| ぬくもり〜悟空ver.〜 いつもより早く町に着いた。それはそれで結構、ヒマだったりする… 「なんか、のんびりだなぁ」 口をつく言葉まで、呑気だ。こんな夕暮れは、寺にいた頃を思い出す。仕事で忙しい三蔵を、一人で待っていた幼い自分。 寂しかったけど、一人ぼっちじゃなかった。その事実だけが嬉しくて、三蔵以外の人間が、自分をどんな風に見ていても、毎日が楽しくて仕方なかった。 そんな事を思い出しながら、町の外れの川原まで来ていた俺は、土手に上がって思わず、声を上げた。 「うわぁ〜」 茜色の空気の中に、けして染まる事の無い金。 「これ…彼岸花だよな」 でも、俺の知ってる彼岸花は赤い色。 「三蔵の色だ…」 そっと、足を踏み入れたみた。そこはまるで三蔵の腕の中のようで…頬を撫でる風は、三蔵の指先のよう… すごく気持ちがいいや。身体がフワフワして、暖かくて… 「さんぞう…」 目の前で微笑む彼の腕が、俺をそっと抱きしめた ———— 「あれ?」 閉じていた目を開けば、そこは金色の彼岸花の園。でも、俺はなんとなく違和感を感じていた。 「なんだろう?」 そういえば…三蔵のぬくもりが無い。 「三蔵?何処だよ…」 俺は急に不安になって、夢中で三蔵の名前を呼んだ。 「三蔵!返事しろよ、三蔵っ!うわっ!!」 不意に後ろから腕が回って、身動きが取れなくなった。いつもだったら直ぐに気配を感じるのに、全くそれに気付かなくて、パニックを起こしかけた時、 「悟空…」 それは俺がよく知っている声だった。 「さん、ぞ…」 ううん、三蔵じゃ無い…三蔵だけど、この声は違う。 じゃあ、誰? 「このままで…悟空」 振り返ろうとした俺を制して、声の主は言葉を続けた。 「大きくなったな、悟空」 「三蔵…」 「ああ」 違う、三蔵じゃないって分かってるのに、でも三蔵の名前しか出てこない。 心はこんなに、憶えているのに…逢いたいと、願っていたのに ———— 「それでいいんだ、悟空…」 そう言って、頭に置かれた手がゆっくりと髪を梳きだす。俺は胸が締め付けられたみたいに、声が出せなくて…話したい事はたくさんあって、今言わなければ、今度はいつ会えるか分からないのに。 「泣くなよ、悟空。分かってるから、お前の言いたい事」 「さんぞう…」 「泣くな…幸せなんだろう?今は」 俺はただ、頷くしか出来なかった。 「それでいい、お前が幸せであってくれれば…」 「うん…俺、すごく幸せだよ。大好きな三蔵と、一緒に居られて…」 止まらない涙に、俺は、言葉が続かなくなった。 「…くう…悟空!しっかりしてください、悟空っ!」 肩を揺すられて、頬に軽い衝撃が走る。俺は瞬きをしながら、自分を覗き込む翡翠の瞳を見つけた。 「はっ、かい?」 「悟空…」 八戒の手を借りながら、身体を起こして辺りを見回す。 見覚えのあるそこは、金色の彼岸花の真ん中。 「あれ?俺…どうしたんだろう」 「聞きたいのは僕たちの方ですよ悟空。いつまで経っても戻ってこないから、何かあったのかと思って…」 食事の時間になっても帰らない俺を、探しに来てくれたんだ。 「ごめん、八戒…」 「悟空?」 急に八戒の顔が滲んで、自分が泣いてるのに気付いた。 「ご、めん…何でもないよ。夢見てたみてえ…よく覚えてないけど」 幸せな夢だった。なのになんでこんなに、胸が痛いんだろう… 「三蔵が、見つけたんですよ」 あやす様に背中をポンポンと叩かれて、俺は八戒が声で示した方を向いた。 「さんぞ…三蔵っ!」 煙草を咥えて腕を組みながら、じっと俺を見ていた彼に、駆け寄って抱きついた。 降りてきたのはハリセンじゃなくて、おっきくて暖かい手。その手が髪をゆっくりと梳き出す。 「三蔵…俺、おれ…」 喉が詰まってうまく話せない俺を、三蔵は何も言わずに、待っててくれた。 「俺…幸せ、だよ…三蔵が居て、みんなが居て…すごく、幸せなんだ…」 でも、すごく痛いんだ、ココが。 最後の言葉は声にはならなかったのに、三蔵には届いてたんだ。 「なら…いいじゃねえか」 それは三蔵らしい、ぶっきらぼうな声だったけど。 『幸せならそれでいい…』 頭に蘇った声と、同じ気がした。 「帰るぞ…」 「帰りましょう。悟浄がお腹を空かせて、待ってますよ。きっと」 八戒の言葉に、俺は彼を振り返って頷いた。一人で歩き出してしまった三蔵を、二人して早足に追いかける。 「彼岸花って赤いのだけかと思ってたけど、黄色もあるんだな」 一度だけ後ろを振り返ってみたけど、もう花園は見えなかった。 「三蔵の色だって、思ったんだ」 前を行く三蔵は何も言わない。八戒はただ優しく笑っていた。 大騒ぎをしながら食事をして、部屋へ戻ってくると、夜空には細い三日月が白く光っていた。 ぼんやりとそれを見上げていた俺は、不意に抱きしめられて、身体を強張らせた。 「さん、ぞ…」 「幸せなんだろ。んな顔で、月なんか見てんじゃねえ」 そんな事を言われる程、ひどい顔だったのかな。俺は腕の中で向きを変えて、三蔵を見上げた。 「幸せ、三蔵が居て。三蔵が俺を見つけてくれて…俺きっと、ずっと待ってた、三蔵の事」 「なら、よそ見なんかするな」 絶対的な言い方に、俺は笑って頷いた。すると三蔵は、いきなり俺を抱え上げて歩き出した。 「三蔵、何?ちょっと、さんぞ!」 焦る俺はベッドへ放り投げられて、あっという間に彼の下。 「った!三蔵」 「るせー、てめえが誰のモンなのか、きっちりその身体に、教え込んでやる」 両腕をシーツに縫い止められて、その途端、俺の背中をぞくりと甘い戦慄が走った。そして… 近付いてくる美しい紫暗を、俺は目を逸らす事無く受け入れた。 ———— 幸せだよ俺…だから、安心して。 三蔵のぬくもりを感じられるのが、悟空にとっての幸福と言う事で… |