自分で言うのも何ですが、三蔵様のお傍に仕えるようになって時が経ち、それなりに私の存在もお認めになって頂けていると思っております。
 もちろん、悟空に比べたら塵の一つに過ぎませんが…

 例えばこんな時、互いに信頼し慈しみあうお二人の姿に、私まで嬉しくなるのです。



 一年を通して、三蔵様のお仕事はとても多く、その合間に危険を伴う雑事をこなされています。
 当然、私室へお戻りになるのはいつも深夜で、次の日は早朝から寺院のお勤めがございます。お疲れが溜まっていくのを私はただただ眺め、何のお力添えも出来ないこの身が、たまらなく歯痒いばかりでございました。

 ある時、私がいつものように執務室へ書類をお持ちした時の事でございます。
「失礼致します、三蔵様」
 扉の前でノックをしましたがお返事がありません。再度、少々強めにノックをいたしますと、いつもの不機嫌(三蔵様にはどうぞご内密に)なお声で、入室の許可が下りました。
 静かに扉を開け中へ入ると、いつになく眉間の皺を増やした三蔵様の疲れたお顔がございました。
「お休みでしたか。失礼致しました」
 持ってきた書類を差し出す事を躊躇しましたが、三蔵様は無言で書類に手を伸ばされました。
「少しお休みになられては如何ですか?あまりご無理を―――」
「大丈夫だ」
 私の言葉を遮るように発せられた厳しいお声に、私も少々ムキになってしまったのかもしれません。本当にこの方は、他人にご自分の弱さをお見せにならない方なのですから。
「ご無理をなさってお身体を壊されれば、悲しむのは悟空でございます」
 その途端向けられた眼差しに、私は背筋が凍る思いでございましたが、次の瞬間、三蔵様の肩からすっと力が抜けるのが分かりました。
 ため息が一つ。それから、
「猿はどうしてる」
 そのお声が、先程と打って変わって穏やかな事に、ご自身は気付いておられるのでしょうか。
「お仕事の邪魔をしたくないと言って、裏山へ出掛けて行きました」
 悟空の最優先は、いつの時も三蔵様なのですから。
「そうか…―――また、泥だらけで帰ってくるな」
 そして、三蔵様の最優先もまた、大地の御子ただ一人なのです。
「今日は湯殿の準備を早くしておきます」
「そうだな」
 三蔵様の僅かに笑みを含んだお声に頭を下げて、お部屋を後にしようとした私の背後で、
「愁由、暫く人払いだ」
 その言葉に振り返った時、三蔵様のお姿はなく。大きく開いた窓でカーテンが揺れているだけでございました。
 私は思わず頬を上げ、それから主のいない執務机に頭を垂れると、お部屋を後にしました。


 太陽が山の向こうに隠れ始め、未だお戻りにならないお二人に、そろそろ僧正様方が騒ぎ出しそうになる頃、執務室に控えていた私は隣室の物音に顔を上げました。
「三蔵様?」
 開いた扉から表れた三蔵様は、
「飯は猿が起きてからだ」
 そう仰りながら私に手渡したのは、悟空の汚れてしまったチャイナ服でございました。
「着替えなら私をお呼び下されば」
 言ってはみたものの、分かってはいるのです。三蔵様がお二人の寝室へ、けして他人を入れない事は。
 そして、三蔵様は何も仰らずに執務机に向かわれると、また筆をお取りになりました。
 私は一礼して執務室を出て廊下を数歩進みましたが、とうとう緩む頬を抑えきれなくなりました。
 改めて思い知ったのです。悟空だけが、お疲れになった三蔵様を癒す事ができるのだと、御子の穢れない清い想いが、三蔵様の気持ちを和らげるのだと。
「どうやら、良い気分転換が出来たようです」
 一人呟いて、厨房へ足を向けました。

「愁由!三蔵様は如何なされた、もう直ぐに日が暮れてしまうのに」
「さて、三蔵様は執務室にずっと居(お)られましたが」
「な、なんだと」
「それでは失礼致します。夕餉の用意がございますので」
 目を白黒させる僧徒の横を通り過ぎ、私は今度こそ震える肩を止める事が出来ませんでした。


 自分で言うのも何ですが、三蔵様のお傍に仕えるようになって、私も随分と人のあしらいを覚えたような気が致します。
 もちろん、三蔵様には口が裂けても言えませんが。

 三蔵様のお心を支えるのは、悟空にしか出来ませんが、二人の時間を守る事は、微力ですがこの私にも出来るようでございます。
 ええ、ですが。くれぐれも皆様、この事はどうぞ三蔵様にはご内密に、お願いいたしますね。



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 「たとえばこんな時」愁由語り。
三蔵の傍仕えって、絶対一筋縄じゃいかない筈だ。愁由の別名は、いずれ「八戒二号」とかになりそうです。そんで、三蔵は頭が上がらなくなるんだろうな…
タイトルの「至心」は真心という意味です。
花淋