| ずっと、待っていた… 誰かが、来るのを… ここから出られるのを… 祈り 「うー、寒みぃオヤジ!酒くれ」 「ホラよ、こりゃ夜には降ってくるな」 「かもしれねえな…」 宿の奥にある食堂の片隅で、ぼんやりとそんな会話を聞いていた三蔵は、煙草を灰皿に押し付けると、窓を見やりため息をついた。 西への旅路。 街に着くと、他の三人は早速買い物へ、余計なものは買うなという忠告は、きっと反故にされるだろう。 『早く、戻って来い…』 いつもなら、このゆっくりとした時間を満喫したいために、両手(もろて)を上げて歓迎するのだが、今日に限っては一向に帰ってくる気配のない、仲間にイライラが募る。 『帰って来い、降る前に…』 祈る様な気持ち。 そんな言葉が、三蔵の頭を掠めた。 「……だせぇ」 らしくない感情に、思わず顔をゆがめる。それでも、早く帰って欲しいという気持ちを、否定することは出来なかった… 部屋に戻れば、そこはほんのりと暖かい。窓には白い露、外は凍えるほどに寒いのだろう、三蔵はじっとその冷たい世界を眺めていた。 「ただいまーうう、寒かったぁ」 「すみません三蔵、お待たせしました」 「重てぇ…痛てぇ、指が凍る」 不機嫌極まりない留守番に、気付いているのかいないのか、普段どおりの三人に無性に腹が立った。否、三人ではない一人にだ… そして彼は、茶色の頭に一閃。 「いっ痛ってー、何すんだ!暴力タレ目」 うずくまって、頭を抱える少年。 「煩せー、どこほっつき歩いてやがった!」 返答次第では、もう一発飛んできてもおかしくない剣幕で、少年をねめつける。ここまできて、さすがにマズイと思ったのか、少年は素直に謝った。 「ごめん…なさい」 目に見えない尻尾と耳がしおらしく垂れたのを見て、三蔵はソファへ座り直すと、乱暴に新聞を広げた。それを上目遣いで見上げ、少年は縮こまりながら隣へ腰掛ける。 「悟空、今夜は寒くなりますからね、暖かくして寝るんですよ」 「分かった…」 上の空で返事をした悟空だったが、 「こんだけ寒きゃ、降ったら積もるよなぁ、雪」 と赤髪の青年が何気なく口にした言葉に、ビクリと肩を揺らしたのを、隣にいる三蔵だけは見逃さなかった。 夕食後、一つところで大騒ぎしていた四人も、長旅の疲れからいささかパワーダウン。 「俺…も寝る…」 そう言って、もぞもぞとベッドへ入り込んだ悟空を合図に、仲間が腰を上げた。 「悟浄、お前八戒の部屋へ行け」 「んあ?」 突然の言葉に二人は、揃って首をかしげた。が、悟浄は懲りもせずに、余計な一言を口にする。 「三蔵サマったら、はりきっちゃ…」 最後まで言えなかったのは、いつものごとく鼻先に鈍く光る銃身が、突きつけられたから。 悟浄、成長がないです。そんな呟きが後ろか聞こえ、次いで、 「悟空が目を覚ましますよ」 仕方なしに助け舟を出す。三蔵は舌打ちして銃を下ろすと、さっさと出てけと睨みつける。悟浄は肩をすくめると、部屋を出て行った。おやすみなさいと言った八戒が後に続き、室内は一気に静かになる。 ベッドへ視線を送れば、既に夢の住人となった悟空が、幸せそうな寝顔を覗かせていた。 三蔵は足音を立てずに窓へ近付くと、僅かにカーテンを開けた。街灯の明かりに光る白い塊。 降ってきやがったかと、一人ごちる。苦々しく踵を返し、悟空の枕元までくると頬に掛かる髪の毛を、指先で撫でる。ふっと悟空の口元が綻んだように見えた。 「バカ面…」 言葉とは裏腹にその声音は、限りなく慈愛に満ちている。三蔵は身を屈め、額の金鈷にそっと口付けると、隣のベッドへ身を沈めた。 翌朝、三蔵は先に目覚めると、真っ先に外を確かめ眉間の皺を濃くした。悟空を見れば、やはり長旅の疲れや、日々襲い来る妖怪との戦闘で疲れているのだろう、起きる気配が無い。 着替えを済まし、一瞬悟空を見つめて部屋を後にした。微かに動いた口元は、三蔵自身も気付かない呟き。 『起きるなよ』 食堂へ降りれば、既に悟浄と八戒は席に着いており、三蔵を認めると八戒がにっこりと笑みを浮かべた。 「おはようございます。悟空は」 「寝てる」 ぶっきらぼうに答えて席に着くと、懐から出した煙草に火を点ける。立ち上る紫煙を無言で見つめ、八戒は有髪の最高僧の不機嫌な理由を、なんとなく感じ取っていた。 「じゃ先に食事を済ませて、ルートの打ち合わせは、部屋でしましょうか。どの道今日の出発は、無理でしょう」 八戒の言葉に、三蔵は煙草をもみ消しながら、ああと返事をして、三人は静かな朝食の時間を過ごした。 「しかし、一晩でよくこんなに積もりましたね」 窓の外は一面の銀世界。全てを覆い隠すように、白が広がっていた。 「このまんま天気が持ちゃ、明日は出発できんだろ。それにしても猿の奴、よく寝てんな」 悟浄のなんとなく的外れな返事に、八戒が苦笑をもらす。 隣の部屋は、一向に動く気配が無い。腹が減れば起きてくるだろうと、一応悟空の食事は、用意してあるがそれは手付かずのまま、部屋の隅に置かれていた。 「疲れてるんですよ、いつも一番動くから」 寝かせておいてあげましょう。という八戒の言葉に、悟浄はまたしても、命知らずな一言を漏らした。 「妖怪の相手だけじゃ、ねーもんな」 その瞬間、ひくりと片眉を上げた三蔵と、また余計な事をと呆れる八戒の気配に、悟浄は次に訪れる惨劇に避難体制を取る。が、いつまで待っても、否、別に待ってるわけではないが…動かない三蔵に、訝しげな表情を浮かべ、目だけで八戒に話しかけた。何かあった? そんな悟浄を、ため息だけでやり過ごし、八戒はテーブルの上に地図を広げた。 「…と、次の街へ行くには、山道と渓谷の二つがありますが、どうしますか?」 広げた地図の上を指でなぞって、ルートの説明を進める八戒に、そうだな、と答えて三蔵は煙草に手を伸ばすがそれが途中で止まり、いきなり席を立つと無言のまま扉へ向かう。 「三蔵?どうし…」 八戒の言葉が終わらないうちに、隣の部屋から聞こえた物音の大きさに、驚いた二人が扉に向かおうとした時、そこに三蔵の姿は無かった。 「悟空!」 「どうした、悟空!」 隣の部屋へ駆け込むと、悟空は三蔵の腕の中で震えていた。怯えていると言った方が、正しい。 「悟空…」 三蔵の呼びかけに、大きな瞳は見開かれたまま。瞬きすら出来ずに法衣を握り締めて、怯えている悟空は、普段からは想像も出来いくらいに、儚く見えた。 そして、ゆっくりと三蔵の手が頬に添えられると、瞳からは堰を切ったように大粒の涙が零れた。 「安心しろ、ここにいる」 幼子をあやすように、頬を撫で背を叩く。止まらない涙は、法衣に染みを作り、三蔵は何も言わず抱きしめる腕を僅かに強めた。 「三蔵…もしかして、悟空はまだ」 「俺たちと、居る時だけだ…」 悟空の心に色濃く残る、「雪」への恐怖。 五百年という、自分たちには想像もつかない刻を、たった一人で過ごしてきた悟空は、雪をとても怖がる。それは、雪が全てを隠してしまうから…移り行く大地の変化も、訪れる動生物も何もかも、悟空から奪ってしまうから。 何より悟空を苦しめたのは、雪に反射する太陽の存在。時に夏の日差しよりもまばゆいその輝きは、昏く冷たい岩牢に、深い闇をもたらす。 その度に、悟空は思い知るのだ。求めるものが、決して手に入りはしないと… それは、岩牢から解放された後も、消える事は無かった。それでも、今まで悟空が雪の日を過ごして来れたのは、三蔵が傍に居たから。 この時八戒は、自分が感じていた三蔵の「不機嫌な理由」が、正しかった事を知った。 悟空を、一人にしたくなかったんですね。 「八戒、ルートはお前と悟浄に任せる」 だから、出て行け。三蔵のそんな声にならない最後の言葉を聞いて、八戒は悟浄を促すと、部屋を後にした。 「猿の奴、今まで我慢してたのか…」 「五百年間の孤独を、たった数年で癒せという方が、無理な話ですからね」 「目が覚めて、雪が積もってて三蔵が居ないから、パニくったって事か…」 愛されてんな〜、と言う悟浄の呟きに、どちらがですかと八戒が乗ってくる。そりゃ、どっちもだね。と言う悟浄は、煙草を咥えて大きく伸びをした。そんな悟浄を見ながら、八戒は先程の三蔵の行動を思い出す。 あの時、三蔵は隣で悟空が目覚めたのに、気付いたのだ。彼は、悟空が自分を呼ぶ前に、動いた。 「絆」とか「愛」とか、そんな陳腐な言葉では、表すことが出来ない程、二人を結びつける強い何か…自分たちとはどう違うのだろう。 それは多分、解ける事の無い、疑問。 「落ち着いたか」 穏やかな口調に、ようやく悟空の嗚咽が小さくなる。それでも決して、顔を上げようとはしない子供に、三蔵は苦笑したが、あえて引き剥がすような事はしなかった。暫くして、 「さんぞ…ごめん」 くぐもった声が胸元から聞こえた。三蔵は背中に回していた手を頭へ移動し、くしゃりと一雑ぜしてから、呟いた。 「誰だって、苦手なモンが一つや二つはある」 それは、普段では聞くことが出来ない程、優しい声。だから悟空は、赤く腫れた金の瞳で、三蔵を見上げた。 「何だ」 三蔵の態度は変わらない。声も顔もきっと自分しか知らない、自分だけに向けらる…俺だけの、太陽。 「三蔵にも、ある?ニガテなもの」 その問いに、少しだけいつもの三蔵に戻った。 「さあな…」 けれど、抱きしめられた腕の温かさは、ずっとそのままに。悟空は何時までも、その腕の中に居たいと思っていた。が、そんな雰囲気を壊したのは、悟空自身。 ハデに鳴った、腹の虫。 「あ…」 三蔵は、らしい悟空に安堵と一抹の寂しさを感じながら、ため息と共に腕を解いた。 「喰って来い、隣に用意してある」 「うん」 扉を出る時、悟空は三蔵を振り返った。そして、自分を見る三蔵の瞳が、ずっと変わらず優しさを湛えている事に、笑顔を見せた。 三蔵は悟空の出て行った扉を暫く眺めていたが、くっと口の端を上げると、その身をソファへ投げ出した。 『三蔵にもある?ニガテなもの』 決して明かされる事の無い、三蔵の「苦手」。 「誰が言うか、バカ猿…」 そう―――― 次に三蔵が見るのは、とびっきりの笑顔だから。三蔵が「苦手」を、忘れるくらいの… 待ち続けて、手に入れたもの… 自分だけの太陽と、「苦手」なものにも、立ち向かっていける勇気 ―――― (C) karing/Reincarnation 2003
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