#01 

悟空 : なあ三蔵 俺もう疲れたぁ
三蔵 : ……
悟空 : なあ三蔵 俺ハラ減った
三蔵 : ……
悟空 : なあ三蔵 なあなあ
三蔵 : やかましぃっ!!
―――スパーンッ!
悟空 : ぎゃぁぁぁ
三蔵 : 黙って歩け
悟空 : …ハイ

□ □ □

三仏神: よくぞ参られた 玄奘と…
三蔵 : 孫悟空です
悟空 : (ほけ〜)
三蔵 : 猿、膝をつけ
悟空 : う?うん
三仏神: よいよい二人とも健勝でなによりじゃ
      して悟空
悟空 : 何?
三蔵 : 何、じゃねえだろ
三仏神: ほほ…そなた、今、幸せか?
悟空 : 幸せ?
      ……
      ……
      うんっ! 三蔵が居るから幸せだ!
三蔵 : ……
三仏神: そうか…そうであろうな
      では、その幸せを大切にするがよい
悟空 : おうっ!
三蔵 : はい だ、バカ猿
悟空 : そだった はいっ!

□ □ □

菩薩 : よお
三仏神: これは観世音様
菩薩 : あいつらが来てたみてえだな
三仏神: はい つい先ほどまで
菩薩 : ……
      チビは…笑ってたか?
三仏神: そうれはもう幸せそうに
菩薩 : …そうか
三仏神: はい
菩薩 : ならいい…邪魔したな

□ □ □

悟空 : なあ三蔵、ハラ減ったよぉ 何か喰ってこうよぉ
三蔵 : っせなぁ 俺は早く帰りてえんだよ
悟空 : えーっ! メシぐらい喰ってこうよ!
三蔵 : …ったく、メシだけだぞ
悟空 : やったーぃ! 三蔵、大好き!!
三蔵 : ふん


#02

ふと真夜中に目が覚めた。
夢を見ていたようだが憶えていない。ただ胸の奥にべったりとイヤな「何か」が張り付いている。
「くそったれ」
音の無い悪態をつく。それから腕の中で眠る悟空に目を落とした。
静かな呼吸を繰り返す安らかな寝顔。柔らかい胡桃の髪を梳いていると、
「さんぞ…」
吐息で自分を呼ぶ声に、
「起こしたか」
慰めるようにキスを一つ、頭の上に落とした。
「どしたの…」
見上げた金瞳、そして暖かい指先が三蔵の頬に触れる。
「何でもない」
だから眠れ。と、続けた。
「ホント…」
「ああ」
落ち着かせるように、頬に触れていた悟空の手をとって、その指先に口付ける。
すると、悟空がゆっくりと口を開いた。
「大丈夫だよ、俺が…居るから――…だか、ら…笑って…さんぞ」
言葉の最後は寝息と重なって、悟空は目を閉じた。一人残された三蔵は、数瞬固まって、
「敵わねえよ、お前には」
すっかり毒気を抜かれ小さな笑いを漏らした。
改めて眠る悟空を抱え直して目を閉じると、眠りは直ぐにやってくる。
胸に張り付いていた「何か」は、いつの間にかすっかり消えていた。


#03

「まだ梅雨でもないのに…」
そんな事を呟いて窓の外を眺めながら、らしくないため息を吐いた悟空の背後で、思いがけない声が聞こえた。
「なに、ブツブツ言ってんだ」
「え?!三蔵」
予想外の登場に悟空が驚いていると、三蔵は何事も無いようにソファへ身を投げ出し、愛用の一本に火を点けた。
「は、早いんだな今日」
「珍しくな」
「う、うん」
普段と変わらない受け答えに、なんだか悟空のほうが変な気を使ってしまう。
「お茶でも淹れようか」
「ああ」
三蔵の返事にキッチンへ向かいながら、いつもと同じ態度の三蔵に(いや、それはそれで良い事なのだけれど)何となく拍子抜けな感じの悟空は、
(これじゃ俺の方が、雨ニガテみたいじゃん)
心の中だけでポツリともらして、お茶の入った湯飲みを三蔵に渡しながら、彼の隣へ腰を下ろした。
すると、それを見計っていた様に三蔵がひとり言のように口を開いた。
「―――お前が…居るからだろ」
「え、」
その言葉に暫し悟空は固まって、それから悔しそうに頬を膨らます。
「ずりぃ、三蔵」
言われた三蔵といえば、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、けれど、そっと悟空の肩を抱き寄せた。


#04

「ここの紫陽花も大分、色が付いてきたね」
「そうだな」
「でも、紫陽花ってホント不思議だよな。隣り同士なのに全然色が違う」
庭の紫陽花の叢を前に、言葉を交わす二人の頭上。空は青灰色で、梅雨の季節はそこまで迫ってきている。
「水色、紫、赤。ちょっとずつ、色が違ってく」
「グラデーションだな」
水気を含んだ空気に頬を撫でられながら、三蔵は悟空の隣で花の叢を眺めていた。
雨の気配が近づいてきても、心が乱れなくなったのは、いつの時も傍らに悟空という存在があったから。
それはもう隠しようのない事実だと、三蔵自身が認めている。
「白いのだけは、土の影響じゃないって八戒が言ってたけど。それって三蔵みたいだよな」
「あ?」
「誰にも染まらないって事」
「言ってろ」
「ふふん」
照れたような三蔵の言葉に悟空は嬉しそうに笑い声をもらす。と、彼の視線が悟空へ移った。
「三蔵?」
「あの白は…お前の色だろ」
「俺?」
「真っ直ぐで純粋な…お前の色だ」
真摯な声音に悟空の頬が薄紅に染まる。
「ありがと…」
呟いて深茶の頭を三蔵の腕に預ければ、そっと腰を抱き寄せられた。


#05

「どよ〜ん」
開け放ったリビングの窓辺で、ひとり言ぽつり。
そんな悟空の後姿を眺めながら三蔵は、足音も無く近づいて背後から腕を回した。
「なに言ってんだ」
「んー」
回った腕と広い胸に少しだけ体重を預けて悟空は、
「なんかさぁ、中途半端だなぁって…晴れてる訳でも雨が降る訳でもないし」
窓の外に広がる空は、言葉通りのどんよりした鉛色。
「しょうがねえだろ、梅雨なんだから」
「そうだけどさぁ」
抱き合ったまま会話を続ける二人に、雨の気配が忍び寄る。
三蔵は腕を解いてカラカラとリビングの窓を閉めた。
「メシ、喰いに行くか?」
「え?―――…雨、降るかもだよ」
「傘は持っていけよ」
言いながら足はすでに廊下へ向かっている三蔵に、悟空はふふふと笑いを漏らして、彼を追いかけその腕に飛びついた。
「お土産は桃まんな」
「好きにしろ」
しっとりと濡れた空気の中を、町へ向かって歩き出した。


#06

「大体、お前は―――」
「三蔵の方こそ―――」

ただ今、三蔵とケンカ中。
売り言葉に買い言葉。なのは分かってるけど、勢い出したら止まらなくなった。
本当はケンカなんてしたくない。話したい事がたくさんあるんだから、ケンカなんてしてるヒマは無いんだ。
ああっ、もう!何なんだよ。
ケンカの原因もどっちが始めたかも忘れてるのに、でも俺から謝るのはちょっとどころか、かなり悔しい。どうしようかと思っていれば間近に三蔵の顔。
とっさに俺は法衣の襟首を掴んで、三蔵にキスを仕掛けた。
一秒、二秒…―――
「てめっ!いきなり何しやがる!」
怒鳴る三蔵が俺の頭に会心の一発。
「いっ!痛ぅぅぅ〜」
頭を抱え込んで座り込む俺に見向きもしないで、三蔵は部屋を出て行った。
「ひぃ〜痛って」
じんじんする頭を撫でながら、でも俺はちょっとばかし良い気分。
ケンカの原因も三蔵のハリセンも、帳消しにするくらい貴重な光景。

「三蔵、耳まで真っ赤だった」
くふんと笑って俺は、書斎に閉じ篭ってしまった三蔵のために、お茶の準備を始めた。


#07

シトシトシト…―――
(ああ、また雨かぁ…)
眠りの淵をユラユラとたゆたいながら、悟空はぼんやりと瞼を持ち上げた。
「さん、ぞ…?」
隣に居るはずの大好きな人は、そこに温もりを残して姿を消している。と、悟空の鼻先をふっと掠めた香り。
「あ…」
三蔵の紫煙とは別の、けれど嗅ぎ慣れたそれ。
「コーヒー…そっか三蔵、今日休みだ」
昨夜の会話を思い出し、次いで薄いシャツ一枚を羽織った己の身に、思わず頬が熱くなる。
恥ずかしさに上掛けをすっぽり被ると、気だるい身体はあっさりと睡魔に包まれていく。
(もうちょっと…だけ)
再び悟空の意識が水面に沈んでいった。

「ふぁ…」
「起きたか」
頭の上で響く耳に心地いいテノール。
「さんぞぅ」
ゆっくりと開いた瞳の先に、穏やかな顔の美しい人。
「三蔵」
請うように悟空が両の手を伸ばせば、三蔵は静かにその身を抱き起こた。
「おはよ、三蔵」
「起きられるのか」
「うん…―――ねえ、俺もコーヒー飲みたい」
そう言って甘える悟空の金瞳の端に、口付けを一つ落として三蔵は立ち上がった。

外は雨だから、貴方の淹れてくれたコーヒーを飲みながら、今日はずっとここに居よう。
ミルクたっぷりのコーヒーを片手に、大好きな貴方とたくさん話をしよう。
そう思ったら、少しだけ雨の日が楽しくなった。


#08

―――いいよ、三蔵…子供じゃないんだし
―――バカ猿…お前じゃなきゃ、しねえよこんな事
照れ隠しの言葉と共に自分を抱き上げてくれる、力強いその腕が大好きだった。
そんな、昔の夢を見ていた。

「…くう…悟空」
「ん…」
薄く目を開けると、明かりの陰になった三蔵の顔。
(そっか、三蔵待ってる間に寝ちゃったんだ)
「寝るならベッドへ行け」
そう言って三蔵は煙草を一本咥える。それを見上げたまま俺は、
「三蔵は?」 と、ちょっと拗ねた声を出してみた。
「俺は風呂だ」
そんな素っ気無い返事にムムムと口を尖らせてから、俺はひらめいた。
「抱っこ」
ニッコリと笑った俺に三蔵は一瞬固まってから、
「幾つのガキだ」
と眉間に皺を増やす。けど、俺だって引かない。
「いいじゃん。ねえ、抱っこ三蔵」
両手を伸ばしてみたけど、三蔵は腕を組んで俺を見下ろしたまま。
「なんだよ…前は俺だからって、言ってくれたのに」
もう、三蔵なんて知らない。と起き上がってリビングを出ようとしたら、いきなり腕を掴まれた。
「うわっ、三蔵なに」 間近に三蔵の顔。これはもしかしてお姫様抱っこってやつ。
「風呂に付き合え」
「え?だって俺…」
風呂はもう入った。とは続かなかった。
「しょうがないなぁ」 と言ってみたけど、俺は笑ってそのまま三蔵の首に腕を回した。


#09

ひょっこりと執務室に顔を出した悟空に、ちらりと視線を投げて、それから三蔵は改めて顔を上げた。
「おい」
「ん、はに?」
悟空の膨れた片頬と返事に、思い切り顔をしかめて、
「何喰ってやがる」
凄んだ三蔵の声に、悟空はぺろりと舌を出した。
「ほれ、もらっひゃの」
舌の上に乗る丸く赤い玉。ひょいと口内へ収めると、右頬へ転がした。(ようだ)
「さんほーもたへる?」(三蔵も食べる)
ポケットから出した、黄色やピンクや透明の飴玉を手のひらに載せて差し出したけれど、三蔵は露骨に眉をひそめて、
「誰が喰うか」 と切り捨てた。
「ふかれてるほきは、あみゃいほんがいひんらほ」(疲れてる時は、甘いものがいいんだぞ)
飴玉のおかげで呂律の回らない言葉を続ける悟空は、執務机のすみへ持っていた飴玉を転がす。その時、
「っ―――痛て」
悟空が舐めていた飴玉を取り出して、顔をしかめる。
「うぅ、飴で切った」
舐めかけの飴と三蔵の顔を交互に見合わせて口を押さえた。そんな悟空に三蔵がため息を一つ落として、それから彼を呼ぶ 「見せてみろ」
言われるまま悟空は机を回って、三蔵の前に少し腰をかがめると舌を出した。その舌先に微かに赤い筋が縦に入っている、三蔵は悟空の顎を捉えると、
―――ペロン
それが自然だと言うように、悟空の舌をひと舐めした。
「―――っつ!!な、な、な」
「痛くねえだろ」 悪びれた風も無く言う三蔵に。
「…エロボーズ」
悔し紛れに一言呟いた。


#10

長雨が終わって、いい天気が続く。それは正しく洗濯日和。
「シーツも洗ったし、布団も干したし、お天気サイコー!」
風になびく洗濯物を前に、悟空が両手を天に伸ばす。
「さて、次は掃除だな」
「悟空」
「うん?三蔵」 呼ばれるまま彼の元へ行き、何。と聞き返す。
「コーヒー」 その声が少し低くて、
「うん…」
返事をしながら、はて?と今朝からの事を考えた。

それから―――

悟空が掃除を始めると、
「灰皿」

庭弄りを始めれば、
「おい、飯」

「も、何だよ三蔵」 さすがに悟空も声を大きくしたけれど、あれ?と何かに気がついて、そして思わず、
「甘えん坊の最高僧サマだよな」
足元にじゃれる二匹の家族に、話しかけて一人笑った。
「構ってもらえないと、すぐ拗ねるんだから」
呟いた声は、夏の日差しに溶けて消えた。


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読者様に、くすりと一笑いが提供できれば、
是幸いデス
花淋拝

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