go a way
紙面を走っていた筆が止まり、三蔵が顔を上げたのと扉が開いたのは、ほぼ同時。
顔を出したのは養い子ではなく、深緑色の瞳を曇らせた長身の青年。
黙って見ていれば、その後ろから表れた深茶の頭。顔を上げ三蔵を認めると、声も無く駆け寄って執務机を回り込むと、真白の法衣に縋りついた。
為すがままだった三蔵は、その紫暗を厳しさに染めて、困ったように立ち尽くす若者を睨み付けた。
「すいません、三蔵」
申し訳なさそうに呟く青年、八戒から一度視線を外すと、未だ法衣に顔を埋めている養い子の頭をくしゃりと撫でて、
「寝室へ行って、横になってろ―――直ぐに行く」
その耳元へ囁いた。
悟空は何も言わずに、小さく頷いてから、
「は、っかい…ありがと。でも、ごめんなさい」
やはり顔を上げなかったけれど、挨拶だけは忘れなかった。
「僕の方こそ、気がつかなくてすいませんでした、悟空。今度は三蔵と二人で遊びに来てくださいね。悟空の好きなものをたくさん作って待ってます」
優しい声音にやっと、悟空が「ありがと」と小さく笑った。
悟空の姿が寝室へ消えると、三蔵を取り巻いていた空気が一変する。
あからさまなそれに、八戒が思わず苦く笑った。
「何があった」
相手が悟浄だったら、問答無用で標的なんでしょうねえ。と、この状況で、そんな事を考えられるのは、この若者だけの特技だ。
そうして八戒は口を開いた。
「今日、悟空と一緒に買い物に出掛けたら、露店が並んでいて…そこで琥珀を見つけたんです」
一度言葉を切った八戒に、三蔵は視線だけで先を促した。
「中に昆虫の化石が入った琥珀だったんですが―――それから急に塞ぎこんでしまって…」
三蔵はチラリと寝室の扉を見やって、ため息を吐いた。
先程から頭に響く不安な声の原因。
琥珀に閉じ込められた昆虫に、己を重ねたのだ。
「バカ猿が…」
「すいません。僕も早く気付けば、よかったんですけど」
「お前が悪いわけじゃねえ。気にするな」
そう言って立ち上がると、寝室へ足を向ける。その後姿へ、八戒の声が掛かった。
「三蔵、今度の休みは家へ来てください。お詫び、させてくださいね」
八戒が悪いわけではない。三蔵も解っている、けれどそれでは八戒が納得しない事も、解っていた。
「明後日だ」
そのたった一言の返事を残して、三蔵は寝室の中へ消えた。
残された八戒は暫し固まり、それから喉を鳴らす。
「明日一日掛けて、準備をしろという事ですね」
一人呟いて、主の居ない執務室を後にした。
ベッドに丸まる小さな身体が、近付いてくる気配を察して僅かに身じろいだ。
三蔵はその端に腰を下ろすと、深茶の頭に指を差し入れ、ゆっくりと髪を梳きだす。何も言わず、ただ静かに。
「解ってるんだ…今は三蔵が居てくれる。八戒も悟浄も…解ってるはずなのに…」
震える声が紡ぎだす言葉に、三蔵はじっと耳を傾けていた。
「時々、恐くなるんだ…俺はいっつも三蔵に迷惑かけてばっかだから」
いつか、あの暗く冷たい岩牢に、連れ戻されてしまうのかもしれない。
悟空の肩が震えた。その様子を眺めていた三蔵は、小さく嘆息して、
「悟空、こっち向け」
言葉ほど強くないそれに、悟空は恐る恐る三蔵の顔を見上げた。
「今、お前の前には誰が居る」
その静かな問い掛けに悟空が「え?」という表情のまま固まる。
三蔵がもう一度同じ事を聞くと、躊躇いがちに「三蔵」と言う答えが返ってきた。
「そうだ―――お前はもう、一人じゃ無えだろ」
――――もう、一人じゃ無えだろ
大きな金瞳から、一筋涙が零れた。それは後から後から溢れ出てくる。
「三蔵ぉ…」
三蔵に縋りついた。
小さな身体を抱き返しながら、「一人じゃないだろう」と再び囁く。
溢れる涙は止まらないけれど、悟空は笑いながら「ありがとう」と、その暖かい胸に頬をすり寄せた。
「八戒に悪い事しちゃった」
漸く落ち着きを取り戻した悟空が、鼻を赤くしながら呟く。
「そう思うのなら、明日は一日アイツの手伝いをして来い」
金瞳の端に残る涙を拭ってやりながら、三蔵がぶっきらぼうに告げる。
「うん!」
いつもと変わらない笑顔が、そこに戻って来ていた。
翌朝。
「八戒んトコ、行ってきます!!」
養い子の元気な声に、三蔵の口元が微かに笑んだ。
三蔵って凄い
俺がうまく言葉に出来ない気持ちも、すぐに解ってくれる。
俺が欲しい言葉をくれる。
三蔵が居るから――――
八戒や悟浄が居るから、俺はちゃんと立っていられる。前を向ける。歩いていける。
いつか。
三蔵と並んで歩けるように、今はまだ、三蔵の背中を追いかけてるだけだけど。
きっと、追いついてみせる!
俺は…俺は一人じゃないから!
「八戒、悟浄!こんにちはっ!!」
悟空の元気な声が、青空に吸い込まれていった。
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ネタの神様が降りてきた…
勢いで書き上げて。。。でも、結構好きかも(自画自賛)
悟空はやっぱり、元気でなくちゃ!と言う事。 |