お子様とか、猿とか ――――
 脳天気、悩み知らず…みんな好き放題言うけどさ。俺だって悩みくらいあるんだからな。
 きっと絶対、確実に、間違いなく、三蔵が聞いたらハリセン。もしかしたら、鉛玉かもだけどさ…

 そんな俺に気付いてるのか、いないのか。

 たとえば、こんな時。貴方のふとした一言が、俺を安させる。


「ダメだ。この先はこの前の雪崩で、道はすっかり埋まっちまってるとよ」
「となると、大幅に迂回をしなければ、なりませんね」
 そんな事を言いながら、大きな地図とにらめっこする三人。
 この旅の決定権は三蔵が握ってるけど、ルートに関しては八戒と悟浄の意見を凄く大事にする。二人が、町で仕入れてきた情報を聞きながら、先の道を決めるんだ。
 その間、俺はずっと「カヤのソト」もう慣れた。とは言えないけど、仕方ない。だって俺には絶対ムリ、逆立ちしたってムリだから。
 分かってはいる事だけど、やっぱり、ちょっとヘコむ。
 こんな時、自分と三人の距離を、嫌でも感じてしまう。
 ああ、そういうとこが、ガキなのかなぁ ――――

「くう…おい、悟空!」
 スパーンッ!!
 完全に自分の世界だった俺に、とびきりのハリセンが炸裂して、涙目になりながら見上げた先には、呆れ顔の三蔵。
「な、に…」
「煙草が切れた、買って来い」
 目の前に突き出された小銭を受け取って、何も言わずに部屋を出た。
 だから、三蔵が変な顔をしてる事に、俺は全く気付かなかったんだ。

 売店に下りて、目的の物を買ったけど、部屋へ戻る足は遅くなる。
「こんな事しかできないよなぁ、俺…」
 なんだか寺院に居た時より、三蔵の役に立ってない様な気がして、俺の頭に浮かんだのは…
「俺って、ただのセーヨクショリ?」
 呟いた途端、酷く自分が惨めになった。こんな事、とても三蔵の前では言えない。
「あは、バカみてぇ」
 頭を振って、昏い思考を追い出すと、階段を駆け上がった。
「さんぞー、買ってきたぞ」
「ああ」
 その口先だけの返事に、ツキンと胸が痛くなったけど、気付かれないように口唇を噛んで、
「俺、風呂入ってくるな」
 返事はやっぱり、返ってこなかった。

「俺、どうかしてる…」
 熱いシャワーを浴びながら、鼻の奥がツンとなって、バシャバシャと顔を洗った。
 今夜に限って、三蔵がすごく、遠い…
 風呂を出ても気分は一向に優れなくて、濡れた頭を乱暴に拭くと、そのままベッドへダイブ。柔らかい布団は、そういえば十日ぶりの感触だった。
 と、いう事は、十日間三蔵に触れて無いって事。
「寂しい、よぉ…さんぞ」
 そんな自分の声を、俺は遠いところで聞いていた。


「起きろ、バカ猿」
「うぎゃ!」
 いつも通りの手厳しい起こし方。それが、なんだか凄く腹が立った。
「何すんだよっ!人が気持ちよく寝てれば」
「どこがだ!んなシケた面しやがって、だいたい急に居なくなるんじゃねぇよ」
「シケた面で悪かったな!風呂入るって言ったじゃん、聞いてねぇ三蔵が悪いんだかんな」
 売り言葉に買い言葉なのは分かってるけど、止められなかった。俺がどんな気持ちで三人を見てるかなんて、きっと三蔵には分からないんだ。
 「大人」の三蔵には。
 悔しくて、情けなくて、頭ん中はグチャグチャで…三蔵の顔が滲んだ。
 そして不意に訪れた温もりと、頭の上で聞こえた、ため息。
「ったく、何、拗ねてんだガキみてぇに」
「ガキじゃ…ねーもん」
 言ってはみたものの、ぎゅっと三蔵にしがみつく俺は、十分ガキなんだろうな。
 そんな俺の背中を、あやすように擦りながら、
「で…何が不満だ」
 ああ、やっぱり三蔵に、隠し事なんか出来ないんだ。
 そうなったら、言うしか無いじゃん。
「なんか俺だけ…さんぞーの役に立ってない…」
 正直に、けれどぼそぼそと呟いて、伺うように視線を上げれば、三蔵は心底呆れたような顔をしていた。それから俺を抱いていた腕がすっと上がって、思わず目を瞑った。だけど…
 次に来たのは衝撃じゃなくて、ふわりと頭に三蔵の手の感触。
「お前に、あいつらの真似が出来るわけねぇだろ」
「そ、それは、そ…だけど」
 んな、はっきり言わなくたって、いいじゃんか…
「それと同じ様に、あいつらにだってお前の真似は出来ねーんだよ」
 それはどういう事だろう。俺は三蔵の言ってる意味が分からなくて、顔を上に上げた。途端、
「うわっ!」
 抱きしめられて、もつれる様に二人してベッドに転がった。
「さんぞっ!何すんだよ」
 ベッドと三蔵に挟まれて、もがく俺をますます押さえつける様に抱きしめて、三蔵はそっと耳元に口唇を寄せた。
「お前にしか出来ない事が、あんだよ」
 低いテノールに背筋を甘い電流が走った。
 それって、やっぱり俺はセーヨク…
「お前と居ると、ほっとする……悟空」
 
 えっ?……今、何て言ったの?
「…ほっと、する…」
 覆いかぶさっていた顔を上げて、俺を見下ろすのは柔らかい紫暗の瞳。
「お前にしか、出来ねぇ事だ」
「俺…だけ、しか」
 そう言われて気付いたんだ。空気が…いつもと違う。ふわふわして、あったかい。
「さんぞぉ…」
 甘えるように呼べば、優しいキスの雨。抱きしめてくれる腕は力強いのに、三蔵の身体はすごくしなやかで、普段の張り詰めた感じが一つも無い。
 
 お前と居ると、ほっとする ――――

 「好き」とか「愛してる」とか言われるよりも、今はその言葉が嬉しい。
 俺、三蔵の傍に居てもいいんだ。
 あんなに悩んでたのが嘘みたいに、胸がいっぱいで顔が緩むのを抑えられない。
「三蔵、ありがと……三蔵?」
 気が付けば三蔵は俺を抱きしめたまま眠っていた。
 無理も無いか、ずっと身体を横たえて眠る事、出来なかったから。
 俺は起こさないように細心の注意を払って下から抜け出すと、上掛けを引っ張って三蔵と自分に掛けた。もちろん、そうしてからまた、三蔵の胸に擦り寄る、すると無意識にその腕が俺を抱き寄せてくれた。
 首を捻って三蔵を伺うと、そこにはとっても穏やかで、きっと俺しか知らない、俺しか見られない三蔵の寝顔。
「おやすみ、三蔵…大好きだよ」
 煙草の匂い。三蔵の匂いに包まれて、俺はゆっくりと微睡いを追いかけた。


 貴方の何気ない一言が、不安だった子供の心を救うのを、貴方は知っていますか。




 久しぶりのシリーズ。
 最初に浮かんだのが、三蔵様の「ほっとする」。
 コレを言わせたいがために、構想一日、下書き30分、仕上げに2時間。花淋、がんばりました!
 ああ、いつもこうだと楽なのに…
 よろしければ、感想などお願い致します(ぺこりん)
花淋