別に、どうって事ないその日。ただ何となく思い出した。
 まだ、寺院に居る頃 ――――
 あの時の笑顔がまた見られるのなら、悪くないと思った。それだけの事…



Hydroplane



 西に近付くほど、大陸の影響をそこかしこで感じる。この街も例外なく。
「なんか妙に賑やかじゃね」
「近いですからねえ」
「ああ、な〜る」
 のんびりと会話を続けながら、両手いっぱいの荷物を抱えた青年が二人。
 軒を連ねる商店のあちこちで、女性客がワゴンの中を気にしたり、店先の店員に声を掛けたりとこの時期特有の賑わいを見せていた。
「おい、あれ三蔵じゃねえの」
「え?本当ですね」
「何してんだ、あんなところで」
 一軒の店の前、常とは違い珍しく私服に着替えた三蔵は、周囲の視線がちらちらとその姿に注がれている中、それらを全て撥ね除け煙草を咥えて立っていた。
「まさか、アイツがアレ買いに来た。なんて事…」
「そんな事ある訳…ああ、ほら悟空も一緒ですよ」
 離れた場所から彼の様子を窺っていた二人は、店の中から出てきた年下の仲間を見つけて、微かに落胆の色を含ませた笑いを漏らした。
「にしても珍しいですよね。三蔵が悟空の買い物に付き合うなんて」
「てか、猿が買ったのは三蔵サマに渡すモンだろ」
「そうですよね…」
「何で一緒なんだよ」
「僕だって分かりませんよ」
 連れ立って歩く二人の後姿を見送りながら、残された二人が首を傾げた。





「はいコレ、八戒と悟浄のな」
 夕食後に手渡されたそれを、二人は驚いたように眺め、
「コレ…」
 言葉が続かなかった。
「だってバレンタインだろ」
 そう言って笑う悟空に、八戒と悟浄は隣の部屋にいるだろう三蔵を思い、複雑な表情を浮かべた。
 何事にも無関心の最高僧が、目の前にいる養い子に対してだけは、独占欲と嫉妬心の塊になる事を充分に承知している。
「貰っていいんですか。三蔵、怒りません?」
 三蔵がここに居ない事をいい事に、八戒は歯に衣を着せる事もなく聞き返した。
「うん?何で三蔵が怒るんだ、それ買ってくれたの三蔵だよ」
 選んだのは俺だけど。と、無邪気に笑う悟空に、二人は混乱たように再び口を開く。
「バレンタインは、好きな人にチョコを渡すんですよ」
「お前が好きなのは三蔵だろ」
「一番好きなのは三蔵だよ。でも、八戒も悟浄も好きだよ俺」
 だから、二人にもチョコをあげるんだ。それは確かに間違ってはいない。が、それを彼が許すはずがない事も知っている。
「あの、三蔵にもあげるんですよね、チョコ」
「当たり前じゃん!あ、チョコじゃないけどね。じゃ俺部屋戻るな、お休み」
 そう言ってくるりと向きを変えて部屋を出て行く悟空を、半ば唖然と見送って暫く、我に返って二人は長く深い溜息を零した。
「明日、どんな顔して会えっつーんだよ」
「会った途端、標的になりそうですよね。悟浄」
「何で俺…」
 その手元に残された赤と緑のラッピングが何故か色褪せて見えた。


「渡してきたよ三蔵」
 悟空が部屋へ戻ると、三蔵はベッドヘッドに背を預けて煙草をふかしていた。
「ありがとな、三蔵」
 彼の元へ歩み寄り、ベッドへ乗り上げるとそのまま三蔵の足を跨ぐように、悟空は腰を下ろした。
「なぁ三蔵、チョコはいらないって言ったけど、何が欲しいんだ?俺そんなにお金持ってないよ」
 胸元へ額を押し付け懐く悟空をそのままに、
「別に何か買えとは言ってねえ」
 短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「じゃあ…」
「笑え」
「え?」
 何を言われたのか分からなかった。
「笑え、悟空」
「笑う、の?」
 ただ、笑えと言う三蔵に、悟空は困ったように首を傾げた。
「金もかからねえし、お前が一番得意なモンだろ」
「そうだけど…」
 言い淀んだ悟空だが、真っ直ぐな紫暗がふっと緩んだ途端、つられるように蜂蜜色の瞳が光った。
「へへ…さぁんぞ」
 舌足らずの甘えた声に、三蔵の口角が上がる。
「そうやって笑ってろ」
「うん…あ、ねえチョコレート食べたい。三蔵が買ってくれたやつ」
 すり寄せた身体はそのままに強請るように見上げる金瞳。
「明日にしろ。バレンタインは明日だろ」
「えー今、たべ…ん」
 言葉は熱いそれで塞がれ、驚いて引っ込めた悟空の舌が絡め取られる。
 頭の後ろが痺れるような、甘く蕩けるような口付けは身体からすっかり力を奪い、三蔵は悟空を抱きしめたままその身を入れ替えた。
「ぁふ…」 
 頬を紅色に染め、潤んだ蜂蜜色が三蔵を見つめる。
「さんぞ…ずるい」
「何が」
「バレンタインは明日だろ」
 睨み付けるその顔は、ただ三蔵の熱を煽るだけ。だから、口の端を上げ、
「俺はいいんだよ」
 何処までも三蔵らしいその言葉に、金瞳を見開いた悟空だが、
「我が侭…」
 花の様に微笑んで細い腕を三蔵の首に回す、
「でも、大スキ」
 その囁きが合図となった。


 たった一人だけに向けられる、特別な笑顔。
 お互いだけが知っている真実(ほんとう)の顔。
  
 悟空だけに――――

 三蔵だけに――――



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あはは、やっぱり書いちゃった。。。
なんとなく、去年の続きっぽく。