xvi) 日常〜三蔵の呟き〜

「バカ猿!何度も言わせんな」
 スコーン ——
「痛ってえ…何だよ、暴力タレ目ッ!」
「ほぉ、いい度胸じゃねえか、クソチビ猿」
 あの日から始まった、俺たちの日常。

「二人部屋が二つです。部屋割り…」
「行くぞ、猿」
「ほえ?待てよ三蔵」
 俺は一度も振り返る事無く、部屋を目指す。後ろの二人がどんな顔をしてるかなんて、見なくても分かってんだ。
 乱暴に扉を開け、一服しようと赤箱の中身を取り出し火を点ける。そして、法衣を寛げるために手を掛ければ、微かに香るそれ。
 あれは、西へ出発する少し前 ————


「三蔵、俺三蔵にあげたいモンがあるんだけど、もらってくれる?」
 私室へ帰ってくるなりの一言。俺がそれに返事をしなくても、この小猿は何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みで俺の元まで来た。そして、取り出したのは、小さな紙袋。
 俺がそれをいつまでも受け取らないでいると、あっという間にその顔から、笑みが消える。
 ったく、いくつのガキだてめえは。言ってやりたいのは山々だが、ほっとけばいつまでも落ち込んでいく猿の表情に、俺は嘆息してそれを受け取った。
 封を切って現れたのは、小さな布袋。薄いセロハンを剥がせば、清々しい香りが鼻を掠めた。
「匂い袋か」
「うん、八戒ん家行く時に、見付けたんだ。それが一番、三蔵に似合ってると思って」
 どんな顔をしてこれを選んだのか…猿の顔を見れば容易に想像が出来た。自惚れでなく、自分がこいつにとって、どんな存在なのか十分に分かっているから。
 自覚したのは最近だがな。
「誕生日でもないのに、無駄遣いなんかしてんじゃねえ」
 キツイその言葉にも、俺がそれを受け取ったことが余程嬉しいのか、奴は笑顔を崩さなかった。
 そして、西へ出発する朝、俺はそれを懐へ忍ばせた。

 
 背後で扉の開く音がする。
 二人分の荷物を持って入ってきた猿は、窓を開けるとほっと息をついた。その横顔に浮かぶ、些細な変化にも敏感に気付く様になったのは、いつの頃からだろう。
 俺に容赦なく怒鳴られたり、数多くの敵を倒したりした時ほど、こいつはよくしゃべるし、よく笑う。
 見え見えなんだよバカ猿。俺が気付かないとでも、思ってんのか。
 だから ————
「悟空」
 名前を呼んでやれば、喜んで駆けてくる。それなりに成長はしたが、頬をすり寄せてくるガキっぽい仕草は、いつまで経っても変わらない。
 そんな悟空に、素直に愛しさが募った。
 抱きしめて髪を梳いてやれば、安心したように瞳を閉じる。その身体から次第に力が抜け、穏やかな寝息が零れる。
「バカが、こんなに疲れてんじゃねえか」
 完全に寝入った華奢な身体を抱え上げ、ベッドへ横たえると、疲労を色濃く浮かべたその顔をそっと撫でてやった。途端、奴の顔が綻ぶ。
「俺の前でまで、無理してんじゃねえ」
 頬へ置いた手で、そのまま前髪を掻きあげ、その眦に口付けを落とす。
「てめえは、いつでもバカ面して、笑ってればいいんだ」
 そうじゃねえと、俺が強くなる理由が、無くなっちまうんだよ。
 そうさ、お前が必死な顔して追いかけて来るから、俺が立ち止まらずに前に進めんだ。
 お前の存在こそが、俺の強さの証。
「だから、お前は笑って、俺の隣に居りゃいいんだよ」
 寝顔から、目を離さずにそんな事を思っていれば、扉の向こうで聞き慣れた声が、食事だと告げてきた。俺は一度頭を振ってから、未だ寝こけている猿に向かって、ハリセンを振り下ろした。
「起きろバカ猿、メシだ」
 寝惚けたそいつを残して部屋を出れば、中で慌てる猿の気配があった。数歩先で足を止めれば、勢いよく飛び出してくる。
 そして、待っていた俺を見て、いとも簡単にこいつは言うのだ。
「さんぞー大好き」
 俺が一度もお前に言ってやれない言葉を…
 いつか、俺もお前に言ってやれる日が、来るだろうか。

 いつか ———— 俺たちの日常から、戦いという言葉が消えた時。


おわっとけ



日常【三蔵バージョン】
悟空が起きてたら、絶対に言わないだろうし、そんな風に思ってる事も気付かせないでしょう。そういう意味では、彼が一番照れ屋さん?うは、鉛玉飛んできそう…
花淋拝


 

使用素材 : クリップアート【ひまわりの小部屋】様