一つの言葉が、一人の笑顔が、こんなに自分の中で特別な事になると、あの日の自分に想像ができただろうか。
 それは――――
 人の心とて、不変ではないという確かな証。


goldrush


 暦の数字が少なくなるのに反比例して、日毎増えていく雑事。
 うず高く積まれた書類の、一体どれほどが本当に自分の目通りが必要なのか。
「いっその事、庭にぶちまけて火でも点けちまうか」
 おおよそ坊主らしくない物騒な事を考えながら、今世の最高僧は、やはり坊主らしからぬ体(てい)で愛煙を咥えた。
 紫煙を逃がすため、僅かに開けた窓から入り込んだ晩秋の澄んだ空気が、室内のニコチン雲と果敢な攻防を繰り広げる。
 ふと、耳に聞こえてきたのは数年前に拾った己(おの)が養い子の声。
 大地の化身と言われ、凶事の具現と厭われ、天界の咎人と蔑まされた、けれど地上のどんな生命よりも清らで無垢な、真白の魂(こころ)を持ったヒトデナイモノ。
 自分と彼の子の出会いが、偶然か必然か。あるいは人外の力による予定調和なのか。
 
 そこに、どんな意味があるのか。
 
 その先に、何が待っているのか。

 辿り着く地は、何処なのか。

 常に無い殊勝な思考の末、
「そんな大層な意味は無えな」
 などと独りごち、
「ま、あれだ―――出会い頭の…」ってやつだろ。
 と、締めくくった。

 風に乗って聞こえてくる声は耳に馴染んで、養い子の心情をそのまま伝えてくるから、
「今日は随分と、ご機嫌じゃねえか」
 つられた様に彼の声音が温かくなった。
 煙草をもみ消し、椅子の背もたれに体重を預けて目を閉じる。

――――来いよ…悟空

 聞こえる訳が無いと思いながら、けれど自信たっぷりに呼んでみた。


 窓から入ってくるな。と、ハリセンを覚悟しながら、軽い身のこなしで悟空は執務室の窓辺から、室内を覗き込んだ。途端、真正面の紫暗と目が合って、
「―――っ!!」
「そこは出入り口じゃねえぞ」
 低い声とは裏腹に、窓の外でずり落ちそうになっている養い子の腕を、ぐいと引っ張り上げる。
「さ、さ…さんぞ、あの、その…えと、よ、呼んだ?」
 上ずった声が意味不明な言葉を零していくのを、金色の人は面白そうに眺め、
「人語を話せ」
 掴んでいた腕をするりと養い子の脇下へ差し込んで、軽々と自らの膝上に抱え上げた。
「うわぁ!」
 慌てた悟空の頓狂な叫びに、背後でくつくつと笑う。
「お前、やっぱり動物だ」
 それに対して悟空が絶句したのは、怒ったのではなく「三蔵が楽しそう」だったから。
「さんぞ…何か、あった?」
 そうれはもう恐々と悟空が聞くものだから、三蔵はくっと喉を鳴らした。
「どうしてだ」
「だって…三蔵―――楽しそう、だから」
「そう見えるか」
「うん…」
 返事の度に小さくなっていく悟空を眺め、ふうん。と、口の端を上げながら、
「誕生日だから―――じゃねえか」
 なんて、普段なら口が裂けても言わない事をさらりと言ったから、悟空は強引に身体の向きを変えると、大きな金瞳を三蔵の顔にぴたりと合わせた。
「何だ…」
「三蔵…だよね」
 その声が可笑しいくらいに情けなくて、「試してみるか」と、いきなり深い口付けを与え、驚いた悟空がジタジタ暴れだし、その内指先からゆっくりと身体の力が抜けていくのを、しっかりと紫暗の瞳に焼き付けてから解放した。
「降参か」
「ぅぅ…さんぞ、意地悪りぃぞ」
 脱力して涙目になった悟空は呟くような文句を並べ、三蔵はそれを余裕の顔で甘受する。
「三蔵…仕事終わったのか?」
「誕生日にまで、そんな事してられっか」
 悟空の頭上で鼻が鳴った。
「じゃ、どっか行こ」
 がばりと上げた顔が楽しそうに笑う。
 その幼い仕草に目を細めて、
「邪魔の入らねえとこなら、付き合ってやる」
 大きく開いた窓に、薄いリネンのカーテンが揺れた。


 カサカサと乾いた音を響かせて、秋の森を歩く。
 金色の銀杏の絨毯に、二人の影が伸びてゆく。
 繋いだ悟空の手から流れ込む温もりが、ゆっくりと三蔵の全身を巡ってゆく。
 
 きっと、もう――――手放せない。それは確信…

「出会い頭じゃなくて、『ご指名』だったな」
 呟きに、手を引っ張っていた悟空が「何?」と振り返るのを、「さあな」とかわす。
 と、立ち止まった悟空は身体ごと三蔵に向き直った。
「どうした」
「誕生日おめでとう、三蔵!ずーっと、ずっと大好きだよ」

 毎年言われる「おめでとう」なのに。
 しょっちゅう言われる「大好き」なのに。

 今日の言葉はやけに、胸に響いて――――
 照れ隠しのように三蔵は、本日二度目の深いキスを仕掛けた。


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あ゛ーっ!過ぎちゃったよ29日。。。
なんてこった(´□`)面目ない―――逃げようか…
オマケに、何時に無く別人28号な、3周年の続きか?みたいな三蔵サマです。
や、誕生日だからチリの一欠けらぐらい素直にって事で。
書けば書くほど深みにハマっていく。何となくいつもと毛色の変わった話になりました。。。