いつもの、ままで…




「なあ三蔵、なんか欲しいものある?」
 全てはこの言葉から、始まった…


「なんとか、夕暮れまでに着きましたね」
「まったくだよな〜くー、久々のベッドだぜ」
 ジープから荷物を降ろすと、悟浄は大きく伸びをした。八戒はそのまま先に宿へ入ると、受付の女性と言葉を交わし、鍵を二つ持って戻ってきた。
「とりあえず、荷物を運んでから部屋割りを決めましょうか」
「俺、悟浄とでいい」
 その言葉に、内心で反応したのは三蔵。あからさまな反応を見せたのは、悟浄だった。
「どういう風の吹き回しだ?悟空」
 何故かからかう気にもなれずに、悟浄は聞き返した。
「別に…悟浄、前にポーカーの勝ち方教えてくれるって、言ってたじゃん。だからだよ!」
 言葉の最後に、妙な力が篭った悟空の返事に、悟浄は黙ってしまう。悟空は八戒の手から鍵を取ると、自分の荷物だけを持って、さっさと中へ走って行った。
 その背を見送って、八戒は三蔵にそっと耳打ちする。
「何か、ありましたか?」
「俺に聞くな、猿に聞け」
 地の底を這うような声が、彼の機嫌の悪さが最高潮だと告げる。そのまま歩き出す有髪の最高僧を、八戒と悟浄はため息と共に追いかけた。

「うめえー!」
 テーブルいっぱいに並べられた料理が、瞬く間に消えていく。あの小さな身体の何処に収まるのか、永遠の謎だと八戒は思っていた。
 負けじと赤髪の青年が、悟空から皿を奪い取る。
「何だよ悟浄!これは俺んだ」
「何言ってやがる、一人で抱え込みやがって。この万年欠食猿!」
「っんだとぉ〜…あっ」
 止まった。普段なら、ここで派手なゴングが鳴り、見かねた八戒が仲裁に入り、キレた三蔵のハリセンが飛ぶのだが、今日に限って悟空はあっさりと引き下がる。
 驚いたのはもちろん悟浄のほうで、奪った皿を持ったまま固まっている。悟空は本来あてがわれた、自分の料理を平らげると「ごちそうさま」と言って、席を立ってしまった。
「おい…どうなってんだ?」
 悪いもんでも食ったのか、悟浄のそんな呟きを聞きながら八戒は、もう一度同じ事を三蔵に聞いた。
「本当に何も、知らないんですか」
「何度も聞くな、俺は知らん」
 この不機嫌極まりない声からすると、本当に何も知らないのだろう。だとすると、あの自然児の考える事は一つ。この人(三蔵)の為に、だ…
 仕方ありません、あの様子じゃ僕たちにも教えてくれそうにありませんから、暫く様子を見ましょう。
 八戒は、一人納得すると食事を再開した。

「あー、ハラ減った…」
 枕を抱え一人部屋で呟く悟空は、隣の部屋の扉が派手な音を立てた事に、身体を固くした。それが誰であるか、悟空には直ぐに分かったからだ。
「さんぞ…」
 ここ数日、会話らしいものがない。といっても普段から圧倒的に話しかけるのは、自分の方で三蔵の返事はお決まりの単語三つくらいである。それでも悟空は三蔵に話しかける、彼に全幅の信頼を置き、そして三蔵もまた決して悟空を突き放すような事をしないと、互いが理解しているから。
 悟空は壁にぴったりと張り付いて、枕を抱えなおした。そうしている内に、長い野宿の疲れから、瞼が重くなりズルズルとベッドへ突っ伏した。
 彼がすっかり夢の住人になった頃、部屋へ戻った本日の相方は、小動物の様にうずくまって眠るその姿を見下ろしながら、ため息を漏らしそれでも起こさない様に、上掛けをそっと悟空の上にかけた。
 翌朝、食事のテーブルは異様な静けさだった。否、食事とは本来こうあるべきだと、三蔵は思っていたが実の所、明らかに自分を避けている悟空の態度に、限界が近付いていた。
 悟空は悟空で、目の前の皿を黙々と平らげる。悟浄と八戒は何故かヒヤヒヤしながら、二人の様子を伺っていた。
 そして、三蔵が拳を握り締めた途端。
「ふー食った、食った。ごちそうさま、俺散歩してくる」
 誰の返事も聞かずに、食堂を出てしまった。
「何なんだアイツは、夕べから絶対におかしいぞ」
 言わずにはいられない。半分は悟空を心配して、あとの半分は自分の保身の為に。
 そしてちらりと、恐らくは原因であろう彼を盗み見れば、眉間のシワはいつもより多く、眼光の鋭さは、めったに見ないほどのものであった。
『こえー、頼むぜ、悟空…』
 果たして、悟浄の祈りは悟空に、届いたか…

「つまんね〜でも、今日一日だもんな」
 口に出して言ってはみたものの、ちくりと胸の奥が痛んだ。
 すごく、寂しい…近くに居るのに。
 気が付けば、一日中三蔵の事を考えていた。三蔵の姿を追っていた。何度手を伸ばそうと思ったかしれない。
「駄目だ、俺が自分で決めたんだから」
 悟空は、自分を奮い立たせるように、丘を駆け上った。

「三蔵、買出しに行ってきますけど、何かありますか?」
「無い」
 ぶっきらぼうな返事に苦笑しながら、八戒は買い物のリストを確かめ、ドアノブに手をかける。と、思い出したように振り返り、三蔵に声を掛けた。
「三蔵、ちょっといいですか ――――」

―――― 三蔵…
ひっきりなしに響く声。もう、ずっとずっと呼ばれ続けて、いい加減、頭にくる。昨日からあからさまに自分を避けているのに、なのに自分を呼ぶ。それも、寂しそうにだ…
 新聞を広げてはいるものの、集中など出来るはずが無い。煙草の数が悪戯に増え、同じくして怒りも込み上げる。
「煩せぇ…」
 三蔵は、読んでいた新聞を乱暴に投げ捨てると、煙草を咥えてテラスへと出て行った。
 穏やかな日差しが降り注ぐ、微かな風が三蔵の金糸を揺らす。紫暗の瞳に青い空を映し、紫煙をゆっくりと吐き出した。
 廊下の奥から、人の気配を感じる。程なくして、部屋に二人の人影が入ってきた。
「大丈夫ですよ、三蔵なら外に出てますから」
「…うん」
 先に入った影が、入口で躊躇っている少年に声を掛けた。
「おいしそうなものを、見つけたんです。ここの名物らしいですよ」
 そう言って、袋の中から甘い香りのする菓子を取り出し、悟空に手渡す。受け取ったもののそれは、悟空の口に運ばれる事は無く、八戒はそんな姿に苦笑する。
『これは相当、重症ですね』
「悟空…」
「三蔵と何かあったのか、って言いたいんだろ」
 この少年にしては、珍しく察しがいい。八戒は、隣に腰掛けるとぽんぽんと頭を撫でて、先を促した。
「今日、三蔵の誕生日なんだ…みんな、忘れてるだろ」
「えっ」
 言われて、八戒は部屋にかかるカレンダーに目をやった。
 このところ、野宿続きで日にちなど気にかけないでいたが、たしかに11月29日を示している。
「すっかり、忘れてました」
 そして、ここにも一人。
『誕生日…猿は憶えてやがったのか』
 テラスで、二人の話を聞いていた三蔵は、さっきまでの苦々しい気分が、少しづつ晴れていくのを感じた。
「でも、それならどうして、三蔵を避けてるんですか」
 びくりと悟空の肩が揺れた。八戒は安心させるように、そっとその背に手を回した。
「悟空…」
「…ントだから…三蔵への…プレゼント…だから」
『俺を、避けることがか』
 三蔵は、飛び出しそうになる身を、抑えていた。
「悟空、よく分からないんですが…」
 三蔵を避ける事が、悟空のプレゼントとは、どうしても考えられない。いつもの彼ならば、どんなに三蔵に邪険にされても、めげることなく纏わりつくのに。
「俺、何あげればいいか分かんなくて…金も持ってないし。だから、三蔵に聞いたんだ、何か欲しいものあるか、って」
 そう言われて、テラスの三蔵は今までの行動を思い出す。
 そういえば、この街に入る少し前、悟空とそんな会話をした様な気がする。

『なあ、三蔵。なんか欲しいもんあるか?』
『……』
『さんぞー、なあ三蔵ってば』
『煩せーな、静かな時間だ!』

「静かな時間?」
 八戒は、首を捻る。静かな時間が欲しい三蔵に、悟空は何をしたのか。
 その途端、部屋の中と外で、同じ動きをした二人がいた。
「もしかして…」
『あの馬鹿』
 三蔵は、静かな時間が欲しいと言った。だから、悟空は傍に行かなかったのだ。三蔵の静かな時間を守るために…
「俺、傍に居たら三蔵に話しかけてばっかだから…だから、俺…」
「悟…あっ」
 日差しを遮る何かに、八戒は顔を上げた。つられた悟空も同じ様に顔を上げ、大きな金の瞳が更に見開かれる。
「さん…ぞ…どうして」
「三蔵…」
 その目を見れば、彼が何を言いたいのか直ぐに分かった。八戒は悟空の背をぽんと叩くと、腰を上げた。
「あと、お願いしますね」
 そう告げると、部屋を後にする。残された悟空は、居心地が悪そうに顔を伏せてしまっている。じっとその姿を見ていた三蔵が、おもむろに口を開く。
「煩せえ…」
「えっ、俺何も言って」
「呼んでるだろ、昨日から一日中」
 それは、姿無き声。三蔵だけが聞ける、彼だけが感じる、悟空の心…
 悟空の顔が曇っていく。自分は我慢して、三蔵の願いを叶えたと思っていたのに…また、三蔵に迷惑をかけた。
「ごめ…さんぞ…ごめん」
 堪えることに失敗した涙が、頬を伝う。それは止まる事を忘れてしまった様に、後からあとからあふれ出し、服に染みをつける。
「泣くな」
「だって…」
 止まらない涙は、伸ばされた三蔵の手を濡らしていく。その手が頬を包み込み、暖かい何かで瞳を塞がれると、ぱたりと涙が止まった。
「出来ねー事は、最初からするな」
 言葉とは裏腹に、頬に置かれていた手がすっと背に回ると、一杯に抱きしめられた。
「大人しくするなんて芸当は、てめえにゃ無理に決まってんだ」
「…ック…だって…ふぇ」
 再び溢れだした涙が、今度は三蔵の法衣を濡らす。
「お前は、お前のままでいろ」
「俺のまま?」
 言葉の意味が分からず、涙に濡れた顔を向ける。そこに在るのは、自分だけが見ることを許された、本当に久しぶりの、優しい紫暗。
「俺の為に、我慢するな」
「さん…ぞぉ…」
 ぎゅっと法衣を引き寄せる。その仕草に、三蔵は回した腕で静かに背を撫でた。
「泣くな…」
「やだ…三蔵、我慢するなって…言ったじゃ…いか…」
 だから泣くんだ、と悟空は顔を埋める。三蔵は呆れて、それから何かを思いついたのか、少しだけ口の端を上げた。
「悟空…」
「えっ…」
 いつもの様に呼ばれれば、素直に顔を向ける。そこに降りてきた柔らかい感触に、悟空の動きが止まる。
「まだ、泣くか?」
 笑いを含んだような声で問われれば、ふるふると顔を振る愛し子。それに満足したように、再び三蔵の顔が近付けば、今度は悟空も瞳を閉じてその訪れを待つ。
 もたらされたそれは、先に八戒から渡された菓子よりも、甘く悟空の全身を包み込む。
 深く、浅く何度でも…
「さんぞ…誕生日、おめでと」
 熱の篭った囁きに、三蔵は極上の笑みを向ける。
「ああ…」
 
 気が付けば、傾いた日差しが一つになった影を、長く映し出していた。




あとがき

花淋の記念すべき、初「RELOAD」小説でございます。
思えば、電光石火なみのハマリかたでございました。^^ゞ
全ては、TV欄に関 俊彦氏の名前があった事から、始まった。あの名前が無かったら、私は今居なかったはずです。
こんな、私でよろしければ、「付き合ってやるか」という、お心の広い方は、何なりとBBSまたはメールで、ご意見などお願い致します。
…誕生日に、間に合ってよかった。
HappyBirthday!三蔵サマ*^^*
28/Nov. 花淋