#07 言葉より確かなもの
「こんにちは、悟空」 「八戒!いらっしゃい」 主の居ない執務室から続く小さなシンクに、目的の人物を見つけ、八戒は三日月眉を下げた。 「三蔵は仕事ですか?」 「うん、前の寺でデッカイ法要があるんだってさ。すっごい顔して出てった」 その「すっごい顔」とやらが容易に想像できて、思わず噴出す。 「初物の桃を貰ったので、おすそ分けしようと持ってきたんですけど」 持っていた紙袋の口を開けて悟空へ差し出す。 「三蔵と二人で食べてくださいね。愁由さんたちには別に渡してきましたから」 「わぉ、ありがと八戒!そうだ、ちょっと味見してくれる?」 「味見ですか?」 うん、と言って悟空が出してきたのは、琥珀色の液体。 「去年、梅酒を教えてくれただろ」 「ああ、そういえば」 悟空の言葉に八戒は、一年前の光景を頭に思い出して笑みを浮かべる。 「愁由たちに酒は勧めらんないから、梅ジュースを作ってみたんだけど」 そう言って悟空は二つのグラスに、琥珀の液体を水で割って、氷を浮かべる。一つを八戒に手渡した。 いただきます。と口をつけた八戒を、悟空が神妙な面持ちで見上げる。 「―――…うん、美味しいですよ。隠し味はお酢ですか?」 「さすが八戒!夏バテ防止になるかなって思って」 家事においての師匠の評価に、悟空がふっと息をつく。 「さっぱりしてて、飲みやすいですよ」 「よかったぁ」 「毎日、楽しそうですね悟空」 八戒の言葉に、その笑顔がふわりと柔らかくなる。 「うん…」 穏やかな横顔は、彼の人と二人で一歩ずつ育んできた、信頼と愛情の賜物だ。 出会う前からこの二人の手は繋がっていたのだと、八戒は思う。そして、旅の途中で目の当たりにした互いを想いあう心に、幾度となく自分は救われた。 真っ直ぐに三蔵だけを愛した悟空と、持ちうる全ての愛情を悟空に注いだ三蔵。 だからこそ、勅命を果たした三蔵と悟空の選択を、自分ともう一人の仲間である悟浄は、至極当然の結果だと思っている。 三蔵の気持ちも、悟空の想いも、絶対にぶれる事はない。
―――唯一無二
時に、二人の絆が自分には少し眩しすぎる事があるけれど… (今、僕がここにこうして生きていられるのは、二人のお陰ですから) 「――…い…八戒!」 「え?」 気が付けば、悟空が自分を覗き込んでいた。 「どうしたんだ八戒?」 金瞳を丸くして首を傾げる仕草が、出会った頃の小さな少年と重なる。 「大丈夫、何でもないですよ」 目尻を下げた八戒に、悟空もそれ以上は聞かないで、 「あのさ八戒、今日みんなで飯喰わねぇ?」 「今日ですか?」 「うん。三蔵さ、絶対不機嫌で帰ってくるから」 ちょっとは甘やかしてやんねえと。と、笑う悟空に、八戒もつられた。 「じゃ、買い物をしながら悟浄に声を掛けましょう」 「オッケー!」 グラスの中身を飲み干して、何を作ろうかと楽しそうな悟空の後姿を見つめながら、 (三蔵にとっての太陽は貴方なんですね) 心の中だけで呟いた。 自分を取り巻くこの空気は、いつだって優しさと慈愛に満ち溢れている。もう、誰からも何からも、奪う事はなく。ただ、与え合うだけ。 そしてそれは、特別なことではなく日常の中にある。 「八戒!早く行こうぜ」 「はいはい」 悟空の声に急かされ、八戒も後を追う。その時ふと、 「甘やかすのなら、僕たちは居ない方がいいんじゃないでしょうかねぇ」 早まったか。と、少し困ったように笑った。
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