勝ち目の無い勝負だと、本当は解っていたはずなのに ――――




ミ ズ カ ガ ミ




 第一印象は、はっきり言って良いモンじゃなかった。
 いきなり後ろ髪引っ張られて

――――燃えてるみたいに真っ赤だから、熱いと思ったのに、冷てーじゃん

 全くもって、とんでもねぇ言い草だ。
 だが、それがきっかけで始まった腐れ縁は、無自覚にある感情を育ててる羽目になった。


「なぁ〜まだ着かねぇの、もーハラ減って死にそう」
「おめー、その燃費の悪さ、いい加減に何とかしろよ」
「うっせーな!俺はエロ河童と違って成長期なんだよ」
「んだとコラ、誰が河童だ!万年欠食猿が」
 成長期なら中身も一緒に成長しろ。と、追い討ちをかければ、ケンカ相手は湯気を噴いて掴みかかってきた。
 その小さな身体の中に溢れるほどのパワーを秘めた少年だ、じゃれ合いだろうと本気の防御が必要になる。悟浄は長い手足を使って、器用にその攻撃を避けていた。
 が、いかんせん元より狭いジープの後部座席の騒動は、最高僧の怒りを買うには充分で、こめかみにくっきりと青筋を浮かべた彼は懐から引き抜いた、その砲身をぴたりと鼻っ面へ押し付けた。
「今すぐ黙るか、永遠に眠るか、好きな方を選べ」
 地を這うような声と凶器の視線に、ぴたりと動きが止まる。
「ご…ごめん、な…さい」
 あっさりと白旗を揚げた彼の養い子を見て、悟浄は先程とは違う胸のムカツキを感じていた。


 それは旅に出る前から時折、感じていた事。
 ある日を境に付き合い始めた、傍目からみれば「破戒僧」と言う言葉がこれ程、似合う男もいないというくらいな、けれどこの世界にたった五人だけが名乗る事を許された、「三蔵法師」の称号を持つ最高僧と、その彼が五行山の深淵から連れ帰った、大地の化身と呼ばれる見た目は全くの野生猿。
 知り合った頃は、飼い主とペットという表現がぴったりだと思っていたのに、視線が彼ら二人を…否、一人を追うようになって気付いた。

――――絆…の一言では、表せられないほどの深い、繋がり

 そして、自分の中で育ってしまった、彼の人への想い。
 それが、どんな結果になるのか解っていても、簡単に打ち消す事が出来なかった。







 負けるつもりなど微塵もないけれど、西への旅が「命懸け」である事に変わりはない。
 多分に漏れず今日も続いた、代わり映えの無い戦闘。が、気付けば四人散り散りで、この所のお約束のように最年少の仲間だけが、戻って来なかった。

「三蔵サマよ、飼い主ならもう少し、ペットの躾はしっかりしとけよ」
 戻らない養い子に、腰を上げる気配すらも無い保護者。
 ここぞとばかりに口撃を始めた悟浄に、保護者たる三蔵は眇めた一瞥をくれただけで、その場から動こうともしなかった。
「てめえのペットなら、てめえで探すのが道理だろ!んな涼しい顔してんじゃねーぞっ」
「悟浄!とにかく、悟空を探しましょう。三蔵はここに居てください、戻ってくるかもしれませんから」
 仲裁に入った八戒は、悟浄の腕を取ると歩き出そうとした。
「行く必要は無い…あいつは…悟空はもう、この近くには居ない」
 その言葉に二人は愕然と声の主を見た。三蔵は静かに、けれどその眼差しの厳しさに、彼の中で燻る怒りを、八戒と悟浄は確かに感じていた。

「ここには居ないって…どういうことだ」
「言った通りだ」
「言った通りって。何故それが、貴方に解るんですか」
 少なからず八戒の声に怒りが含まれる。居ない事が解っているのに、行動を起こさないでいる三蔵の意図が読めない。
 出逢った頃から、目の前の最高僧は養い子に対して厳しくはあったけれど、最後にはその手が柔らかく少年の頭を撫でるのを、二人は幾度と無く見てきている。
 三蔵の中には、悟空という少年が確かに存在しているのだ。
「声が止んだ途端に、猿の気配も消えた」

――――声が止んだ

 何故か、その言葉がいつもより重く感じて、悟浄は知れず口唇を噛んだ。
「お前、そこまで解ってて、何呑気に構えてんだよ」
 湧き上がるのは怒り以外の何物でもない。
「ここに居ないんだったら、なおさら探すのが当たり前だろっ!」
 悟浄の怒鳴り声に、眇めた目を向けると、
「だから貴様は馬鹿だってんだ。ここで騒ぎ出して別行動を取れば、向こうの思う壺だってぇのが解らねえのか」
 三蔵の落ち着き払った声は、悟浄の焦りを煽り、続いた一言に自分にはけして無いものを、彼が持っているのだと思い知らされた。
「それに、あいつは…そんなに弱かねぇ」
 
 解るのだ。
 三蔵には、三蔵だけには…悟空の真の強さが。

 何故それが、彼なのか。彼でなくてはならなかったのか。
 疼く胸の痛みに、奥歯を噛んだ。
 
 きっと、自分はそれが何故なのか、知っている。
 知っている…けれど、今はまだそれを認めたくないと、思ってしまうのだ。

 金色のヒカリを求めてしまう心を、悟浄は抑える事が出来なかった。







「な…んだ?ここ」
 背中の硬い感触に、悟空はゆっくりと瞳を開いた。見えるのは薄暗い天井、鼻をくすぐるカビ臭い匂い。神経を廻りに張り巡らせて、人の気配が無い事を確認すると、漸くその身を静かに起こした。
「なんだ、これ…俺が…居る」
 ゆらゆらと揺れる蝋燭の明かりの中、真っ直ぐに自分を見る一対の金瞳。
 合わせ鏡のように、額を飾る金鈷も寸分違わず、ただ生の息吹だけが感じられない。
 木偶の悟空(じぶん)。
「なんだよアレ…三蔵?居ない…のか、八戒!悟浄!」
 鉛のように重い身体をやっとの事で動かして、悟空は仲間の姿を探した。
「三蔵!どこに居んだよーっ」
 背後に感じる気味の悪い視線。見ないように、ただそれだけを思って、悟空は部屋の扉に手を掛けたまさにその時、
「どこへ行くんだ」
 その、聞き覚えのある声に悟空の背中を、冷たいものが流れた。 
 振り返るな。
 全霊がそのシグナルを送っているのに、身体はゆっくりと背後を振り返る。そして、
「誰だ…お前」
 どちらが言った言葉だろう。
「俺は、孫悟空だ」
 問うた声も答えた声も、同じ響きを持っていた。


 じっと、ただじっと彼は瞳を閉じ、口を真一文字に結び、その場に座していた。
 代わる代わる行動を促した二人の仲間も、今は大人しくそれを見守っていた。待っているだけの時間は、焦燥を増すばかりで、限界が近付いている。
 
 微動だにしない三蔵は、一点に心を集中させて――――
 彼は、探していた。
 見えない、細い細い糸の先を。
 自分だけが感じる、養い子の心を。

――――悟空

 呼ぶのは一つの名前。
 そして、

――――さんぞ…

 ゆっくりと開いた紫暗が、空気を切り裂く。
 立ち上がり歩き出した三蔵は、確かな足取りで黒い森に進んでいく。
 二人は黙って付いて行くしかなかった。







あとがき
 キリリクお届け!
 思ったより、シリアス。。。そして、花淋初の「三空←悟浄」
 この先、どうなるんだ???  

2005/11/18 花淋拝