ひたすら西を目指す──── 旅の一行に困った人が二人。 隠し通せる訳がないのに隠す人、気付いているくせに動かずに怒っている人。
全くもって、傍迷惑な二人である。
〜 if only you 〜
悟空がその痛みを感じたのは十日ほど前だった。最後の敵に止めを刺した時、右肩につきりと小さな痛みが走ったのが最初。それを放って置いたのは、その後は痛みが無かったから。 それなのに… 「マズイ…」 今、悟空は真剣に悩んでいた。ぶり返した痛みは治まる気配も無く、少しの汗で冷えただけでも、刺すほどの痛みを生み出していた。 肘から下はここ数日、痺れが取れない。 満足にものも握れないところまで来て、漸く悟空は自分の身体の異変を自覚した。 元から痛みには強い方だという自負がある。
ただ、今回に限りそれが厄介な事になって、少しだけ恨めしいと思う。
けれど、知られてはいけない。 悟空は大きく深呼吸して、奥歯を噛み締めた。
「このまま順調に行けば、明後日には町に着きますよ」 「あー、お客さんが来なければだろ」 「まぁ、それはそうなんですけどね」 乾いた笑いを続けて、八戒は少しだけアクセルを踏み込んだ。 「ったくよぉ、紅孩児も手ぇ抜き過ぎだっつーの」
後部座席で、ぽかりと紫煙を吐き出して、悟浄は空を仰いだ。その時ふと八戒は、いつもより車内が静かな事に気づいた。 「悟空?どうかしましたか」 今日に限ってめっきり口数の少ない年下の仲間に、八戒はミラー越しに声を掛けた。 「うん?何でも、ないよ…」 「んだよ、シケた面してんな猿」 「うっせーなぁ、猿じゃねーっつてんだろ、ば河童」
威勢の良さは普通なのに、何故か奇妙な違和感を感じて、ミラーに映る悟空を眺め、悟浄と小突きあう仕草に、結局八戒は視線を前方へ戻した。が、
助手席の男の機嫌が、静かに下降している事だけは、確かなようだった。
ハリセンが飛んでもおかしくないのに、どうしたんでしょうねぇ
心の中だけで呟いて、
「二人とも、いい加減――」
それが一瞬で緊張感に変わり、ジープのスピードがゆっくりと落ちる。三蔵の舌打ちだけが、やけに大きく聞こえた。 「後から後から…」
呆れに近い悟浄の言葉に、 「な〜んか、弱そうなのばっかじゃん」 そう言った悟空だが、その顔がいつもより強張っていたのに、三蔵だけは気付いていた。
まずい。 悟空は本当にそう思っていた。 異変を悟られたくなくて、真っ先に敵の中へ飛び込んでいったけれど、いつもの自分ならば肩慣らし程度の雑魚妖怪に、いつになく手こずった。 両手で如意棒を握ってはいるが、右手はすでに感覚がない。
今、悟空を支えているのは、負けたくないという意思と、三蔵に置いて行かれたくないという思いだけ。 「くそっ、こんなとこでヤられてたまるか!」 渾身の力で武器を振るい、敵を薙ぎ倒す。 悟空にとっては長いと感じた戦闘だった。
「皆さん、怪我はありませんか」 散り散りになっていた仲間と合流を果たし、それぞれが無事な事を確認しあう。 「悟空、顔色がすぐれませんが、大丈夫ですか?」 八戒の言葉にドキンと心臓が音を立てた。 「大丈夫だよ、ハラ減っただけ」
にぱりと笑ってみせた。それで誤魔化せたつもりだった。それなのに、 「おい…」
背後から伸びたその手に、右肩を掴まれた途端、脳天から足先まで激痛が走り、そこで悟空の視界が暗転した。
ぼんやりと見上げた先に、薄汚れた白い天井。
瞬きを繰り返して、ぼやけた頭を何とかしようと、悟空はいつものように身を起こそうとした。
「ぅあ…つぅ」 カラカラに乾いた喉から上がる呻き声、右肩の激痛に悟空の顔が歪んだ。 「悟空、大丈夫ですか」 いつになく慌てた声は八戒。 「おい、無理すんな」 普段よりも静かな口調は悟浄。
その二人の顔が滲んでいく、あまりの痛さに浮かんだ涙だとは、悟空本人にも気付かない。 深呼吸を繰り返して、痛みをやり過ごした悟空は、大きな金瞳だけを動かして二人を見た。 「は、かい…ごじょ……おれ、こ、こ」 悟空の記憶は、背後に感じた三蔵の気配と目の前の八戒が、驚いた顔をした場面で途切れていた。 「町の宿屋ですよ。ビックリしたんですから、急に気を失って」 三蔵が肩に手を置いた瞬間、糸が切れた人形のように地に倒れた悟空を見て、本当に驚いた。と、八戒は言葉を続けた。
「ったく、猿がいらん気ぃ使うから、こんな事になんだぜ」 「そうですよ、放って置いて取り返しのつかない事になったら、どうするんですか?」
普段ならあまり聞くことがない、八戒の咎める口調に、悟空は素直に「ごめんなさい」と謝った。心配されている事が、身に染みて伝わってくる。 「三蔵が気付かなかったら、いつまでも黙っているつもりだったんでしょう」 「さんぞ…」 途端に押し寄せる不安。 「さんぞう、は…」 一瞬で変わった顔色と震える声に、二人は心の中で同時に溜息を吐いた。
三蔵は弱い奴を傍へは置かない。
だから、負けないように。敵にも…傷の痛みにも――――
「三蔵…やっぱ、怒ってる?」 相変わらず右肩は痛いのに、その肩よりも胸が痛い。この場に三蔵の姿がない事が怖い。 不安に揺れる金瞳が、見る間に水膜で覆われた。 「んな顔すんなって、三蔵は隣で寝てるだけだからよ」 ぐしゃぐしゃと悟空の頭を撫で回す悟浄が苦く笑う。
そんな彼の話に訳が解らず、悟空は目を見開いた。
「貴方は丸一日眠っていたんです悟空。その間、三蔵はずっと、貴方の傍を離れなくて…食事も取ってくれないので、ちょっとコーヒーに細工を」 だから、心配しないでください。と続いた八戒の言葉に、悟空は声もなく驚いた顔を晒した。 三蔵がずっと、自分に付いていてくれた。
信じられないけれど、この二人が嘘を言うとも考えられない。そんな悟空の困惑を、その表情から感じ取って、 「三蔵は本当に、貴方の事を心配してますよ」 八戒の言葉に、悟空の眦から一筋涙が零れた。 「さんぞぉ…」 涙声で呟いて、けれど悟空ははにかんだ様に笑った。
しきりに肩を気にする悟空の仕草に、三蔵が気づいたのは三日前。戦い方にいつものキレが無い、自分だけがそれを感じた。 散歩だと言って、野宿の火を離れた少年をこっそりと追いかけ、見つけたのは大樹に凭れて歯を食いしばる養い子の姿。 湧き上がった怒りは、悟空が怪我をした事に対してでは無かった。
俺にまで痛みを隠した────
三蔵は自分の事に他人が口を挟むのを嫌う。自分が人に干渉する事もしない。それを棚に上げて、悟空の取った行動に腹を立てた。 酷いはずの痛みを隠して笑うその姿に怒りが増す。
戦闘中、悟られないように悟空の背後を守っていても、先の戦いのように四人が散り散りにされたら、手の打ちようがない。
正直、怪我の程度までは気付かなかった。気を失った悟空に、一番驚いたのは、他でもない三蔵なのだ。 「涌いてんな…」
何に対しても無関心で、自分の事さえも疎かで、なのに悟空が関わると自分を見失いそうになる。良くも悪くも「悟空」という存在は、自分の行動を大いに左右する。
そして、これこそが三蔵の頭を悩ます元凶なのだが、この「悟空」を中心に回る思考を、自分は拒絶できないでいる。否、する気が無いのだ。
三蔵…────
儚く不安を滲ませた声。 結局、自分はこの声に応えてしまうのだ。
三蔵はゆっくりと身を起こし、乱れた法衣を整えると部屋を後にした。
心地よい温もりが頬を滑っていく。
触れるたびに安らいで、柔らかい何かの中に沈んでしまいそうで、そんな時に聞こえた遠くで自分を呼ぶ声。
大きくはないけれど、力強い確かな響きで自分を呼んでいる。
悟空――――
それは水底で生まれた泡のように、ゆっくりと意識が浮き上がり、悟空が目を開いた。瞬きを繰り返すたびに、金の双眸に光が集まる。 「悟空…」
覚醒を促す最後の言葉は聞きなれたテノール。 「さん、ぞ…」 そう呼ぶのが精一杯だった。 言いたい事も伝えたい事もたくさんあるのに、どれも言葉にならなくて、ただ三蔵の深い紫暗を見上げる事しか出来なくて、その内彼の顔さえも滲んでしまった。 溢れる涙に、三蔵の顔が少し困ったようになる。それから、近付いた口唇が、悟空の涙を拭った。金鈷から僅かに覗く額に、押し付けられた温かく柔らかいそれ。 「泣くな…」 耳元で囁かれ、繰り返し繰り返し施される、優しい口付け。 涙が止まり、白い頬がほんのりと薄紅に染まった頃。 「三蔵…」 大切な名を声にして、悟空がまろやかに微笑んだ。
「こういう時ばかり意地を張るのは、お前の悪いクセだ」 「…ごめんなさい」 怒られているわけではないけれど、結局は三蔵に迷惑を掛けた。悟空はついと金瞳を伏せた。
すると三蔵の手がまた、動き出す。その心地よさに、強張っていた悟空の身体から力が抜けていく。 「痛みが引くまでは、そこで大人しくしてろよ」
いつもよりずっと穏やかな三蔵の言葉に、素直に頷いた悟空だが、思い出したように、 「メシは?」
その途端、三蔵の顔に心底呆れた色が浮かび、ややあって、 「大人しくしてたら、後で喰わせてやる」
だがそれを聞いた悟空が、小声で聞き返したのはとんでもない一言。 「三蔵が?」
恐る恐る上目遣いで、けれど期待に満ちた蜂蜜色の瞳。少しだけ三蔵の声のトーンが落ちる。 「嫌なら、喰うな」 「嫌じゃない!っ痛〜」
思わず力を込めた言葉に、悟空の右肩が軋んだ。 「バカ猿」
言いながらも、そっと痛む場所を撫でる三蔵に、
「三蔵…ごめんな、さい…これからは、もっと…気を付ける、ようにする」 その殊勝な言葉に、三蔵の口元が微かに上がった。 「全くだな、人の事言えねえくらい、お前は無茶ばっかしやがる」 相変わらず、三蔵の手は止まらない。その態度が、悟空は少しだけ不思議に思う。三蔵が本当はとても優しい事を、自分は知っているけれど、今日みたいに甘えさせてくれるのはとても珍しい。
それだけ心配して、否、心配させてしまったのだと思った。それなのに、 「三蔵、傍に居て。どこも行かないで」
どんなに我侭な事を言っているのか、十分承知している。でも、今だけは三蔵に甘えたいと思った。
未だ悟空の中に渦巻く、「置いて行かれるかもしれない不安」を、消し去ってほしい。 そんな声にならない養い子の叫びが聞こえたのか、
「もう、お前一人の命じゃ…ねぇんだ」 耳元に口唇を寄せ告げた言葉に、悟空の瞳が大粒の涙を生み出す。
「ふぇ…さ、ぞぉ」
止まらない涙を三蔵が何度も拭う。
「甘えたがりの、泣き虫猿」
そんな苦笑交じりの声と優しい指が、悟空の中の不安を消し、その心をゆっくりと満たしていった。
「三蔵、もっと」
「いい加減にしろ!何杯喰う気だバカ猿」
「だって、腹減った」
騒がしい食事を横目に、すっかり忘れ去られた仲間が二人、引きつった様に笑っていた。
「まだ、信じらんねぇ…あの三蔵が、猿に飯喰わせてるなんて」
「三蔵って案外、世話好きなんですねぇ」
目の前で繰り広げられる光景に、うんざりした様に悟浄は愛煙を咥えた。
「三蔵、今度はそっち」
餌を強請るひな鳥ならぬ小猿の口にスプーンを押し込み、三蔵は疲れた様に溜息を吐いた。
「あんな風に溜息吐いてますけど、僕が代わりますよって言ったのに、譲らなかったのは三蔵の方なんですよ」
悟浄の耳元にそんな事を呟いて、八戒は深緑の瞳を悪戯っぽく光らせた。
「んな事はどうでもいいけどよ、いつまでこんなの見せ付けられんだ、俺らは?」
「んー、悟空の肩が治るまででしょうね。それまでここを離れる気は、無いみたいですからあの人」
「やってらんね…」
疲れたように肩を落とした悟浄は、煙草を灰皿に押し付けると盛大に扉を開けて出て行った。苦く笑った八戒だったが、倣うようにそれでも足音だけは忍ばせてその後を追う。もっともこの二人には、無用な気遣いだったようだが。
「おい、喰い終わったら、薬だからな」
「えー、あの薬、苦いんだもん…」
「甘えた事言ってんじゃねえ」
「じゃ三蔵、飲ませてくれる?」
「今日、だけは…な」
仲間の不満を他所に、二人の道を行く彼らがそこに居た。
しまった、終わってみればただのバカップルだ。
途中でシリアス路線に変更か?と思ったんだけど・・・ん?ん?
ただ、久しぶりに「ちぅ」を書けたのは、花淋さんちょろりと楽しかったです*^^*なんせ、この頃、裏部屋すっかり止まってて。。。
夏休みは、まとめて仕上げるか??でも、できたらいいなぁ〜外は暑いから、涼しい部屋で熱いバカップル。。。
う〜ん、これも変かぁ
ま、今年の夏休みは、珍しく出掛ける用事を作ってないので、いそいそと打ち込みに勤しむかな・・・
暑い日が続きます、みなさまどうぞお身体ご自愛くださいませ。
05,7,28 花淋拝 |

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