不器用な恋人
「三蔵!」
養い子のその声が、いつもと違って固い意思に裏打ちされた響きを持っていたので、不覚にも三蔵は見ていた新聞から顔を上げ、声の主を見上げてしまった。
「悟空?」
「おい、どうしたそんな恐い顔して」
実際、少年は怒っている訳ではないのだが、二人の仲間。八戒と悟浄も、普段と様子の違う悟空に、少々戸惑い気味だ。
そして当の悟空といえば、そんな二人に目もくれず、意気揚々と無言で自分を見ている、三蔵の元へ歩み寄っていく。そして、
「三蔵」
もう一度、彼を呼ぶ。
「何だ…」
反射的に返事を返した三蔵。だが、次の瞬間、室内の時間が見事なまでに止まった。
「俺、さんぞーを独り占めする」
高らかに宣言した悟空は、あろう事かいきなり三蔵に覆いかぶさったのだ。
「は?」
「あ?」
そして暫しの沈黙――――
「何しやがる、バカ猿!降りろっ」
怒鳴り声と共にハリセンを炸裂させた三蔵だが、
「やあ〜だ、独り占めするのぉ」
少しもダメージを受けていない様な悟空が、彼を見上げてふにゃりと笑った。
「さぁんぞぉ…」
その途端、三蔵が露骨に表情を歪める。
「てめえ、酒飲みやがったな」
「え?」
「あ!」
三蔵の声に現実へ戻って来た悟浄が、何かを見つけた。
「おい猿の奴、これ飲んだんじゃねえか」
取り上げたのは、空になったカクテル用のチェリー酒のビン。
「悟空、もしかしてこれを飲んだんですか?」
未だ三蔵に懐きっぱなしの悟空へ八戒が声を掛ける。
「んあ?そーぉ、甘くてぇ美味しかったぁ〜」
「ダメだ、完全に出来あがってら」
「んな事より、俺の上から降りろ猿!って、寝るんじゃねえっ!!」
だが、時すでに遅し。三蔵の胸を枕に、悟空は頬を桃色に染めて、それはそれは幸せそうに夢の中へ旅立っていった。
「ははは、どうしますか?」
「どうしますかじゃねえ、さっさとどけろ!」
怒り心頭の三蔵に、苦笑いを浮かべながら悟浄が悟空を抱え上げ、ベッドへと運ぶ。
漸く起き上がった三蔵が、苦々しく煙草を咥え紫煙を吐き出したその時だった。
「さん、ぞ…さんぞ、どこ―――おいて、いか…で―――さんぞ…さんぞぉ」
シーツの上を彷徨う手。震えた声で三蔵を呼び、目覚めない眦からついと涙が零れた。
「呼んでるぜ、三蔵サマ」
思わず悟浄が肩を竦めて見せる。
「急に温もりが消えて、不安になっちゃったんでしょうね」
「知るか」
そんな二人の視線に三蔵は、顔色一つ変えずに言い放った。
「知るかって、冷てえ奴だな―――んじゃ、俺が代わりに添い寝してやっか?」
冗談とも本気とも取れる悟浄の言葉に、三蔵より先に八戒が反応した。
「まあまあ悟浄、悟空だってもう子供じゃないんですから。ねえ三蔵」
その人の良い笑みの裏に見え隠れする八戒の思惑に、気付かないほど短い付き合いでは無い。悟浄は思わず口角を上げた。
「ま、そりゃそうだわな。いい加減、小猿ちゃんも親離れしねえと」
「誰が親だバ河童」
剣呑な目は、今にも鉛玉をぶっ放しそうだ。
「悟空も寝ちゃった事ですし、僕たちも休みませんか?悟浄」
三蔵の態度などお構いなしに、八戒は悟浄へ声を掛けた。
「そだな」
一方もそれに、あっさりと同意を返す。
「それじゃ三蔵、明かりお願いしますね。おやすみなさい」
そう言って二人は、各々ベッドへ入り上掛けを被ってしまった。
あっという間に静かになった室内で、悟空の小さくすすり泣く声だけが、やけに響いていた。
翌朝。
八戒が目覚めた時、部屋に三蔵の姿はすでに無く。それでも彼はあるものを見つけて、その顔に笑みを浮かべた。
向かい側に二つ並んだベッド。一つには悟空が未だあどけない寝顔を見せている。
昨夜、自分と悟浄がベッドに入って少しした後、部屋の明かりが落ちた事は知っている。
キシリと軋むベッドの音。そして悟空の声がピタリと止まった。
何が起きたかなど、確かめるべくもない。
自分たちが起きている間は、絶対に三蔵が行動を起こさない事くらい、充分承知している。
「本当に、照れ屋さんなんですから」
全く使われた形跡の無いベッドを見て、八戒が呟く。
だからこそ三蔵は、自分や悟浄が起き出してくる前に、悟空のベッドを離れたのだ。今頃は、何食わぬ顔で煙草を咥え、新聞を広げているのだろう。
「保護者さんが一番甘いんですよねえ」
「何、言ってんだぁ?」
「悟浄。おはようございます」
「はよ。何してんだ」
「いいえ。さ、悟空も起こしましょうか」
上機嫌の相棒を眺め何かを言いかけた悟浄は、けれど結局何も聞かずに、ベッドを抜け出した。
「悟空、そろそろ…」
そして、少年の枕元に立っていた八戒の声が止まった。
「八戒?」
シャツを着込みながら傍へ寄った悟浄を振り返って、八戒は指を口に当てた。
「あ?」
示されるまま眠る悟空に視線を移す。ついとその口元が上がった。
「ホントに、猫っ可愛がりだよなあ」
「そうですよねえ」
幸せそうな寝顔の悟空の腕がしっかりと抱きしめている真白。
この世界にたった数名、選ばれた者だけが纏うことの出来る、最高僧の法衣。
「もう少し、寝かせておきましょうか」
「だな」
互いに笑い合って、足音を忍ばせ部屋を出る。
静かに閉まった扉の向こう。
夢の中の少年が、ふわりと微笑んだのを彼らが見る事は無かった。
「さん、ぞ…―――ダイ…ス、キ」
copyright(c)karing/Reincarnation_2006
閑話休題用に書いてたのに、無駄に長くなって…(適当にはしょれない不器用な私)
我が家の三蔵サマは照れ屋だけど、四人部屋でも悟空と一緒に寝たりします(爆) |