しゃん玉


 「質より量」と言う怠慢的な、牛魔王の刺客お陰で、彼らの疲労はピークに達していた。
 だから…その隠れ里のような、地図にも載っていないこの村に着いた時、
「出発は明後日だ」
 と言った三蔵の言葉に、誰も異論は無かった。


「お兄ちゃん、次はこれだよ」
「よし!」
 階下の中庭から、聞き慣れた声と子供の声がする。読んでいた新聞を置き、開け放たれた窓から、バルコニーへ出た三蔵は、煙草を咥えながら珍しく目元を緩めた。
 子供と戯れる養い子。
 同じ様に敵と戦い、否、自分たち以上に戦った彼なのに、
「ガキは疲れを、知らねえってか」
 呟く三蔵の表情は、彼を知る全ての人が目を疑うほどに、穏やかで慈しみに溢れていた。
 そんな三蔵の視線に気付いたのか、不意に下から大きな蜂蜜色の瞳が、空を見上げた。
 見下ろす彼の人を見付けると、向ける笑顔は太陽よりも暖かく、輝くそれ。
 三蔵が何も返さずとも、心が伝わったのか、一度手を大きく振って、再び子供たちの輪の中に入っていった。
「バカ猿」
 呟いたそれは、照れ隠しの様にも聞こえた。


「さんぞう…」
 悟空が部屋へ戻ってきたのは、それから少し経ってからの事、実を言えばバルコニーから三蔵の姿が消えてしまったのが、気になって帰ってきたのだ。
 その三蔵は、窓に面したソファに座り、目を閉じていた。
「寝てる…」
 やはり疲れているのだ。自分とは違い、三蔵は人間だから…そしてこんな時、自分に出来るのは、この人の眠りを守る事。悟空は静かにその場を離れようとした。その時、
「あっ」
 それは風に乗って、ふわりと三蔵の金糸に舞い降りた。
 
 七色に光るしゃぼん玉は、彼の金糸を幾重にも映し、キラキラと輝くそれに悟空は目を奪われた。
「綺麗…」
 悟空は足音を立てずに、三蔵の傍へ寄り添った。
 中庭から舞い上がってくるしゃぼん玉は、部屋の中をふわふわと漂い、ゆるやかな時間を創り出していく。
 悟空は、彼を起こさぬように慎重にその足元へ腰を下ろし、ただじっと舞い踊るしゃぼん玉を眺めていた。
 

 それからどれくらい、そうしていただろう。
 悟空の意識が、夢と現の間を漂い始めた頃、そっと、三蔵の手が胡桃色の頭を引き寄せた。
 しゃぼん玉の七色の光りは、そんな二人をいつまでも映していた。





座る三蔵の膝に、ちょこんと頭をもたれ掛けさせて眠る悟空。の図が、
花淋はとてもお気に入り♪画才があれば、絵でも描きたいところだ…