幸福の定義


「貴方にとって幸せとは?」と聞かれたら。

 拾った頃の小猿なら、
「腹いっぱい喰う事!」
(今もたいして変わらないと思うが…)
 と答えたはずだし。

「悟浄がゴミの日を覚えてくれると、嬉しいんですけどねえ」
 と、モノクルの奥の瞳だけは笑わずに、その顔に笑みを作るだろう。
(まぁ、叶わねえ望みだろうな)

「そりゃ、綺麗なお姉ちゃんと楽しく夜を過ごす事」
 そう言ってニヤける、18禁指定生物の顔が目に浮かぶ。
(それが奴の耳に入りゃ、明日の太陽は拝めねえだろうがな)

 では、自分は――――
 自問して、答えは直ぐに出るのだろうか。




 思えばとんでもない出会いだったのだ。誰も彼も。

 夜となく昼となく頭に響く声に苛立ち、時には焦燥を覚え、探し当てたそれはマヌケで騒々しくて厄介な泣き虫な猿。
 軽くてお調子モンな女好き。なクセに情が深く思いやりがあって、誰よりも熱い奴。
 温和な表情の奥に静かな激情を隠し、けして挫けず己の信念を貫き通す奴。ま、頑固も人一倍だけどな。

 そんな一見最悪の、けれど奇跡のような出会いが縁で始まった旅は、生きるか死ぬかのギリギリだけれど不思議なことに、四人の誰も悲観に暮れたことは無かったような気がする。
 笑って、泣いて、時に衝突しあって、気が付けば「阿吽の呼吸」とか「以心伝心」とか、そんな言葉でくくられる「絆」が生まれていた。
 一人の方が楽だと思ったことは何度もあったが、一人になろうと思ったことは一度も無くて、あの大騒ぎの中にいる自分が嫌いではなかった。
 戦って、身体も心も血を流した。
 命を落としかけたことも一度や二度ではなかった。そう、お互いに。


(三蔵…)
 名前を呼ばれることが日常になって、想いをぶつけられる事が普通になって、自分の中で芽吹いて大きくなっていく感情に、戸惑って揺さぶられて足掻いて逃げて、最後は開き直って…受け入れた。
 そして「特別」になった。
 失いそうになって、己の弱さを知って彼の強さを知った。
(絶対に、三蔵に付いて行くからな!)
(好きにしろ)
 そんな言葉を交わすたびに、前に進む力を貰った。

(三蔵が好き…三蔵だけが、大好き)
 包み込んだ温もりは心地よく、紡がれる言葉に心が震え、自分の中にこれほど人を愛しむ気持ちがあったことに正直驚いた。
 そのとき感じたのは紛れも無い愛情。何を賭しても失いたくないと願った唯一無二の存在。

(三蔵に逢えてよかった。三蔵と一緒に居られて、俺はすごく幸せだよ。俺を見つけてくれて、ありがとう)
(お前は、デカい顔して俺の隣に居りゃいいんだ)
 失わないように、離れていかないように、力を使い三蔵の名を使い、そうやって手に入れたときの歓喜は今でも忘れられない。
 自分にとって必要ないと思っていたもの。
 安らぎも癒しも、時に守られることも、自分だけに向けられるそれらが心地よかった。
 悟空から与えられる全てのものが。

 自分はどこまでも、あの強烈な金色に溺れているのだ。


◇◆◇  ◇ ◆ ◇  ◇◆◇


「涌いてんな」
 思考の暴走に、軽く頭を振って三蔵は煙草を咥えた。吸い込んだ苦味が肺に広がるのを感じながら、窓の外に目を向け紫煙を吐き出す。
 自分たちが生まれる、はるか以前から変わることのない無限の空。
 昨日も、今日も、そして明日も、日が昇り朝が来てそして夜が来る。この世界の不変なるもの。
 見上げていた視線を戻して、三蔵は苦く笑った。その一呼吸あと、
「三蔵、準備できたぞ」
 図ったように顔を出した己が養い子。
「そうか」
 返事をして、灰皿へ煙草を押し付けた。
「また、長い旅の始まりだな」
 荷物を肩にかけて笑う悟空はどこか楽しそうで、つられるように三蔵は口の端を上げた。
「寺に戻ったら、逃げる準備をしろよ」
「ほえ?」
 思いもよらない三蔵の言葉に、悟空は首をかしげた。
「こんな面倒くせぇ事押し付けられて、その上、寺の仕事なんぞやってられっか」
 ふんと鼻を鳴らして腕を組む三蔵に、悟空はますます笑みを深めて、
「じゃあ、今度はどこに行こっか」
 温泉とか、のんびりするのもいいよなぁ。と、さっそく計画を口にする。
 その隣で、新しい煙草に火をつけながら、三蔵が漏らした一言。
「南にでも行くか…二人で」
 しばし悟空はぽかんと口をあけて。それから、心の底から嬉しそうに笑って頷いた。
「うん、二人だけでね」
「ああ」
「じゃあ、約束」
 そう言って、踵を上げると三蔵の頬へ口唇を寄せた。
「行こ、八戒たちが待ってる」
 荷物をもう一度肩へ掛けなおし、三蔵の手を握った。


「お待たせ」
「遅せーぞ」
「ごめんごめん」
 荷物を受け取るためにすっと悟空の隣へ寄った八戒が、その三日月眉を下げながら声を掛けた。
「随分楽しそうですね、悟空」
「そう?そうだね」
「三蔵と何の話をしてたんですか?」
「へへへ、ナイショ」
「おや、残念」
 そんな二人のやり取りを後ろで見ていた悟浄が、今度は隣を過ぎようとした三蔵に言葉を投げ掛ける。
「仲がヨロシイこって」
 それはいつもの揶揄いで、それに対し常ならば鉛玉の一つや二つ飛んでくるはずだったのに。
「羨ましいか」
 なんて、予想外の返事を三蔵がよこすものだから、悟浄だけでなく八戒までもその場に固まり、
「言いやがったぞアイツ」
「言いましたね」
 何事もなくジープの助手席に納まる最高僧を眺めた。
「八戒、悟浄、何やってんだよ」
「ああ、悪りぃ悪りぃ」
 そして二人が定席に納まる。
「ヨシッ、長安へ出発!!」
 悟空の元気な声が青空へ吸い込まれた。

 爽快な風が頬を撫でていく。
 後部座席では兄弟喧嘩のような会話。
 隣の運転席からは、暢気な制止の声。
 始まりと何一つ変わらない。東への道。


「貴方にとって幸せとは?」と聞かれたら。

 何も変わらない事。
 ずっと繋がっていくもの。
 呼べる名が在る事。
 呼んでくれる声が、存在が居る事。
 それが、たった一人でも構わない。自分を満たし、支えてくれる人が傍に居る。
 幸せは、自分がそれと感じられればいいのだ。

 背後の大騒ぎを聞きながら、ついと口角を上げる。
「悪くねぇ…旅だな」
 三蔵の呟きは、風にさらわれて空へと消えた。


copyright(C)Reincarnation_karing/2008


えと…今年の59dayにフリーにする予定だったハズ(や、本当にこれだけメモが何にも残ってないのです)
悟空や悟浄と違って、三蔵は「幸せ」と口にするのは、もうそれだけで奇跡みたいなものだし…実際は言ってないけど。。。
旅が終わって、実は真剣に悟空とこれからの事を考え始めた三蔵サマ
ここから「おはなのおはなし2008」に続いていきます。
花淋拝
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