げて見せた。 「――っ」 もはや、限界――― 「悟空…」 呼ばれて顔を上げた悟空の頭から、赤いハイビスカスが抜き取られた。 「二度とそんなカッコすんじゃねえぞ…イタイ目見るからな」 訳が解らず、大きな金瞳を瞬かせた。 「こんな風にな」 言い終わるが早いか、攫うように細い身体を抱え上げ、最高僧サマの姿が奥へと消えていった。 「裏」へは続きませんよ(^^ゞ #15 ひまわりにっき 「悟空…起きろ、悟空」 肩を揺すられ、きゅっと閉じられた瞼がゆるゆると開いて、現れたのはとろりとした蜂蜜色の瞳。 「さんぞ…?」 「ほら、起きろ悟空」 その時、悟空はふと気付いた。 今日はハリセンが飛んでこない。常の様な手厳しい起こされ方でない事が不思議で、コシコシと目元を擦れば、その手すらも優しく止められた。 そこで漸く、「今朝の三蔵は、とても機嫌が良い」らしい、という結論に達し、そして、直ぐにその理由も判明する。 「庭へ出てみろ」 その言葉につられて、寝室から庭へ目を向けた悟空の金瞳が、これ以上ないくらいに見開かれる。 「…咲い、た」 そう呟くのが精一杯の悟空の頭に、ふわりと大きな感触。 「さん、ぞ…」 「行ってこい」 弾かれるように寝室を飛び出した。 真っ青な空に負けないくらいの大輪の花は、真っ直ぐに天を目指していた。 「ひまわり…太陽みたい、だ」 限界まで首を反らせて、悟空は食い入るように向日葵を見上げていた。そんな養い子の背後にゆっくりと近付いて、三蔵はおもむろに小さな身体を抱き上げた。 「さんぞ!」 「よく、見えるだろ」 「…うん!ありがと、三蔵」 春の終わりから今までの、悟空の努力の結晶。花に興味など無い自分が、見たかったのはこの顔。 全ては愛し子の笑顔のため。 「すごいな、三蔵!ほんとに、でっかい花だ」 興奮気味に話す悟空を抱えながら、三蔵はくるりと踵を返した。 「待って三蔵、もう少し」 「朝飯を食ってからにしろ」 途端に三蔵の顔の直ぐ近くで、盛大な音が鳴った。 「あ…」 しまった。という顔をした養い子をそのままに、寝室へ戻る。着替えを始めた悟空は、ふとその手を止めて三蔵を見た。 「ひまわり、三蔵の色だ。三蔵の花なんだな」 なんとなく予想がついていた悟空の言葉に、三蔵は片眉を上げた。 そして、口をついて出たのは、思いとは別の言葉。 「さっさと着替えろ」 朝食前の小さな騒動に終止符を打ったのは、いつもと同じでいつもよりずっと穏やかな、三蔵の言葉。 執務の手を休め窓辺へ寄れば、その先の小さな背中は朝と同じように、向日葵を見上げていた。 『三蔵の花だ』 蘇った悟空の言葉。 「それは、俺じゃなくてお前にこそ、似合う花だろ…」 あの時、三蔵が言えなかった言葉。 けれど、悟空には届いているのかもしれない。 身を翻して、三蔵の姿を認めた途端、その顔に咲いたのは何よりも愛らしい笑顔。 「三蔵ーっ」 長い髪を揺らして駆けてくる、自分だけに向けられるその顔に、三蔵は目を細めた。 ひまわりさいた おっきくてたいようみたいな 三蔵のはな よく がんばったなつて 三蔵があたまなでてくれた ひまわりがさいてうれしい 三蔵がやさしくて もっとうれしい 花丸のついた悟空の「ひまわりにっき」何よりも大切な宝物になった。 |
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