優しい腕 その日は盛大な泣き顔で迎えられた。 「何泣いてやがる」 至極当たり前の質問だ。数ヶ月前に拾った、恐ろしく手の掛かるチビで大喰らいな猿は、呆れるほどよく泣くイキモノだった。 閉鎖的なこの空間に現れた異質なモノ。それだけで寺の連中はいちゃもんを付けては、小猿に随分な仕打ちをしてきた。仕方ないの一言では済ませられないそれは、三蔵法師としての仕事を悪戯に増やしただけだったが、何故かその小猿を「手放す」という選択肢が、俺の中に生まれる事はなかった。 そんな事があって、小猿が泣くというのはそれほど珍しい事ではないのだが… 「猿、泣いてちゃ解らん。人語を話せ」 涙でグシャグシャになった顔は、それこそ猿のようで…だが、その涙を見るに付け沸き起こる焦燥感に、胸を抉られる様な痛みを覚え、悟空の涙は俺の「最も苦手」とする部類に振り分けられた。 そして、目の前の小猿は未だしゃくりあげたまま。仕方ねえから、最後の手段に出る。 「悟空…」 その途端、奴の肩が震えた。 「悟空」 しゃくりあげが小さくなる。もう一押しだ。 「どうした、悟空?」 主導権が俺に移る。 「さん…ぞ…ヒック…さんぞぉ」 再び湧き上がった涙はそのままに、小さな身体が駆け寄ってくるのを、何言わずに受け止める。額をこすり付けて、悟空はまた盛大に泣き始めた。 「落ち着いたか」 「…ぅん」 泣きはらした金瞳が痛々しい。 拾った頃は、よく一人が恐いと泣く事が多かったが、この頃ではなんとか自分の心に折り合いをつけたのか、随分と表情を変えるようになった。 今回のような事は珍しい。 「何があった」 その言葉に、悟空はまた顔を俯かせ俺の法衣を握り締めた。 「悟空…言いたい事は言葉にしろと、教えたはずだぞ」 それから悟空が話し出すまで、なけなしの忍耐力を総動員する。そうやって聞き出した内容に、思わずこめかみを押さえた。 「三蔵…誕生日なの…俺、何も…して」 どうやら、今日が俺の誕生日だとどこかで聞きつけたらしい。 本来なら、桃源郷の最高位の称号を持つ「三蔵法師」の生誕は、寺院を上げての一大イベントとなる。が、その実、寺の格を上げるためだけの祭礼に嫌気がさして、俺は着院した次の年から「聖誕祭」を禁じていた。 毎年、僅かに豪華になった夕餉だけが、自分にとって一つ歳を重ねた証となっていたのだ。 「別に、誕生日だろうと、いつもと変わらねえだろうが」 この時まで、俺は本当に悟空が泣く理由が解らなかったのだ。 「だって、三蔵の誕生日…特別…ふぇ」 見る間に盛り上がった涙に、心底困り果てた。 「何をそんなに泣く事がある。誕生日なんてのは、歳を取るだけでめでたいモンでもねえだろ」 その途端に上がった悟空の顔に、不覚にも息を呑んだ。 「そんな事ない!誕生日は…三蔵が生まれた日は、特別なんだ……三蔵が居なかったら…俺は、見つけてもらえ…なか、った」 言葉が出なかった。 この世に生を受けた事さえ、疎ましいと思う時が有るのに。 悟空は、今自分がここに居るのは、俺が生まれたお陰だから。だと言いやがる。 どうしてそんな風に思えるのか。本当に不思議でならない。だが、もっと不可解なのは、悟空のその言葉に、満たされている俺自身だ。 「三蔵が居てくれたから、俺がここに居る。だから、俺も三蔵が生まれた日に、「ありがとう」って言いたかった」 腕の中で、真っ赤になった金瞳が必死に訴える。 そうなったら…観念するしか、ねえじゃねえか。 「そんなに祝いてえのか」 問い掛けに、神妙な顔つきで頷く悟空に、 「飯喰って、風呂入ってからだ」 それだけ告げて、俺は身体を離した。 「さんぞ…あの」 あれから悟空は、何も聞かずに大人しく飯を喰い(量は変わらないが)風呂に入って、俺の前に立った。 そこに張り付く、初めて見る緊張した猿の顔。 傍へ来い。と言った俺に、ぎこちない笑みを返して悟空が近付く。手を伸ばしてその腕を引くと、そのままベッドへ転がった。 「さ、さんぞ!」 ひっくり返った猿の声に、思わず喉が鳴る。 「祝いてえんだろ。させてやるよ」 そうして、俺は小さな薄い胸に顔を埋めた。 「さんぞぉ」 頭の上で情けない声を出す悟空に、顔を上げずに応える。 「寒みいんだよ、暖めろ子供体温…てめえにしか出来ねえ事だ」 言った途端、耳元で悟空の心臓が跳ねたような気がした。 「誕生日ってのは、自分が出来る事で祝えばいいんだ。憶えとけ」 目を閉じて伝わる心音に身体を預けると、細い腕がそっと俺の背中に廻っていく。感じる心地よさに、顔が緩むのが分かった。 「さんぞ…ありがと」 「ちゃんと言えたじゃねえか…」 「うん…」 触れ合った場所から、熱が広がる。穏やかで柔らかくて、忘れてしまった何かを思い出させる様な… ゆっくりと二つの心音が重なっていく。 今夜はいつもより眠れそうだ。 「おやすみ、三蔵…ずっと一緒に、居るよ」 悟空の囁きが聞こえたような気がした。 「おはなのおはなし」が三蔵サマのお誕生日にかかるから、良いかと思ったのに。。。やっぱり、書きたくなって(えへ) 何とびっくり、最短記録。。。とだけ言っておこう。 サイトで三蔵サマのご生誕を3回もお祝いできるなんて、花淋はそれだけで幸せモノです。 ありがとうございました(ぺこり) 2005/11/29 花淋拝 |