十 三 夜
旅の途中の一夜、たまにはこんな夜も悪くない―――― 『夕メシ喰ったら、散歩にいこ?二人っきりで』 いつもなら、喧しく騒ぎ立てるはずなのに、今日に限ってまるで秘密を打ち明けるかのように、不意をついて耳元に囁いた。微かに触れた口唇の感触が耳朶を熱くして、思わず息を呑んだ。 「ご馳走様!ちょっと散歩してくる」 「遅くならないようにしてくださいね、もう夜は冷えますよ」 「分かった!」 「相変わらず、猿な奴」 仲間の会話をどこか遠くで聞きながら、湯呑みを置き煙草を咥えて席を立つ。いつものように視線も合わせずに。 無言の問い掛けを背中で遮って食堂を後にする。宿の入り口へ向かうその音が、やけに耳についた。 「三蔵…来てくれた」 「てめぇが誘ったんだろ」 外はすっかり秋の空気が取り囲んでいた。 「そうだけど…来てくれないかも――とかも、思ってたから」 俺が来なきゃ、お前はいつまでだって待ってるじゃねえか。は、言わなかった。 俺は――――もうコイツの声を拒めない事を知っている。 「で、何処へ行きてぇんだ」 「えと…何処ってトコは無いんだけど、今日は…その月が綺麗だから…あの」 猿の考えそうな事だ。 煙草を踏み消して歩き出した。 乾いた土を踏む二人分の足音。 風が木の葉を揺らす音。 一言もしゃべらない悟空。 あてもない歩み、心地よい沈黙。 不意に自分を追い越して走り出す、その背に見えた長い結い髪は幻。 「三蔵、見て」 指差す空の先に、満ちる手前の月。 「十三夜月」 淡い月明かりに浮ぶ笑顔は、出逢った頃と変わらない清らかさで真っ直ぐ俺を見つめる。 「豊穣の月」 俺の言葉。 「祈りの月」 悟空の言葉。 「よく覚えてたな」 「三蔵に教えてもらった月の話は、みんな覚えてる」 自信たっぷりに笑う。そしてまた、空を見上げる。 「満月も好き、三日月も好き。月の無い夜はまだちょっと苦手だけど、三蔵が居てくれるから恐くない」 夜空を見上げながら言葉を紡ぐ。月光を浴びて、大地の子はその光を増していく。 「ちっ…」 考えるより先に身体が動く、腕が攫うように細腰を引き寄せた。 「さ、三蔵」 月に背を向け、己が作った闇に閉じ込める。 「もう、見るな」 絞り出した声は負の感情。それなのに。 「あったかい、三蔵」 穢される事のない真白の心に、あっさりと闇が霧散した。 もう解ってる。 どうしたって、お前には敵わない。 「冷てぇ…」 悔し紛れの一言に、悟空が気付いたかどうかは分からないが。 「帰ろっか」 甘えた声と蕩けるような蜂蜜色に、引き寄せられて塞いだ口唇はやはり冷たくて。 「さん、ぞ…」 「悟空…」 与え合い、奪い合い。それはまるで見せ付けるかのように。 そうだとも―――― 渡してなどやるものか、これは。 俺が見つけた。 俺だけの…―――金色のヒカリ copyright(C)Reincarnation All Right Reserved
十三夜は一昨日です(汗) 久しぶりに、しっとりと書いてみました。 宿に戻るトコまで書くと「裏」になってしまうので、寸止め(何が) このあとは、皆さんの逞しい想像力で(笑) |