カミサマはとても、ヒマだったのです…
midnight rhapsody
蓮池の畔で、あくびをかみ殺していたカミサマは、ふと聞こえてきた会話に耳を傾け、美麗な口元に笑みを張り付かせました。
「だーかーらっ!何で俺だけ風呂上りに、コーヒー牛乳なんだよ!」
「そりゃお前が、お子様だからに決まってんじゃねえか」
「俺はお子様じゃねえっ!」
持っているコーヒー牛乳のビンを握り潰しそうな勢いで、悟空は声を張り上げる。
「まぁまぁ悟空、いくら飲めると言っても一応は、まだ未成年ですし…」
「何だよ八戒まで。だいたいこんな時ばっかり、お子様扱いしやがって!子供じゃねえだろとか、お子様だとか、言ってる事めちゃくちゃじゃんか!」
今回はどうにも引き下がるつもりは無いのか、悟空の怒りは収まる気配が無い。ただこの時点で、怒りの理由が『風呂上りにビールを飲ませてもらえない』から『自分の普段の扱い方』に移行している事には、気付いていないようだ。
ここまでへそを曲げると宥めようが無い。のがお子様と呼ばれてしまうところだが、そこへ現れた三蔵は、止めというか火に油を注ぐというか…とにかくお決まりの一発を悟空の脳天へヒットさせた。
「そういう事言ってのがガキだってんだ。それ飲んで、さっさと寝ちまえガキ猿」
「痛てえじゃねーか!そやって三蔵がハリセンで殴るから、大っきくなんねーんだっ!」
「喧しいっ、デカくなりたきゃ黙って寝とけ!」
「三蔵のバカ!」
捨て台詞と共に、布団を被ってしまった悟空と、仏頂面で煙草を咥えた三蔵を交互に見て、八戒は深いため息を吐いた。
その時、遥か天空の彼方で、ぱちりと指が鳴ったのに彼らが気付くはずもなく。険悪な空気漂う中、部屋の明かりは静かに落とされた。
くいっと肩の辺りを引かれ、意識が浮上した三蔵は眠りを妨げた元凶を、薄く開けた目で睨みつけた。
「どこのガキだ…」
地を這うような声に、目の前の子供の肩がびくんと震えた。
「さんじょぉ…」
その声を頭が認識するまで数瞬の間、次いで冷水を浴びせかけられた様に飛び起きる。
自分を見上げる見覚えのある子供は、顔の半分近くありそうな金瞳に、一杯の涙を湛えていた。
「ご、くう…」
呼ばれた途端にそれが溢れ出す。
「うわぁぁぁぁぁん!さんじょー」
短い腕を懸命に伸ばして縋りつく悟空(らしい)を、三蔵は唖然と見下ろすしかなかった。
「で、朝起きたらこうなっていたわけですか…」
盛大な泣き声に起こされた八戒と悟浄は、三蔵に抱きつき未だしゃくりあげている悟空を見て、乾いた笑いを浮かべた。
「昨日、おかしなもの食べてないですよねぇ」
量こそ違えど、四人が食べたのは同じ物だし、ここ数日敵の襲来もない事から、何が悟空を変えてしまったのか、思い当たるものは何一つ無かった。
「どうしますか、このまま出発します?」
「って、どう見たって無理だろ、アレじゃ…」
ベッドへ腰掛ける三蔵に、しっかりと縋りついている悟空。されるままになっている最高僧は、顔こそ不機嫌そのものだが、離すつもりも無いのか、片腕はしっかりと子供の身体を支えていた。
その光景に苦笑を浮かべ、八戒は宿の主に宿泊の延長を申し出るため、部屋を出た。
こうして急遽、連泊を余儀なくされた一行は、朝食をとるために階下へと降りて行った。
「悟空ほらそんなに慌てなくても、ご飯は逃げていきませんよ」
テーブルを囲む風景は、微笑ましい家族…であるわけが無く。彼らは周囲の視線に耐えながら、箸を取っていた。
『誰がお父さんなのかしら』
『まだお若いみたいだけど』
『でも、可愛らしい坊やねぇ』
囁かれる声に見えない耳栓をして、口だけを動かしていく。
「ごじょー、しょれはオレのだじょ!」
「あー?んじゃ名前でも書いとけ」
「ううっ…」
いつもの様におかずの取り合いをしての、売り言葉に買い言葉の悟浄だったが、
「ヤベ」
気付いたものの時すでに遅し、悟空の顔がくしゃりと歪んだその瞬間。
「ふ…わぁぁぁん!」
「だーっ、悪かった悟空!ほら、喰え」
「しゃんじょー、ごじょーがごじょーが」
えぐえぐと泣き出す悟空に、疲れたようなため息を吐きながらも、その小さな身体を抱き上げると席を立った。
「三蔵?」
訝しげな二人に、
「喰い終わったら、肉まんでも買ってこい。先に部屋へ戻る」
そう言って食堂を後にするその背後で、
『やっぱり、あの人がお父さんよ』
『そうね、坊やも一番懐いてるみたいだもの』
駄目押しの一言が、上がっていた。
味も分からない食事を終え、必要以外は外へも出ないで、部屋に閉じこもった四人は、珍しく真剣に悩んでいた。否、悩んでいたのは三人か…
「はくりゅー、ちゅぎはこれだ」
悟浄が買ってきた大量の肉まんに満足した悟空は、白竜と遊び始め、漸く三蔵は抱っこから解放された。
「このままって事は、無いですよね…」
「じゃ、いつ戻んだよ」
「そんな事、僕に分かる訳ないじゃないですか」
「おい、三蔵」
「俺が知るかよ…」
「さんじょ!ハラへった」
大人三人の苦悩をよそに、悟空はこの小さな身体を楽しんでいるように…見えた。
白竜と遊びながら時折目を擦る悟空に、八戒が気付いたのは、長い一日が終わろうとする頃。
「悟空、眠いんですか?」
「ううん…ねむくない」
にぱっと笑うと、また白竜と遊びだす。暫くして、今度は三蔵が同じ様に目を擦る悟空を見つけ、八戒と同じ様に声を掛ける。
「おい、眠いならベッドへ入れ」
「ねむくない!」
睨み付ける目は、誰が見てもとろんと垂れていた。それでも悟空は頑なに眠くないと言い張る。
「お子ちゃまはお子ちゃまらしく、さっさか寝ろっての」
「うるしぇー!オレはお子ちゃまじゃねー」
「でも、悟空。本当に眠そうですよ、ベッドへ入った方が」
「ヤだーっ!」
「猿!いい加減にしやがれ」
最後に爆発した三蔵の怒鳴り声に、びくんと悟空の肩が震え、
「ねむく…ない、モン」
搾り出すような声は、確かに涙を含んでいた。
「勝手にしろ!」
吐き捨てるように言い放つと、三蔵は自分のベッドへ潜り込んでしまった。
そんな三蔵を涙一杯の金瞳で見ながら、
「き、りゃい……さんじょも、はっかいも…ごじょも…みんな、きりゃい」
「悟空…」
「コワイ、んだもん…ねるの…コワイ…だもん」
ぱたぱたと床に丸い染みが出来る。鼻を鳴らして堪えきれない涙が、丸い頬に幾筋も伝った。
「ねたら…ど、なりゅか…わかんな…」
目覚めたら子供になっていた。そんな現実を簡単に受け入れられる訳は無い。
今日一日、悟空は耐えていたのだと、三人にもやっと分かった。
「悟空」
「さんじょ…」
半身を起こして自分を呼ぶ三蔵に、悟空は溢れた涙を拭う事もしないで駆け寄った。
「ごめ…なしゃい…うしょだから…きりゃいなの、うしょ…」
泣き続ける悟空を抱き上げ、あやすように背中を擦りだす。
「しゅき…さんじょ、だいしゅき…はっかいもごじょも…しゅき」
止まらない涙は、何度も何度も三蔵の大きな手が拭ってくれた。
「わーってるよ、そんな事」
「そうですよ、悟空」
悟空の頭を二人の手が優しく撫でる。真っ赤な目で泣き笑う悟空に、八戒も悟浄も笑顔を向けた。
「寝ろ、悟空。明日になりゃ、元に戻ってる」
その言葉に、不安げな顔をして三蔵を見上げる。
「俺がお前に、嘘言った事があるか」
けして三蔵にも確証がある訳ではない、けれど今は悟空を安心させてやりたかった。小さな身体で不安に耐えている悟空を、少しでも楽にさせてやりたかったのだ。
「大丈夫ですよ悟空、三蔵がこう言うんですから」
「そゆ事、安心して寝ろよ」
三人の声が悟空を包み込むと、静かに微睡みが忍び寄る。
三蔵の心音と背中を撫でる温かい感触に、悟空はゆっくりと眠りの淵を降りていった。
小さな寝息が聞こえ始めると、八戒と悟浄はそっとベッドから離れ、三蔵は悟空を抱いたままその身を横たえた。
部屋の明かりが落ちた時、夜空のその上で誰かが、ぱちりと指を鳴らした。
「起きろ、バカ猿」
「うぎゃ!」
朝の目覚めは衝撃の一発。
「何すんだよ!三蔵っ!!」
飛び起きて、しかし抗議の言葉は続かなかった。
「あ、れ…」
ぺたぺたと自分の顔や、身体を触りだす。そして、
「おあーっ!もど…戻ってるーっ!!三蔵、俺戻った」
「喧しいっ!ちった落ち着け、猿」
自分に抱きついて離れない悟空を、鬱陶しそうに見ながら、それでも引き剥がそうとしない三蔵の、どこか安堵の表情を大声に叩き起こされた八戒と悟浄が、やれやれといった顔で見ていた。
「あー!それ俺の、何で悟浄が喰ってんだよ」
「喰いモンは早いモン勝ちって、決まってんだろ」
今日も今日とて低レベルな争いに、困った顔の八戒と眉間に青筋を立てた三蔵。数秒後、
「メシは黙って喰え!」
ハリセンの乱れ打ちに、頭を抱えながら悟空が反論する。
「何だよ!一番煩せーの、三蔵じゃねえかよ」
「んだと。ガキはガキらしく、口答えなんかすんじゃねえ」
「ガキじゃねえっ!そんなに言うなら、三蔵も一回なってみればいいんだ!」
悟空の叫び声が晴れ渡る空へ吸い込まれ、その空の遥か先で、誰かの指が鳴ったかどうかは、また次のお話。
copyright(C)'03-'04 karing/Reincarnation
〜ご挨拶〜
おかげ様で、Reincarnationも1周年を迎える事が出来ました。
これもひとえに、皆様の温かい励ましによるもので、感謝という言葉以外では表すことが出来ません。
本当に、ありがとうございました。
お越しいただいた皆様に、少しでも喜んでいただけるようにと、拙い文章ではありますが、こちらで発表させていただきます。
お持ち帰りはご自由になさってください。
よろしければ、BBSにでも一言お書き添えくださいませ。
それでは皆様、これからもReincarnationと花淋を、よろしくお願い致します。
2004/11/19 花淋拝
|
|